007おしゃべり箱 Vol.50−1 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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    「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

     

    007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

     

    Vol.50-1

     

    『原作紹介/ゴールドフィンガー』

    Ian Fleming’s GOLDFINGER

     

    【ストーリー編 1/9

     

    by 紅 真吾

     

      007号=ジェームス・ボンドが活躍する原作小説の7作目『ゴールドフィンガー』(1959年)の紹介です。

      特別編(3)『原作リスト』で記した通り、「読んでいない人も、読んだ気になれる」、「読んだのははるか昔で内容を忘れてしまった人も、記憶が甦る」、を目指して、あらすじを詳しく踏み込んでいきます。

     

    【ストーリー編 1/9 【ストーリー編 2/9 【ストーリー編 3/9

    【ストーリー編 4/9 【ストーリー編 5/9 【ストーリー編 6/9

    【ストーリー編 7/9 【ストーリー編 8/9】 【ストーリー編 9/9 

    【解説編   といった構成でお届け致します。

     

    *********

     

      マイアミ空港の中の旅客待合室のバーで、ジェームス・ボンドはバーボンのオン・ザ・ロックを飲んでいた。

      メキシコでの一仕事を終えて、イギリスへ帰る途中の飛行機の乗り継ぎだった。

      今度の任務は、ロンドンでヘロインの蔓延を捜査していた警視庁が、その供給元がメキシコからの外交行嚢である事を突き止めたのがきっかけだった。 外国相手と云う事で、秘密情報部にお鉢が回ってきたのである。 

      ボンドはメキシコシティーに入ると、大物バイヤーを装って外交行嚢のルートを辿っていき、精製工場を突き止めた。

      その夜のうちに倉庫へ忍び込んだボンドは、焼夷弾を仕掛けると1マイルも離れたカフェにおさまって、遠くに立ち上る炎をのんびりと眺めたのだった。

     

      メキシコ湾に沈む夕日を眺めながら、ボンドは2杯目のバーボンを注文した。

      突然、待合室に放送が入った。 「トランスアメリカンのお知らせを申し上げます」アナウンス嬢の声が響き渡った。

    「ニューヨーク行き618便は、故障により遅れます。 出発は明日の午前8時の見込みです。 ご乗客の皆さまは、トランスアメリカンのカウンターまでお越しください。 お宿のお世話を致します。 くり返します。 ニューヨーク行き618便は・・・」

      他の飛行機に乗り換えようか? それともマイアミで一泊するか? 一仕事終えた後だ。 ここで飲んだくれるのも一興かもしれない。 イギリスへ戻れば、また退屈な毎日が続くのだ。

      その時、こざっぱりした、しかし一目で高級品と判るジャケットを着た中年紳士が近づいてきた。

     

    「失礼ですが、あなたはボンドさんではないですか?」

      出来ればボンドは名無しの権兵衛で通したかったのだが、いきなり本名を言われて、「ええ、そうですが」と、答えてしまった。

    「いやあ、奇遇ですなあ」 男はそう言って手を差し伸べてきた。

      ボンドも立ち上がって、ゆっくりと握手をする。

    「私の名前はデュ・ポンです。 ご記憶にございませんかな」 男はそう言うとボンドの隣りに腰を下ろした。 「1951年、フランスのロワイヤル・レゾーですよ。 私と家内はあなたがあのフランス人相手に大勝負をやった時、隣に座っていたんです」

      思い出した。 あのバカラのテーブルで、デュ・ポン夫妻は4番と5番のテーブルに座っていた。

    「ええ、思い出しました。 あの晩は大変なゲームでしたからね」

      デュ・ポン氏は嬉しそうに笑うと、指を鳴らしてウェイトレスを呼んだ。

    「ぶしつけですいませんが、1杯受けて下さいませんか?」

    「恐れ入ります。 ではバーボンのオン・ザ・ロックを」

      デュ・ポン氏は、「私はヘイグの水割りをたのむ」と言うと、ボンドに向かって身をのり出した。 そしてあたりを見回してからおもむろに口を開いた。

    「ところでボンドさん、あなたがカードの名手である事は承知しとります。 それに探偵みたいなお仕事をなさっているとか・・・」

    「ええ、以前はそんな仕事も面白半分にやっていましたが、もう辞めました。 今は貿易会社に勤めています。 ユニバーサル貿易と云うんですが、ご存知ありませんか?」

    「ユニバーサル貿易? ああ、聞いた事はあります。 お取引きした事はありませんがね」

      ボンドはデュ・ポン氏の意図を図りかねていた。 用件があるなら早く言え、とばかりに腕時計を覗くジェスチャーをする。

      デュ・ポン氏も時計を見た。

    「これはこれは、もう7時になりますな。 実はボンドさん、あなたのお知恵を拝借できると、大変ありがたいのです。 今夜マイアミにお泊りなら、ぜひ私にお世話させて下さい。 ここフロリダでは私の資本が入っていますから、とびきりの食事と部屋をご用意しますよ。 私の話しを聞いてくれませんか?」 デュ・ポン氏はそう言うと、ボンドの目をのぞき込んだ。

      ボンドは既に引き受ける気になっていた。 デュ・ポン氏の困った問題が何であるにせよ、イギリスに帰る前の丁度いい余興だ。

      それでも儀礼的に辞退するセリフを口にした。

      するとデュ・ポン氏は素早く片手を上げて、ボンドの言葉をさえぎった。

    「ボンドさん、頼みますよ。 話を聞いて下さるだけでいいんですから」 そう言ってウェイトレスを呼ぶと、ボンドに背を向けて勘定を済ませてしまった。 そしてボンドに向き直ると「先ずあなたの飛行機の手配を済ませてしまいましょう」 そうボンドを促してトランスアメリカンのカウンターへ向かった。

     

    「はい、デュ・ポン様。 ごもっともでデュ・ポン様、そのように手配致します。 かしこまりましたデュ・ポン様」 サービスカウンターでは、デュ・ポン氏が二言三言告げただけで、手続きが終わってしまった。

      ターミナルビルを出ると、ピカピカのクライスラー・インペリアルが静かに近寄ってきた。

      トランスアメリカンのポーターがボンドのスーツケースを持って飛び出してきた。

      ボンドはデュ・ポン氏と共に車に乗り込んだ。

    「海辺のビルの店だ」 デュ・ポン氏が運転手にそう告げると、車は滑る様に走り出した。 「この店の石蟹は絶品ですよ」と、ニコニコしながらボンドに言った。

    「それは楽しみですね」 とボンドは応じた。

     

      車はマイアミの街の中を通り抜けていく。 やがてピンク色のネオンで〈海辺のビルの店〉と出ている、漆喰に白ペンキを塗った家の前で停まった。

      ボンドが車から降りると、後ろでデュ・ポン氏が運転手に窓を開けさせていた。

    「アロハの間を取るんだ。 何か差支えがあったら、フェアリー君にこの店に電話するように伝えてくれ」

      2人は石段を上って店に入った。 見回すと客席は全てふさがっている。 だいぶ盛況の様だ。 

      入り口に立っている2人のもとに、女性ホルモン過剰みたいなマネージャーが飛んできた。

    「これはこれはデュ・ポン様、ようこそお出で下さいました。 今夜はちょっと混んでおりますが、すぐにお席を用意致します。 どうぞこちらへ」 そして指を鳴らしてボーイを集めると、テーブル席を作らせてしまった。 次に給仕長と酒係を呼ぶ。

      2人が席に着くとデュ・ポン氏は、「石蟹だよ。冷凍じゃない新鮮なやつだぞ。 それにメルテッド・バターに厚切りのトースト。 わかったかね?」と、言った。

    「かしこまりました」 と給仕長が応えると、入れ替わりに酒係がもみ手をしながら前に出て来た。

    「ピンク・シャンパンを2本。 ポマリーの50年ものだよ」

    「かしこまりました。 食前のカクテルは何になさいますか?」

      デュ・ポン氏はボンドをふり向いた。 どうしますか?といったふうに眉を上げる。

    「ウォッカのマティーニを頂きます。 レモンの皮を一切れ入れて」

    「そいつを2つ。 ダブルにしてな」 デュ・ポン氏が命じた。

     

      酒係が下がると、デュ・ポン氏はイスの背によりかかりながらタバコとライターを取り出した。

    「少々騒々しいが仕方が無い。 ま、この店には美味い石蟹を食べに来ただけだからね」 言い訳でもする様な口調だった。

      ボンドはデュ・ポン氏の変わり様が面白かった。

      この生き生きとした話しっぷりや自信たっぷりな態度は、空港でボンドに話しかけてきた内気で戸惑った中年男性とは全く別人の様だ。

      デュ・ポン氏は、ボンドを釣り上げて仕事を依頼できる、と思ったからだろう。

      案の定、デュ・ポン氏はテーブルの上に両手を置くと、ボンドに向かって話しかけてきた。

    「君はカナスタと云うカードゲームをやった事があるかね?」

    「ええ、ちょいとやるには面白いゲームですよね」

    「2人で差しでやったことは?」

    「あります。 しかしあれはあまり面白くありませんよ。 どちらかがヘマをしない限り、だいたいおあいこになりますから。 ま、カードにおける平均の法則ですね」

      デュ・ポン氏は力強く頷いた。

    「そうなんだ。 私もそう思っている。 ところがボンド君、私はその2人でやるカナスタで週に2万5千ドルも負け越しているんだよ。 もちろん私だってシロウトでは無いよ。 リージェンシー・クラブのメンバーだし、一応カード・ゲームの裏表は知っているつもりだ」

      デュ・ポン氏はボンドの目を鋭く見つめた。

    「いつも同じ相手だとしたら、イカサマに引っ掛かっているとしか考えられませんね」

    「その通りだ」 デュ・ポン氏はテーブルをピシャリと叩いた。 「まさしくその通りだよ。 だが私は礼儀正しく負けた分の金を払ったさ。 しかし、あいつの尻尾を捕まえられないのが我慢ならないんだ」

    「部屋の中に鏡とかは?」

    「とんでもない! ゲームはいつも外でやっていたんだ」

    「そいつは何者です?」

    「君と同じイギリス人だよ。 住まいはバハマのナッソーだが。 齢は42で独身。 職業は仲買人だ。 ホテルの探偵に調べさせた」

    「金回りはどうなんです?」

    「そこなんだよ!」 デュ・ポン氏はいきなり大声を出した。 「そこが一番しゃくに障るんだ。 奴は金はうなる程持っている。 私の銀行からナッソーを調べさせたんだが、ナッソーでも1、2を争う資産家だよ。 財産を金の延べ棒にして貯えているらしい。 そいつを金の相場に応じて世界各地で動かしては利鞘を稼いでいるんだ。 それ程の大金持ちが、何だって私から2万5千ドルばかりをイカサマで巻き上げるのかが解らないんだ」

      その時、ドカドカとボーイ達がテーブルの周りにやって来たので、ボンドは返答を応えずにすんだ。

     

      テーブルの真ん中に甲羅と脚をバラバラにした蟹が山となった大皿が置かれた。

      銀のソース入れやトースト台、シャンパンの銀のバケツが続く。

      デュ・ポン氏は「勝手にやろう」と言うと、バラした蟹をいくつか自分の皿に取り分けて、溶かしたバターに浸してからかぶりついた。 ボンドもそれに倣って食べ始める。

      2人とも自分の取り皿が片付くと、大皿へ手を伸ばして次から次へと食べ続けた。

      大皿が空になるまで、2人は言葉を交わさなかった。

      デュ・ポン氏は食べ終わると、絹のエプロンで口元を拭って深々とイスに座り直した。

    「ボンド君、世界中で今夜、我々ほど美味い晩飯を食った人間はいないだろうな。 違うかね?」

    「まぁ、そこまでは判りませんが、稀に見る美味しさでした」

      デュ・ポン氏は満足した様子でコーヒーを注文した。 ボンドは食後のリキュールは遠慮して、タバコに火を点ける。

      そして、このご馳走のツケが来るのを興味深く待った。

      デュ・ポン氏は軽く咳払いをすると、おもむろに口を開いた。

    「ボンド君、私のお願いを聞いてもらえんだろうか?」

    「どんなです?」

    「今日、空港で君と出会ったのは、まさに天の采配だと思うんだよ。 ロワイヤル・レゾーでの事は忘れもせん。 君の冷静さ、カードさばきは見事だった」 「ボンド君、一万ドル用意する。 奴のイカサマを探り出して欲しいのだ。 その間は私の客として、ホテルを自由に使ってくれて構わない」

    「そいつは素晴らしい提案ですね。 しかし、私は48時間以内にロンドンへ発たなくてはならないんです。 でも、あなたが明日の朝と午後にいつもの様にゲームをやるなら、探り出す時間はありますね。 しかし役に立っても立たなくても、明日の晩はここを発たなくてはなりません。 それでも良ければ引き受けましょう」

    「結構だ」 デュ・ポン氏はそう言って、鷹揚に頷いた。

    「ところで、その男の名前は何というんです?」

    「ああ、ゴールドフィンガーという男だ。 オーリック・ゴールドフィンガー。 君と同じイギリス人だよ」

     

    *****

     

      カーテンが揺れる音でボンドは目を覚ました。 南国フロリダの日差しが部屋の中に差し込んでいる。 ボンドは厚いパイルの絨毯を踏んで、部屋のバルコニーに出た。

      バルコニーの12階下には、点々と棕櫚の植え込みや砂利を敷き詰めた遊歩道が見える。 すぐ下にはお上品な曲線を描いて、キャバナ・クラブが浜まで続いていた。 これは2階建ての更衣室で、平たい屋上にはイスやテーブルがビーチ・パラソルと共に並んでいた。

      2人がカナスタをやっていたのは、この屋上だろう。

      予定では10時に庭でデュ・ポン氏と待ち合わせして、2人でキャバナ・クラブの屋上へ行き、ゴールドフィンガー氏にボンドを紹介する、といった手はずだった。

      一応ボンドはニューヨークから来たビジネスマンといったふれこみで、昼食の時に商談を済ませる、といった段取りにした。

      デュ・ポン氏はボンドに、何か用意する物はあるか、と言ってきたので、ゴールドフィンガー氏の部屋の合い鍵が欲しい、と言った。 もしゴールドフィンガー氏がイカサマ賭博師ならば、印を付けたカードなどの商売道具を持っているハズだった。 デュ・ポン氏は、庭で会った際に鍵を渡す、と言っていた。

     

      ボンドは部屋で朝食を済ませてから階下のショッピング・モールをぶらつくと、時間通りに庭でデュ・ポン氏と落ち合った。 鍵を受け取り、2人でキャバナ・クラブの屋上へと向かう。

      デュ・ポン氏がデッキ・チェアーで日光浴をしている男の元へと歩いていった。

    「やあ、ゴールドフィンガーさん」 ちょっと大声で陽気に声をかける。 そしてボンドに向くと「だいぶ耳が遠いようでね」 そしてまたデュ・ポン氏がどなった。 「ゴールドフィンガーさん!」

    「おお、これはこれは。 あんたか」 デッキ・チェアーの男はそう言うと、サングラスを外して立ち上がった。

    「ボンドさんを紹介します。 ニューヨークから来た私の友人ですよ。 あんたと同じイギリス人です。 ちょっと商売の話しがあって、来て貰いました」

      ゴールドフィンガーが手をさしのべてきた。 「初めまして、ボンドさん」

      ボンドはその手をとった。 一瞬、ゴールドフィンガーの目がぱっと大きく開いてじっとボンドを見つめた。 顔から頭蓋骨の中まで見透かす様な目つきだった。 やがて瞼がだらんと下がった。 ゴールドフィンガー氏は記録した写真を頭の中の引き出しにしまったのだろう。

    「では、今日はゲームは無しですかな?」

    「とんでもない! 自分の金を取り戻さねば私はこのホテルから出られませんよ」 デュ・ポン氏は鷹揚に笑った。 「このボンドさんもゲームを見学したいと言ってるしね」

    「では、私は何か服を着てくるとしよう。 ところでボンドさん、国ではゴルフをやりますか?」

    「ええ、たまにはやりますよ」 ボンドは声をはり上げた。

    「ほう、どこで?」

    「ハンタークームです」

    「ああ、ちょっとした面白いコースだな。 私は最近ロイヤル・セント・マークスに入りましたよ。 ご存知かな?」

    「廻った事はあります」

    「あんたのハンディは?」

    「9です」

    「そいつは偶然だな。 私も9だよ。 いつかお手合わせしなければなりませんな」 ゴールドフィンガー氏はそう言うと、5分以内に戻ります、と言って階段へと向かった。

      ボンドは感心していた。 ゴールドフィンガー氏はこれまで会った人物の中で、1番くつろいだところのある人物だ。 動作や言葉、表情などに無駄が無い。 また、鷹揚なたたずまいの中に、力強い芯を持っている様だった。

      ゴールドフィンガー氏が立ち上がった時、何よりもボンドが驚いたのは彼の体格の不格好さだった。 背は5フィート足らずの低さで、肥った胴体から短いがに股の脚。 頸が無く、すぐに大きな丸い頭が乗っていた。

      全体から見て、思索型の科学者タイプの男だろう。 冷酷で好色なタイプ。

      生まれはどこだろうか? ユダヤの血は入っているかもしれないが、ユダヤ人では無い。 ラテン系でも無い。 スラブ系か? それともドイツ人か? いや、バルト海沿岸の人間だろう。 または亡命した東ヨーロッパかもしれない。 ゴールドフィンガー氏は、それとも両親が、革命の危機を感じて手遅れにならないうちに亡命してきたに違いない。

      それから、世界でも有数の金持ちにのし上がるには、どうやって働いたのだろうか?

    「用意はいいですかな?」 服を着て戻って来たゴールドフィンガー氏がデュ・ポンに声をかけた。

      デュ・ポン氏がホテルを背にしてイスに座ると、ゴールドフィンガー氏もテーブルに着いた。

      2人はゲームを始めた。

      ボンドは2人のテーブルの周りをブラブラしながら、ゲームの進行を観察した。

      ゴールドフィンガー氏は慎重な手つきでカードをさばいているだけで、特に怪しい素振りは無い。

      見ているうちに、またデュ・ポン氏が負けた。

    「驚いたねえ、今度は追い詰めたと思ったんだがね。 いったい何だって早上がりで逃げた方がいいと感づいたんだね?」

    「危険は匂いで解るものだよ」 と、ゴールドフィンガーはしゃあしゃあと応えた。

      ボンドは口をはさんだ。 「席を変えないんですか? 風向きが変わるかもしれませんよ」

      ゴールドフィンガー氏がカードを配る手を止めた。 「あいにくだがボンドさん、実は私は広場恐怖症といった妙な持病があってね、広々とした所を見ると怖いんだ。 ここに座ってホテルの建物が目の前になければならないのだよ」

    「ほう、それは失礼しました。 ところで、私はちょっとその辺をブラついてきます」

    「ボンドさん、では昼食の時に例の仕事の話しをするとしましょう」 そう言うデュ・ポン氏にボンドは会釈すると、ホテルへ足を向けた。

      ゴールドフィンガー氏はデュ・ポン氏とのゲームでホテルの方を向いていたいのだ。 それともデュ・ポン氏にホテルに背を向けさせていたいのか? なぜだろう?

      ボンドはゴールドフィンガー氏の部屋の番号を思い出した。 ボンドの部屋の真下で2階だ。 つまり、キャバナ・クラブの屋上のカード・テーブルから20ヤードかそこらだ。

      ボンドはゴールドフィンガー氏の部屋と思われるバルコニーを見上げた。 バルコニーには何も無い様だ。

      バルコニーに出るドアは開いていて、その向こうは暗い部屋に続いていた。

      もしかしたら・・・。 ボンドはイカサマの手口が解ったような気がした。

     

    *****

     

      昼食はエビのカクテルに地元名産の鯛、牛のバラ肉のソテーだった。

      デュ・ポン氏は午前中で、さらに1万ドル以上負けていた。

      食事の最中、デュ・ポン氏はボンドに、ゴールドフィンガー氏は秘書を連れて来ている、と語った。

    「見かけた事は無いよ。 部屋にこもりっきりみたいだな。 たぶん旅行用に連れて歩くつまらん女だろう」 デュ・ポン氏はいやらしく苦笑いした。 「どうだろう、何か思い当たる事はあったかね?」

    「まだはっきりとは解りません。 午後はそっちのテーブルには行かないかもしれません。 ゲームの見物に飽きて街へ行った、とでもしておいて下さい」

    「ああ、わかった」

    「もし私の狙いが当たっていたとしたら、どんな事が起きても驚かないで下さいよ。 ゴールドフィンガー氏が変なそぶりを見せても、ただ黙って見てて下さい。 まだ何も約束できませんが、あいつの尻尾をつかんだ様な気がします。 もっとも見当はずれかもしれませんがね」

    「そいつはいい! あの男がボロを出すのが待ち遠しいな」 デュ・ポン氏は笑みをこぼした。

     

      ボンドは部屋に戻ると、スーツケースの中からM3型ライカと露出計、フラッシュ・ライトを取り出した。

    バルコニーのドアは開けたまま、3時半頃の太陽の位置を見計らって露出計を操作する。併せて、シャッタースピードも調整する。

      そして、スーツケースから隠してあったバーンズマーティン・ホルスターとワルサーPPKを取り出した。 拳銃はホルスターに入れて、ズボンの左内側に差し込む。

      そうしてボンドはライカの吊り紐を首にかけると、部屋を出た。

      ゴールドフィンガー氏の200号室は、思った通りボンドの部屋の真下だった。

      ボンドは合い鍵を出して静かにドアを開けると中に入った。 小さなロビーを抜けて、居間のドアをそっと開ける。

      予想していたものを目にする前に声が聞こえた。 チャーミングな女の声だった。

    「5と4を引いたわ。 2が2枚で5のカナスタができる。 4を捨てたわ。 キングとジャック、9、7を持ってる」

      ボンドはそっと居間に入った。

      女はバルコニーのドアから1ヤードばかり内側に置いたテーブルの上にクッションを敷いて座っていて、三脚を据えた双眼鏡でキャバナ・クラブの屋上を見下ろしていた。

      午後の暑さも最高潮のときで、黒いブラジャーとショーツしか着けていなかった。

    「クィーンとキングを引いたわ」 女はそこまで言うとマイクを切って、マニキュアの瓶に手を伸ばした。

      ボンドは静かに部屋を横切るとイスを動かしてその上に立った。 ファインダーを覗いてみる。

      バッチリだ。 金髪の女の頭と双眼鏡、その隣のマイク。 20ヤード下ではテーブルに向かい合った2人の男。

      ボンドはシャッターを押した。

      鋭いフラッシュの閃光に女は悲鳴を上げて振り返った。

    「誰っ! 何してんの!」

    「欲しい物は手に入れたよ。 これで終了だな。 それでと、私の名前はボンド。 ジェームス・ボンド」 ボンドはイスから下りるとカメラをイスの上に置いた。

      女が立ち上がった。 すらりと背が高く、腕も脚も水泳選手の様に堅く張っている。 黒いレースのブラジャーが大きく盛り上がっていた。

    「いったい何をしたの?」 女の目からは不安が少し消えていた。

    「君には関係の無い事さ。 ちょっとゴールドフィンガーを懲らしめるだけだから。 ところで、いい子だからちょっと私にも覗かせてくれないかな?」

      ボンドは双眼鏡を覗いてみた。 ゲームは普通に続けられていた。

    「連絡が途絶えても彼は平気なのかい? ゲームを止めちまわないのかな?」

    「前にも差し込みが抜けたりした事があったけど、連絡がつくまで待ってるわ」

    「じゃ、少し気をもましてやろう。 君も一服したらどうだい?」 ボンドはチェスターフィールドを取り出して女に勧めた。

    「それにしても、彼は億万長者のくせになんだってこんな事をするんだろう?」

    「私にも解らないわ。 あの人はおカネ儲けとなると、どんな事でも手を出さずにはいられないみたい。 目が付いているのにおカネを手に入れないのはバカだ、と言った事があったわ」

    「ふうむ、私がピンカートンや警察の人間じゃなかったのは、めっけモンだよ」

    「あら、そんな事何でもないわ。 あんたを買収するだけよ。 あの人はどんな人間だって買収しちまうのよ。 おカネの魅力に逆らえる人間などいないわ」

    「それはどういう意味だい?」

    「あの人は税関を通る時以外、必ず百万ドルからの金を身に付けてるのよ」

    「何んだってそんなに金を持ち歩くんだ?」

    「万一の時の備えよ。 金さえ持っていれば、欲しい物は何でも手に入ると承知してるの。 とにかくあの人は黄金が好きなのよ。 宝石や女が好きな人がいる様に、彼は黄金が好きなのよ」

    「ふうん、ゴールドフィンガーとはそんな人物なのか」

      ところで、とボンドは言って、女に向き直った。

    「君は彼から可愛がって貰ってるのかい?」

    「あんたがどう考えてるか分るわ。 でも本当にあの人はそんな事しないのよ。 見栄で私を傍に置いているだけじゃないかしら」 「ねえ、私、あまりいい格好じゃないわ。 向こうへ行って何か着てきてもいい?」

      ボンドはこの女が信用できるかどうか、確信が持てなかった。

    「そんな事ないさ、似合ってるよ。 あのプールの周りの連中だって似た様な格好だぜ。 それよりも、そろそろゴールドフィンガーの尻に火を点けてやろう」

      だしぬけに彼女が手を伸ばして、ボンドの腕を掴んだ。

    「どうしてもなの? 私、どんな目に合わされるか分からないわ」 その声は涙ぐんでいた。 「私、あなたみたいな男の人に会ったのはひさしぶりなの。 もう少しこうして、何もしないでいられないかしら?」 そして彼女は目を伏せた。 「あの人に何もしないでいてくれたら・・・私、何でもするわ」

      ボンドは笑顔を見せると、腕から彼女の手をどけた。

    「気の毒だがね、私はこの為に雇われたんだ」 ボンドは冷ややかに言った。 そして双眼鏡を覗き込みながら、マイクのスイッチを入れた。

    「聞こえるか?ゴールドフィンガー、こちらはジェームス・ボンド」 ゴールドフィンガーは少しも顔色を変えなかったが、ボンドの言葉は聞こえているという様に、少し首を傾けた。

    「もうゲームはお終いだ。 清算する時が来た。 こっちにはこのイカサマをお膳立てしている証拠写真があるんだ。 しかし、あんたがこっちの言う通りにすれば、この写真が警察に行く事は無い。 解ったら頷いてもらおうか」

      顔は依然として無表情だったが、丸い頭がゆっくりと頷いた。

    「よし、ではカードを伏せてテーブルに置け」

      両手がテーブルに下りてカードを並べた。

    「次に小切手帳を出して、3枚切ってもらおう。 1枚は3万5千ドルで、これはデュ・ポン氏からまき上げた分だ。 もう1枚は1万ドルで、これは私の調査費用。 あとの1枚は5千ドルで、デュ・ポン氏の貴重な時間を浪費させたお詫びとしての慰謝料だ。 わかったかな?」

      ゴールドフィンガーは小切手帳を取り出すと、黙々と小切手にペンを走らせた。 デュ・ポン氏はあっけにとられた様に、身をのり出している。

    「ではこれから言う事をきちんと実行してもらおう。 小切手帳の裏にでも書き取って、忘れない様にして欲しいな。 先ずは今夜のニューヨーク行きのシルバー・ミーティア号に、私の名前で一等車室を手配するんだ。 部屋にはよく冷えたシャンパンとキャビアのサンドイッチを用意させておくように。 私に変な手出しをするなよ。 こっちには写真がある事を忘れないでもらいたい。 分かったら頷いてもらおう」

      もう1度大きな頭が上下に動いた。 額に汗が吹き出している。

    「よし、では小切手帳をデュ・ポン氏に渡してこう言うんだ。 申し訳ない、イカサマであんたを騙していた、とね。 それが済んだら帰っていいぞ」

      ゴールドフィンガーがデュ・ポン氏の前に小切手を置く。 口が開いて何か言っているのが分かった。 

      立ち上がったゴールドフィンガーの目付きは落ち着き払っていた。 もしかしたら、ゴールドフィンガーはホッとしているのかもしれない。 何と言っても、カネで片が付いたのだから。

    「ちょっと待った、ゴールドフィンガー。 もう1つあった」 ボンドは傍らの女を見やった。

     女は神妙な顔をしてボンドを見つめていた。 不安はあったろうが、素直な憧れの表情を浮かべている。

    「君、名前は?」

    「ジル・マスタートン」

    「ゴールドフィンガー」 ボンドはマイクに呼びかけた。 ゴールドフィンガーはこちらを見上げた。 さっきボンドと初めて会った時の様に、目を大きく見開いている。

    「もう1つ。 ニューヨーク行きの汽車には人質を連れて行く。 ミス・マスタートンだ。 彼女の分も手配してもらおう。 以上だ」

     

      ジルとの汽車の旅は、あっという間に過ぎてしまった。

      2人でサンドイッチを食べてシャンパンを飲み、それからは巨大なディーゼル機関車が走るリズムに乗って、何マイルもの間狭い寝台車のベッドでゆっくりと長い濡れ場を演じたのだった。 

      女は肉体の愛撫に飢えているみたいだった。 夜中にボンドを2回も起こして、静かに愛撫を求めた。 黙ってボンドの固い細く締まった体に手を伸ばすだけだった。

      次の日の昼間も彼女は2度も車窓のローラー・ブラインドを下して激しい光を閉ざし、ボンドの手を取って、まるで甘い物を欲しがる子供の様に、「ジェームス、愛して」と、せがむのだった。

      ジルの話しでは、ゴールドフィンガーはイカサマを見破られた事にもいたって平気な顔をしていたそうだ。 ボンドに、1週間以内にイギリスに行くので、ロイヤル・セント・マークスで一緒にプレーしよう、と言っていたそうだ。 ジルは、折り返しの汽車で帰って来い、と言われ、その通りにする、と言う。 ボンドは強く反対したが、ジルはゴールドフィンガーを怖がってはいない様だった。 

      ニューヨークに着くとボンドは、デュ・ポン氏が感謝の言葉をまくしたてながら押し付けてきた例の1万ドルを彼女に受け取らせると、激しい接吻をして別れた。

      まともな恋とは言えなかったが、2人のどちらも悔いは残らなかった。

     

     

    引き続き【ストーリー編2/9】へどうぞ

     

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    007おしゃべり箱 Vol.50−2 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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      「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

       

      007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

       

      Vol.50-2

       

      『原作紹介/ゴールドフィンガー』

      Ian Fleming’s GOLDFINGER

       

      【ストーリー編 2/9

       

      by 紅 真吾

       

        【ストーリー編 1/9からの続きです。

       

        一週間後、ボンドは本部で夜勤に就いていた。

        3日前、Mから夜勤に就け、と言われた時、ボンドはあからさまに苦い顔をした。

        ダブルO課の自分を、一般職員と同じ様に夜勤のローテーションに組み入れると言うのである。 むッとしながらも、出先機関の日常についてはよく知らないし、ダブル0課に所属して6年も経っているので、本部の日常の仕事などすっかり忘れてしまっている、と訴えた。

      「すぐに馴れるさ、007。 いや、すぐに馴れてもらいたい」 Mはあっさりと言った。 「わしの肚は決まっとるんだ。 上級部員にも一通り日常勤務をこなしてもらうつもりだ」  Mは冷ややかにボンドを見つめた。

      「実はな007、この間も大蔵省の役人からとっちめられたんだよ。 連絡事務官がダブル0課など無用の長物だと言ってきおってな。 そういう仕事は時代遅れだと言いおった。 こっちは別に議論などせんかったがね。 ただ、それは間違いだとだけ言ってやったよ」

        ボンドにはその時の様子が目に浮かぶ様だった。

      「そういう訳でな、君もロンドンに戻っている間は日常業務をこなしてもらうぞ。 君をふやけさせない為にもな」

        嫌々就いた夜勤だが、ボンドは丁度いい機会だと気持ちを切り替えた。 かねてから護身術のポイントを、体系的にまとめてみたいと思っていたのだ。 資料室には様々な情報機関が編纂した資料がある。 ボンドはごっそりと借り出してくると、ノートを前にしてページをめくった。

       

        夢中になってメモを取っていたが、気が付くと夜が明けて朝の8時になっていた。 もうすぐ交代の時間だ。 ボンドは売店に電話をして朝食を注文した。

        食事を食べ終わった時、机の上の赤い電話が耳障りな音を立てた。 Mからだ。 いったい何だっていつもより30分も早く出て来たのだろう。

      「はい、007」

      「007、ちょっと抜け出してこっちに来てくれ。 夜勤明けで非番になる前に話したい事がある」

      「わかりました」

        受話器を戻したボンドは、急いで上着を着ると8階に上がった。

        まだマネペニーや幕僚主任は出勤してきていない。

        ボンドはMの部屋のドアをノックして、中に入った。

      「かけたまえ、007」 Mはボンドをデスクの前に座らせると、お定まりのパイプに火を点ける段取りに取り掛かった。 「昨夜は異常なしか?」

      「いたって平穏でした。 ただ、香港支局が・・・」

      「いや、結構だ。 後で記録簿に目を通しておく」

        ここでMはめったに見せない皮肉っぽい笑顔を見せた。

      「007、事情が変わった。 これより君の夜間勤務を解く」

        やった! 仕事なのだ。 夜勤明けで早くベッドに入りたかったが、心臓が高鳴ってくるのが分かった。 ボンドはイスに座り直すとMを見つめた。

      「昨日の晩、イングランド銀行の総裁と食事をしたんだがな、金の話しが出たんだ。 イングランド銀行が金の密輸や偽造を、あんなに追っかけてるとは知らなかった。 ところで007、君は午後4時にイングランド銀行でスミザース中佐という男と会う事になっている。 それまでにじゅうぶん睡眠を取って起きたまえ」

      「はあ」

      「だいじょうぶか、007? とにかく、そのスミザースと云う男は銀行の調査部の部長だ。 調査部と言っても、やっている事は我々と同じスパイ活動そのものの様だ。 わしも総裁の口から聞かされるまで、そんな活動をしていたなど全く知らなかったよ。 とにかく、スミザースとその部下は、金にかかわる犯罪に目を光らせとるらしい」 

        Mはここで一息つくと、再びパイプにタバコの葉をつめた。

      「実はな、イングランド銀行の総裁がこんな事を持ちかけてきたのも、どうやらここ数年我が英国から金が大量に流出しているらしいのだ。 スミザースも手掛かりをつかみきれてい様だが、警官特有の勘が働いたらしい。 とにかく総裁を口説いて総理を通してこっちを引っ張り込む許可を取るくらいの何かを掴んだ様だ」

        Mはここまで一気にしゃべると、いきなり口をつぐんだ。

      「ところで007、君は我が国で誰が一番金持ちか知っているか?」

      「そうですね、サッスーンがいますね、それに・・・」 ボンドは思い付くままに名前を挙げた。

      「まあまあだな。 しかしな、肝心なのが抜けとるんだ。 わしも総裁から聞かされるまでは夢にも思わんかった」

      「誰ですか? その肝心な奴っていうのは」

      「ゴールドフィンガー。 オーリック・ゴールドフィンガーという男だ」

        ボンドは思わず吹き出してしまった。

      「どうした?」 Mが苦い口調で言った。 「何がおかしいんだ!」

      「すいません。 実はこの前のメキシコでの仕事の帰りに・・・」 ボンドは空港でデュ・ポン氏と会ったところから、全てを報告した。

        Mの顔から怒りが消えて、興味深そうな表情になる。

      「ほほう、そういった男か」 Mは両手を頭の後ろで組んで、しばらく天井を見上げていた。

        ボンドはこのおかしなめぐり合わせに笑いがこみあげてくるのを、必死でこらえていた。

      「ところで」 Mがジロリとボンドを睨んだ。 「その1万ドルはどうした?」

      「はあ、女にやっちまいました」

      「何だと! なぜ白十字基金に入れなかったんだ!」

        白十字基金とは、秘密情報部員が任務の途中で命を落とした場合に備えての、遺族の為の特別な基金である。

      「すいません」 ボンドは素直に謝るしかなかった。

        Mは厳しい目でボンドを睨み付けた。

        もともとMはボンドの女出入りを苦々しく思っていた。 ヴィクトリア朝気質のMにとっては、ボンドの私生活はもっての他なのだ

        ボンドはイスに座ったまま、縮こまるしかなかった。

        今度だけは見逃してやろう、Mはそんな目付きでボンドをひと睨みすると、おもむろに口を開いた。

      「ふむ、007、今のところ話しはそれだけだ。 とにかく今日の午後、君はイングランド銀行へ行ってスミザースと会いたまえ。 それにしても、そのゴールドフィンガーと云う男は妙な男の様だな」

        Mはここで一息つくと、デスクの向こうのボンドを見つめた。

      「とにかく、イングランド銀行が目を付けた男だ。 その男が今回の君の相手だ」

       

      *****

       

        スミザース元中佐は、スミザース元中佐と呼ばれるに相応しい人物だった。

        人当たりが良くて洗練されていて、たぶん参謀だったのだろう。

      「金についての話しを聞かせて頂けるそうで」 ボンドは勧められるままにイスに腰を下すと、早々にきり出した。

      「私もそう言われています」 スミザース元中佐はそう応えると、先ずは、と言って話し始めた。

        金の最も重要な事は、世界中どこでも通用する最も貴重な物である点、そしてその流通経路が極めてたどり難い点、と語った。

      「金の延べ棒には鋳造マークが刻まれていますが、そんなものは削り落とせるし、延べ棒自体を溶かして別の延べ棒にしてしまう事ができます。 金のゆくえを追ったり出所を探るなんて事は、不可能なんです。 ですから正規の銀行が保有している金の量は把握していますが、宝石商や質屋が持つ金の量は推測しかできません。

      「なぜ金の保有量にそんなに神経をとがらせるんです?」

      「それは我が国の通貨の価値は保有する金の裏付けで決まってくるからです。 貨幣の価値は、それを裏付けしている金があってこそ成り立つのです。 もし仮に金を全く持っていなかったら、貨幣の価値などゼロです。 誰もそんな紙クズ同然の貨幣など見向きもしません。

        ここでスミザース元中佐の目付きが厳しくなった。

      「ボンドさん、私の仕事は、我が国の金が国外に流出しない様に監視する事なんです」

        しかし、金の密輸という犯罪は、実に抜け目なく行われていて巧妙だ、と語った。

      「どうもその密輸のからくりがピンとこないのですが」 とボンド。

      「では例を挙げましょう」 スミザースがそう応じた。

        仮にあなたがタバコ2箱くらいの金を持っていたとします。 公定価格は約1.000ポンド。 が、あなたはもっと欲を出す。 インドへ行く友人に金を薄い板などに加工して持たせます。 手間賃は100ポンド程度でしょう。 友人はボンベイに飛ぶと、あたりの貴金属商に金を持ち込む。 すると1.700ポンドの現金になるんです。

      「なぜインドではそんなに金が高いんです?」

      「複雑な背景がありますが、要はインドは黄金不足なんです」

      「他にも儲けられるところはあるんですか?」

      「小さい利鞘でよければ、たいていの国はいけますよ。 例えばスイスなど。 しかし、やるならインドですね」

      「さし当たってあなた方の問題というのは、どういった事なのですか?」

      「オーリック・ゴールドフィンガーです」

        ここでスミザース元中佐は調べ上げたゴールドフィンガーの経歴を語った。

        1939年にリガからの亡命者として英国に入国。 丁度20歳だった。

        故国がソヴィエトに併呑される前に逃げ出したところをみると、目端の利く青年だったのであろう。

        英国人となったゴールドフィンガーは、宝石や金細工の商売を始めた。 「たぶん細工した金を持ち込んでいたんでしょう」

        ほどなくして全国いたる所で小さな質屋を買い取り始めた。

      「“貴金属高価買入、大小不問”ってやつですよ。 また彼は巧い宣伝文句を考えましてね。 “おばあちゃんのロケットで彼女にエンゲージリングを”です」

        店はどこも一流の通りと中間階級の街の境あたりを選んでいて、繁盛したようだ。

      「小さな金のアクセサリーなどたかが知れてると思うでしょうが、20軒の店から毎週半ダースずつでも集めていけば、かなりの量になりますからね」

        戦争中はウェールズの奥に引っ込んで、工作機械工場などをやって大人しくしていた様だが、その間も商売の方はできるだけ続けさせていた様だ。

      「アメリカ兵が虎の子で持っている金の鷲章やメキシコ金貨などを買い上げて、いい商売になったと思いますよ」

        戦争が終わると、テムズ川の河口に家を手に入れている。

        また、トロール船一隻とロールス・ロイスのシルバー・ゴーストを買い込んだ。

        このロールス・ロイスは南米のある大統領の特注品で、完成前に当の大統領が暗殺されてしまった、と云ういわく付き。

        自宅の地下に“セイネット合金研究所”という工場を作って、亡命してきたドイツの冶金学者を置いて朝鮮人の労働者も5〜6人雇った様だ。

      「まともに英語がしゃべれない連中ですから秘密が漏れる心配は無いわけです」

        それ以来、ゴールドフィンガーは年に1回トロール船でインドへ行くのと、年に何回かロールス・ロイスでスイスを往復している、という。 ジュネーブの近くに合金研究所の分工場みたいなものを置いているのだ。

      「確かにゴールドフィンガーは正直な人間では無いでしょうが、まともな商売をやっているんです。 警察とも上手くやっていますから、誰も彼なんかには目を付けませんでした。 実は、我々が彼の名前を耳にしたのは、彼がちょっとした不運に見舞われたのがきっかけでした」

        1954年に例のトロール船がインドからの帰りにグッドウィン諸島で座礁した。 ゴールドフィンガーは船をドヴァー・サルベージ会社に二束三文で払い下げてしまう。

        その会社が船の解体を始めると、船材の一部をくり抜いた中から茶色の粉が出て来た。 化学者に調べさせると、それは塩酸と硫酸で熔かされた金だと解った。

      「この粉末は摂氏1.000度くらいで金塊に戻ります。 その際に発生する塩素ガスの処理さえ気を付ければ簡単な工程ですよ」

       

        ゴールドフィンガーは買い集めた金を精錬した後に茶色い粉末に姿を変えると、化学肥料と称してインドに運んでいたのだ。

      「しかし、この件だけで彼を捕まえるのは不可能です。 納税の申告書はきちんとしています。 工場の方も人をやって調べてみました。 労働環境の調査というふれこみでね。 しかし、貴金属商の小さな精錬設備といった程度を見せられただけです。 手が出ないんですよ」

        ここでスミザース元中佐は一息ついた。 そしてイスから立ち上がると両手をデスクについて、身を乗り出した。

      「ボンドさん、ゴールドフィンガー氏が英国で一番の金持ちであるという事を調べ上げるのに、5年かかりました。 彼はチューリッヒやナッソーなどの各地の銀行に2千万ポンドにのぼる金塊を保有しています。  その金塊は造幣局で鋳造した公認の金塊では無いんです。 ゴールドフィンガー氏が自分で鋳造した金塊なんです。 私はナッソーにあるカナダ・ロイヤル銀行で保管されている金の延べ棒を見せて貰いました。 ゴールドフィンガー氏は自分が鋳造した金の延べ棒には、必ずどこかに小さなZ文字を刻印しているんですよ。 とにかく、その金塊のほとんどは英国の金なんです。 しかし、うちの銀行ではそれ以上はどうにもなりません。 ですから、あなたの所にゴールドフィンガーを捕まえてくれ、と依頼したわけなんです。 奴を捕まえて、奴が持っている英国の金を取り戻して欲しいのです」

        スミザース元中佐はここまで語ると、イスに座り直した。

      「ボンドさん、あなたも現在のポンドの通貨危機と金価格の高騰はご存知ですよね。 今、我が国は深刻に金を必要としているんです。 早急に」

       

      *****

       

        ボンドはイングランド銀行を後にすると情報部に戻った。 Mのオフィスに入ると、スミザース元中佐との話の要点をかいつまんで報告する。

      「乗り出さんわけにはいかん様だな。 どうだ?007、そのゴールドフィンガーにぶつかる手だては、何か考えがあるか?」

      「はあ、マイアミで会った時の印象では、自分よりもしぶとくて抜け目が無さそうだと思わせなければ興味を示さないと思います。 あの時は一発お見舞いしましたが、一緒にゴルフをやろう、と伝言がありました。 その線で当たってみようとかと思いますが」

      「ふん、うちの腕利きが相手にぶつかるのにゴルフとは、結構な手だな」 Mの声には皮肉がこもっていた。 「まあいいだろう。 で、どういった身の上話を作っていくつもりなんだ?」

      「将来の見込みが無いので、勤めを辞めてカナダへ渡ろうかと思っている、とするつもりです。 とにかくあの男をだますのは容易では無いでしょうから」

      「よかろう。 随時報告を入れるんだぞ。 それから007、新しいニュースを教えてやろう。 実はわしも今日、ゴールドフィンガーの金の延べ棒とやらを見たよ。 例のZ刻印が入ってる奴だ。 先週タンジールの赤い国の駐在事務所が火事になった時、他の獲物と一緒に手に入ったんだ」

      「しかしタンジールの延べ棒はスメルシュの金庫から出て来たのでしょう?」

      「その通りだ。 いいか007、ゴールドフィンガーが外国の銀行家で無く、スメルシュの資金係だったとしても、わしは少しも驚かんよ」

       

        翌日、ボンドは車両係が用意してくれたアストンマーチン・D・Bスリーを運転して、ロイヤル・セント・マークスのゴルフ場へ向かっていた。

        このアストンマーチンは、ボンドのふれこみである、“カネ回りが良くて放埓、贅沢な生活が趣味”、と云う設定に合わせて用意してくれたのだった。 

        その上このクルマには、ある種の特別なおまけが装備されていた。

        夜間に相手のクルマを尾行したり逆に尾行された時の為に、前後の灯りの色や形が変えられるようになっていた。 また前後のバンパーは鋼鉄で補強されているし、シートの下に銃身の長いコルト.45口径を隠すポケットがある。

        何より、尾行用のホーマーと呼ばれる発信装置からの電波を拾う、受信機が備わっているのだった。

        A2国道を走りながら、ボンドはMの言った事を思い出していた。

        確かにソヴィエトは出先機関への払いが悪いので有名だ。 恐らくはスメルシュも慢性的な資金難に違いない。 ゴールドフィンガーは集めた金を金塊にして、せっせと彼らに提供しているのに違いない。 彼らにとってゴールドフィンガーは、まさしく“金の卵”なのだ。

        これでゴールドフィンガーが貧欲にカネを欲しがる説明がつく。

       

        昼にはチャンネル・バスケットのホテルに着いた。

        部屋に入ったボンドは、荷をほどいてから下のレストランで昼食を済ませ、ロイヤル・セント・マークス・ゴルフ場へと向かった。

        ゴルフ場の駐車場にアストンマーチンを停めると、ボンドはゴルフバッグを肩にしてプロショップの奥の作業場へと入って行った。

      「やあ、アルフレッド」 ボンドは仕事中をしていた専属プロのアルフレッド・ブラッキングに声をかけた。

      「これは! ボンドさんじゃありませんか! 15年、いや20年ぶりですか? いったい、どういった風の吹き回しです? 相変わらず例のフラットなスイングをやってるんですか?」

      「そうなんだ。 なかなか癖が直せなくてね」

        ボンドはゴルフバッグをラックに立てかけた。 どこもかしこも昔のままで嬉しかった。 かつて10代の頃は、このセント・マークスで何週間も毎日2ラウンド回った事があったのだ。

      「ボンドさん、あんたはもう少しきちんとトレーニングすればプロになれますよ。 でも、外交官か何かになんなすったそうですね。 いやぁ、惜しいですねぇ」

      「だがおかげで趣味としては充実しているよ。 ところで、今日はゲームを組める相手はいそうかな?」

      「ダメですね。 この季節は週の半ばに来るお客はいませんよ」

      「ではアルフレッド、あんたと回れないかな?」

      「あいにくと先約が入ってるんです。 メンバーの1人なんですが、ここんとこ毎日2時からスタートなんですよ」

      「ま、仕方がないな。 キャディをお伴にしてボールを叩き回ってくるとしよう。 ところで、あんたの相手というのは?」

      「ゴールドフィンガーっていう人です」

      「ゴールドフィンガー? その男なら知ってるぜ。 この前アメリカで会ったよ」

        アルフレッドは信じられない、という様な顔をした。

      「上手いのかい?」 ボンドは尋ねた。

      「ハンディ9ですからね、まあまあですよ」

      「毎日あんたと回ってるとは、やけに熱心だな」

      「そこなんですがね・・・」

        アルフレッドの顔に見覚えのある表情が浮かんだ。

      「アルフレッド、ちっとも変っていないな。 そうか、他にその男とプレーしようって人間がいないんだな」

      「あんたの詮索好きも変わりありませんねえ」 彼は一歩近づくと声をひそめた。 「実はメンバーの中にはゴールドフィンガーさんはインチキをやるって言ってる人がいましてね。 なんでも自分のボールのライを良くしちまったりするらしいんですよ。 あたしは見たわけじゃ無いんですがね」 そう言ってドライバーを持つとアドレスの姿勢をっとってクラブヘッドで床をトントンと叩いた。 「何やかや言いながら、こうやってボールの後ろを叩いて草を寝かしちまうらしいんで。 でもあたしと回っている時はそんな事しませんでしたよ。 話し方ももの静かな紳士です」 「ねえボンドさん、あんたがあの人と回ってもいいんじゃないですか?」

      「バカ言うなよ。 あんたはカネをもらって彼と回る約束なんだろ」

      「あたしが受け取るカネなんかに気を使わないで下さいよ。 ここで片付けなくてはならない仕事が溜まってるんです。 それが片付く方がありがたいですよ」

        アルフレッドはチラッと時計を覗いた。 「もうボチボチ見える頃です。 ボンドさん、キャディはホーカーを付けますよ。 ホーカーを覚えていますか?」

      「ではそうさせて貰おうかな。 ただ、こんな具合にしといてくれないかな。 つまり、私は修理を頼んだクラブを受け取りに寄っただけだと。 彼の事を私に話した事は内緒にしておいて欲しいんだ。 偶然の出会いって事にしたいんだよ」

      「いいですとも。 まかしといて下さい。 あ、今やってきましたよ。 あのロールス・ロイスがそうです」

       

       

      引き続き【ストーリー編3/9】へどうぞ

       

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      007おしゃべり箱 Vol.50−3 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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        「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

         

        007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

         

        Vol.50-3

         

        『原作紹介/ゴールドフィンガー』

        Ian Fleming’s GOLDFINGER

         

        【ストーリー編 3/9

         

        by 紅 真吾

         

           【ストーリー編 2/9からの続きです。

         

          隣りのプロショップにゴールドフィンガーが入ってきた様だ。

        「やあブラッキング、用意はいいかな?」 落ち着き払った高飛車な物言いだ。 「ところで、駐車場にクルマが1台停まっていたが、もしかしてその人物はプレーの相手を探してはいないかな?」

        「どうですかね。 古いメンバーの方がクラブの修理に見えたんですが、聞いてみましょうか?」

        「どういう男だね? 名前は?」

        「ボンドさんって人ですよ」

        「ボンド?」 チョッと沈黙。 「この前ボンドという男に会ったが、ファーストネームは?」

        「ジェームスですよ」 今度の沈黙は長かった。

        「その男はどんなゴルフをやるんだね?」

        「若い頃はかなりいけたんですがね。 ここ20年ばかり見てないんです」

          ゴールドフィンガーは肚の中で計りにかけているだろう。 エサに喰い付いてくるか?

          ボンドはゴルフバッグに手を伸ばして、ドライバーを抜き出した。 ドアに背を向けてグリップをシュラックでこすり始める。

        「君とは前に会った事があるな」 

          ボンドは手を止めて振り返った。

        「ああ、えーと、確かゴールドフィンガーさんですね。 だし抜けにどこから現れたんです?」

        「私がここでゴルフをやる事は話したはずだよ。 忘れたかね?」

          ゴールドフィンガーは抜け目無さそうな目つきでボンドを見た。 最初に会った時の様に目を見開いている。

        「ああ、そうでしたね。 思い出しましたよ」

        「ミス・マスタートンから伝言を聞かなかったかな?」

        「いつか一緒にプレーしようって件ですね。 聞いてますよ。 そのうちにやらなければなりませんね」

        「私はここの所プロばかりを相手にしていてね、今日は君と一緒にコースを回りたいな」

          ゴールドフィンガーははっきりとそう言った。

          奴は喰い付いた。 ここから慎重に進めなくてはならない。

        「またの機会にしましょうよ。 今日はクラブの注文に来ただけでしてね。 こっちはしばらく練習もしてないし。 それにキャディがいませんよ」

        「クラブの注文なら1分とかかるまい。 キャディか? ブラッキー、ボンド君に付けるキャディはいないかな?」

        「いますよ」

        「では話しは決まった」

          ボンドは、仕方が無い、といった表情を作ると、ドライバーをバッグに戻した。

        「じゃあ、まあいいでしょう」 ボンドはそう言うと、用意していた切り札を広げた。 「しかし言っときますが、私はカネを賭けないプレーは御免ですよ。 お遊びでボールを叩きながらコースを回っているヒマは無いんですからね」

        「そいつは望むところだ」 ゴールドフィンガーは平然と言った。 「君がマイアミで私にしてくれた事を覚えているかね? あの時私からまき上げたカネを倍にするか、それともすっかり吐き出すか、掛けようじゃないか」

        「そいつは大金ですねえ」 ボンドも負けじと平然に応えた。 そして考え込むようなそぶりをする。 「そうですね。 あの時のカネは天から降って来たようなもんですからね、無くなった所で元々だ。 よし、いいでしょう。 1万ドルの大勝負といきましょう」

         

          目論み通りゴールドフィンガーを刺激して、大勝負に持ち込む事ができた。

          これはゴールドフィンガーがボンドに一目置いた、と云う事だ。 ここからは、奔放さがあって無茶好きで、“使える男”と思わせる様にしなくてはならない。

          ボンドは着替えを済ませてプロショップに行き、アルフレッドからボールとティーを受け取った。

        「ゴルフバッグはホーカーが持って行きましたよ。 ボンドさん、あたしの昔のアドヴァイスを覚えていますか? あんたのフラット・スイングの癖ですよ。 とにかく、気を付けて下さいね」

        「もちろん覚えているさ。 ありがとう、アルフレッド」 ボンドはそう応えると、コースに出ていった。

         

          ホーカーがボンドのゴルフバッグを肩に担いでのんびりと歩いていた。

          ボンドは足早に近づくと声をかけた。

        「ああ、ボンドさん。 あれから少しは上達しましたかね?」

        「相変わらずさ。 でも腕は衰えちゃいないよ」

          パターの練習をしていたゴールドフィンガーがキャディと一緒にやって来た。

          彼のキャディはおしゃべりでおべんちゃらばかり言うフォークスと云う男だ。

        「オナーはコインで決めよう」 ゴールドフィンガーがそう言って小銭を1枚取り出して宙に投げた。

        「裏」

          表が出た。 ゴールドフィンガーは新しいボールを取り出すと、包みを破いた。 「ダンロップ65の1番だ。 君のは?」

        「ベンフォールド。 ハート印」

        「ボンンド君、ではルールにのっとってきちんといこう」

        「もちろん」

          ゴールドフィンガーはドライバーを手にするとボールをティーアップした。

          何回か素振りを繰り返す。

          ヘッドの軌道が安定した堅実なスイングだ。 さぞや高いレッスン料を払ったのだろう。

          ゴールドフィンガーはスタンスを決めると、ドライバーを振りぬいた。 ボールは真っすぐに伸びて、200ヤードばかり飛んだ。

          安定した素晴らしいショットだ。 ゴールドフィンガーは18ホールのどこでもこういったショットをするに違いない。

          ボンドも続いてティーアップするとボールを打つ。

          ボールは伸びてゴールドフィンガーより50ヤード程先に落ちたが、左に転がってラフの端で止まった。

          ゴールドフィンガーの第2打も非の打ち所がないスイングだった。 が、グリーンには届かずに短いラフの中に落ちた。

          ボンドは第2打で4番ウッドを選んだ。 打ち上げてクロス・バンカーを越えれば、2パットでも4で上がれる。 プロ達の格言を思い出す。 “勝ち始めるのに、早すぎる事は無い”。 無難に攻めよう。

          が、ボンドは打った瞬間にミス・ショットだと解った。 案の定、ボールはバンカーの縁に当たって底に転がった。

          ボンドはサンド・エッジを手にしてバンカーに降りていった。 砂ごと打つつもりでクラブを振りぬく。 が、気がせいてしまってボールは斜面を逆戻り。

          えーい、出すんだバカ。

          どうやらバンカーからは脱したが、グリーンに乗っただけだった。

          ゴールドフィンガーはかがみ込んでチップ・ショットだ。 いい姿勢だったが、ボールはピンの手前3インチの所で止まった。

          ゴールドフィンガーはボンドがOKと言うのを待たずに、そのまま背を向けて2番のティーへと歩いていく

          ボンドは自分のボールを拾うと、ホーカーからドライバーを受け取った。

        「さっきの第2打はスプーンを使うべきだったな」 とボンド。

        「まだ先は長いですよ」 ホーカーが励ます様に応えた。

          が、ボンドは解っていた。 “負け始めるのはいつだって早すぎる”のだ。

         

        *****

         

          ゴールドフィンガーは既にティーアップしていた。

          ボンドはゆっくりと近づくと、「ルール通りにきちんとゲームをするはずだがね。 まあ今のパットはあれでOKと云う事にしよう。 これであんたのワン・アップだ」

          ゴールドフィンガーはぶっきらぼうに頷くと、ドライバーを振り切った。

          またしてもそつの無い見事なショットだ。

          ボンドも続いて打つ。

          歩き出したゴールドフィンガーの後ろから、「ところで、広場恐怖症は?」と声をかける。

        「平気だ」

          このホールでゴールドフィンガーはパットでミスを犯した。 ボールはカップから1インチ手前で止まってしまったのだ。

          ゴールドフィンガーはグリーンから出て行く。 ボンドは周到に沈めたので、対になった。

         

          3番ホールの第1打、ゴールドフィンガーのボールはちょっとしたラフに入ってしまった。

          それこそ、ボールを掘り出す様な打ち方をしなければならないだろう。

          ゴールドフィンガーは立ったまましばらくボールを見つめている。 やがて、考えがまとまったのだろう、ボールを跨いでキャディにクラブを受け取りに行く。

          その時、左足でボールのすぐ後ろを踏みつけて、草を平らにしてしまった。

          これなら普通に打てる。

          ゴールドフィンガーのゲームのやり方を目の当たりにして、ボンドは思わず苦い顔をした。

          彼の辞書には、フェアプレイと云う単語は無いのだ。 インチキだろうが何だろうが、何でもするだろう。 しかし、それでもボンドは勝たねばならないのだ。

          ボンドは決意を新たにした。

          このホールも対で終わった。

         

          4番ホールも対だった。

          5番ホールの第1打、ボンドがクラブを振り下ろす瞬間に、右の方からカタンという耳障りな音がした。 クラブを止めようとしても手遅れだった。

          ボンドは必死になってボールを見つめ、スゥイングを崩さない様に頑張ったが、しゃくりあげてしまった。

        「すまん。 クラブを落としてしまった」

        「二度とやらんで下さいよ」

          ボンドはドライバーをホーカーに渡す。 ホーカーは同情する様に首を振ってみせた。

          歩き始めたボンドにゴールドフィンガーが声を掛けた。

        「ところで君はどんな会社で働いているんだね?」

        「ユニバーサル貿易」

          ボンドは腹立たしさを押さえきれず、ぶっきらぼうに答えた。 が、すぐに情報部の仕事の最中である事を思い出す。

        「何を扱っているんだね?」

        「下着から戦車まで何でもですよ」

        「そいつは面白い商売だな」

        「初めは私もそう思ったのですがね、実はそれ程でもないんですよ。 だから辞めようかと思っているんです。 休みを取ってここへ来たのも、先の事を落ち着いて考えようと思いましてね」

        「ほう、そうなのかね」

        「このままイギリスでクスブッてるのもしゃくですからね、いっその事カナダへでも移住しようかと」

        「なる程ね」

         

          第2打でゴールドフィンガーは珍しく打ち損じた。 バンカーに落としてしまったのだった。 ボンドの話しを聞いて、気を散らしてしまったのかもしれない。

          ボンドはボールを前にしてクラブを構えた。

          またしても右の方からカチカチと音が聞こえてくる。

          ボンドはボールから離れた。 ゴールドフィンガーはボンドに背を向けて海の方を見つめながら、ポケットの中の小銭をいじくっていた。

        「金塊の移動はこいつを打ってからにしてくれませんかね」 ボンドはドスを効かせて言った。

          ゴールドフィンガーは振り返りもしなかったが、ポケットから手を出した。

          まったくもって姑息な相手だ。

          ボンドは気を静めて打ったが、ベストな当りでは無かった。

          それに引き換え、ゴールドフィンガーは巧くバンカーから出してピンそばに寄せてしまった。

          ボンドはパットに失敗してしまい、このホールも対で終わった。

         

          次の6番ホールはゴルフ界でも有名なショート・ホールだ。 バンカーが多いのだ。

          案の定、ゴールドフィンガーはグリーンの手前でバンカーに打ち込んでしまった。

          ボンドは順調にグリーンに乗せる事が出来た。

          ゴールドフィンガーはサンド・エッジを持ってバンカーに降りていく。 一度ピンを見定める様に飛び上がってから、ショットの姿勢をとった。 悠然とクラブを振りかぶる。

          あんなに砂に埋まってしまったボールは、あのやり方では無理だろう。

          が、少しも砂をまき上げずに、ボールはバンカーから飛び出してグリーンに乗った。

          ボンドは自分の目が信じられなかった。 ゴールドフィンガーはどうやってあんな曲芸が出来たのだろう?

          こうなるとボンドは2打でホール・アウトしなくてはならない。 そのつもりで狙ったが、ボールはカップから1インチもそれて1ヤード先まで転がってしまった。

          結局、ボンドはボギーで終わった。 ワン・ダウンだ。

         

          7番ホールでもボンドは焦ってしまい、ツー・ダウン。 8番ホールは何とか対に持ち込んだが、9番ホールでは思い切ったショットが裏目に出て、ゴールドフィンガーが4打で入れたのにボンドは5つ叩いてしまった。

          これでスリー・ダウン。 流れはゴールドフィンガーだ。

          ボンドはホーカーに、ボールを新しいのに替えてくれ、と言った。

          ホーカーが新しい包みを破きながら、「6番ホールであの人がやった事を見ましたか?」と、言った。

        「ああ、あの野郎のバンカーショットは凄かったな」

        「じゃ、あんたはあの人がやった事を見てないんですね」

        「ん? 何だい? 遠くでよく分からなかったけど」

          ゴールドフィンガーとそのキャディはティー・グラウンドの向こうで姿が見えない。

          ホーカーはバンカーに入っていくと、つま先で穴を掘ってボールをその中に落とした。

        「ピンの方向を見ようと、飛び上がったのは見ましたか?」

        「ああ、そうだったね」

        「こんな具合ですよ」

          ホーカーはボールの後ろに立つと、9番のピンを見ながら飛び上がった。

          ボールの入っていた穴はふさがり、丁度ティーアップしている様に打ち易くなった。

          これなら何でも無い打ち上げショットだ。

          ボンドはしばらくホーカーを見つめた。

        「ありがとう、ホーカー。 奴がどんな手を使おうとも、私は負けないぞ」

        「その意気ですよ」

         

          ボンドは10番のティーへ向かって、ブラブラと歩いていった。

          イライラとドライバーの素振りを繰り返しているゴールドフィンガーへは目もくれない。

          ボンドの頭から雑念が消えて、冷静な攻撃意欲だけが燃えていた。

          このホールではボンドのパットが冴えて、1つ挽回した。

          ボンドとゴールドフィンガーは次のティーへ向かう。

        「今のパットはグリーンから飛び出しそうだったな」

        「カップはいつも気まぐれさ」 「ところで、あの可愛いミス・マスタートンはどうしました?」

          ゴールドフィンガーは前をむいたまま「あの子は辞めたよ」と、言った。

          ボンドは、彼女のためにはそれがいい、と思った。

        「へえ、また会いたいと思っているんですがね、どこへ行ったんです?」

        「知らんね」 ゴールドフィンガーはぶっきらぼうに答えると、ボールをティーに乗せた。

         

          11番ホールでは、ゴールドフィンガーは長いパットを失敗した。 ボンドの負けは1つとなる。

          12番、13番、そして14番ホールも対で終わった。

          次の15番ホールは長打力のあるプレイヤーだけがナイス・ショット出来る唯一のホールだった。

          既に陽は傾いていて、4人の影が長く伸び始めている。

          このホールが勝負の分かれ目かもしれない。

          ボンドはドライバーを持つと、スタンスを取った。 ゆっくりと振りかぶる。

          その時、ゴールドフィンガーの頭の影がボールを覆った。

          ボンドは反射的にスイングをバラしてクラブを止めた。

          ボンドが見上げると、ゴールドフィンガーはグリーンの方を見つめている。

        「影になるんですがねえ」 ボンドは怒りを抑えて言った。

          ゴールドフィンガーはボンドの方に振り返ると、そのまま後ろに下がってじっと立っている。

          ボンドは構え直した。 こんな奴クソ喰らえだ。 ボンドはドライバーを振りぬいた。

          ホーカーが傍に来てドライバーを受け取った。

        「今のショットは見事でしたね」 そして声をひそめて「さっきのはあいつの罠に引っ掛かったかと思いましたよ」

        「危ないところだった。 でももう大丈夫だ」

          ボンドとゴールドフィンガーはグリーンへ向かった。

          ゴールドフィンガーは巧いピッチ・ショットでグリーンに乗せたが、4で上がるにはかなりのロング・パットを決めなくてはならない。

          ボンドのボールは、カップからわずか2インチだった。

          ゴールドフィンガーは何も言わずに自分のボールを拾うと、グリーンから下りていった。

          これで対だ。

         

          16番のショート・ホールでは2人共上手く3で上げて対。

          続く17番ホール。 ボンドは見事なドライブをかっ飛ばしたが、ゴールドフィンガーは右手の深いラフに打ち込んでしまった。

          ボンドは思わずニンマリとしてしまう。

          ゴールドフィンガーのボールがとんでもない場所に転がっていればいい、と思った。

          無くなってしまえば、もっといい。

          ホーカーは先に行っていた。 ゴルフバッグを下して、せかせかとゴールドフィンガーのボールを探している。

          ひどいラフだった。 よほど運が良くなくてはボールは見つかるまい。 しばらく探したあげく、ゴールドフィンガーとキャディはもっと先の方にへと範囲を広げていった。

          しめたぞ、とボンドは思った。 間違ってもそんな方にはあるハズは無い。

          と、急に何かを踏みつけたのに気が付いた。 かがみ込んで足の下を見る。

          ダンロップ65だ。 「あったぞ」 ボンドは渋々声を上げた。 「いや、違った。 こいつは7番だ。 あんたのボールは1番でしたよね」

        「そうだ」 ゴールドフィンガーのイライラした声が返ってきた。

          ボンドはそのボールを拾うと、ゴールドフィンガーの方に足をむけた。

         

          ボール探しの規定の5分は終わりかけていた。 あと数十秒でこのホールの勝ちが転がり込んでくるのだ。

        「そろそろ時間ですよ」 ボンドが声を掛けた。

          ゴールドフィンガーがふんと唸って、何か言いかけた時、「ありました。 ダンロップ65の1番です」 と、キャディの声がした。

          ボンドとゴールドフィンガーはキャディのもとへ向かう。

          新品同様のダンロップの1番が、ビックリするくらい旨い位置に納まっていた。

          奇蹟だ。 いや、奇蹟どころでは無い。

          ボンドは鋭い目つきでキャディとゴールドフィンガーを睨んだ。

        「やけに具合よく見つかったもんですね」

        「そのようだな」 ゴールドフィンガーは平然と応えた。

          次に見せたゴールドフィンガーのショットは、今日一番の出来だった。

          ボールは真っすぐにグリーンへと向かっていく。

          ボンドは自分のボールに歩いていった。

          ホーカーがボンドのボールの横に立っていた。

        「5番かな? それとも6番がいいかな?」 ボンドは言った。

        「6番でしょう。 確実なショットが必要ですよ」

          ボンドは邪念を振り払ってボールを打った。

          いいぞ! 完璧だ。 いや、いかん! ボールは2回はずんでグリーンの土手に当たって、土手の下まで転がり落ちた。

          今日一番の難しいチップ・ショットになってしまった。

          歩き出したボンドの横にホーカーがやって来た。

        「それにしても」 と、ボンドは口を開いた。 「あのボールが見つかったのは奇跡だな」

        「あれは違うボールですよ」 ホーカーがボソリと言った。

        「そりゃどういう意味だい?」

        「カネをやってましたからね。 あれはフォークスが自分のズボンの裾から落としたんですよ」

        「本当かい?」

        「だってあの人のボールはあたしのバッグの下だったんですからね」 そして言い訳でもする様に付け加えた。 「向こうがあれだけの事をやってるのを見て我慢がならなかったんですよ」

          ボンドは思わず吹き出してしまった。

        「ホーカー、君も大した度胸だな。 よし、何とかしてこの勝負はものにしなくては。 こっちも何か手を考えよう」

          ボンドは歩きながらポケットの中でさっき拾ったボールをひねくり回していた。

          急に妙手を思い付く。 しめた! ゴールドフィンガーはこっちに背を向けてバッグからパターを取り出している。

          ボンドはホーカーの傍に寄ると、彼の腕をつついた。

        「さあ、このボールを持ってくれ。 そしてピンにつくのが私にまわる様にしてくれないか? どっちの勝ちでもいいから、このボールをゴールドフィンガーに渡しちまうんだ」

          ホーカーは無表情のまま「分かりました」と、当たり前の様に応えた。

         

          ボンドはボールの横に立った。 慎重にパットの姿勢をとる。

          クラブ・ヘッドの真芯がボールをとらえて、ボールはグリーンの土手を駆け上っていった。 が、ピンに当たって3インチ程はね返ってしまった。

          ボンドはため息をついた。 そして、さあお前の番だぞ、とばかりにゴールドフィンガーを見やった。

          ゴールドフィンガーも慎重に構えていたが、打ったボールはカップから2フィート手前で止まってしまった。

        「もういい、もういい」 ボンドは太っ腹なところを見せて言った。 「このホールも対だな。 勝負は次の18番ホールだ」

          肝心なのはホーカーにボールを拾わせる事だ。

          ここでゴールドフィンガーに最後のパットをやらせてしまうと、彼は自分でカップからボールを取ってしまう。

          ホーカーがしゃがみ込んで2つのボールを拾った。 1つをボンドの方に転がして寄こすと、もう1つをゴールドフィンガーに手渡す。

          例によってゴールドフィンガーが先に立って歩き出した。

          ここでゴールドフィンガーがティーで気が付かなければこっちのものだ。

          これから最終ホールともなれば、誰しもボールをしげしげと見る事は無い。

          ゴールドフィンガーはボールをティーアップすると、何回も素振りをくり返す。

          やがて、ボールの前にもっともらしく立った。 ドライバーのヘッドをボールの位置に合わせながら、じっとボールを見つめている。

          アドレスを止めて、かがみ込んでボールを確かめるか?

          だが、ゴールドフィンガーはクラブを大きく振りかぶると、ボールを打ち抜いた。

          見事なドライブだった。 フェアウエーを真っすぐに飛んでゆく。

          ボンドは心の中で喝采を上げた。 もう、こっちのものだ。

         

          ゴールドフィンガーは順調にボールを進めていく。

          これなら5でホール・アウト出来そうだ。 いや、4で上げようとするかもしれない。

          ボンドはショットの度に打ちにくそうな芝居を繰り返して、わざとミス・ショトをやってみせた。

          こうすればゴールドフィンガーは目前に迫った勝利しか頭に無いだろう。 4で上げようと、文字通り汗をかくだろう。

          ゴールドフィンガーは実際に汗をかいていた。 強欲な薄笑いを浮かべながらも、目の前のロング・パットを決めようと、慎重に構える。

          見事なパットだった。

          ボールはピンの6インチ程手前で止まった。

          これでボンドが20フィートを一気に沈められなければ、ゴールドフィンガーの勝ちになるのだ。

          ボンドはパット・ラインを決めるのに、長ったらっしい芝居をする。

        「ホーカー、ピンを抜いてくれ。 こいつは一発で入れてやるんだから」

          さて、右にそらそうか、左にそらそうか? それとも手前で止めてしまうか?

          ボンドはゆっくりとクラブを振った。

        「しまった! はずしちまった!」 ボンドは怒りを装って叫んだ。 そしてカップの傍へ歩いていくと、2つのボールを拾い上げる。

          ゴールドフィンガーがやって来た。 満面の笑顔だ。

        「いやあ、どうもありがとう。 やはり私の方がチョッと上手だった様だな」

        「ハンディ9では上手すぎるくらいだ」 ボンドはイヤミったらしく応えてやって、ゴールドフィンガーにボールを返そうとする。

          そこで心底驚いた表情を作った。

        「おやあ!」 ボンドはゴールドフィンガーの顔を鋭く見つめた。 「あんたのボールはダンロップ65の1番でしたよね」

        「もちろんだ」 災難の第6感がゴールドフィンガーから笑みを拭っていく。 「何だ? どうした?」

        「どうやらあんたはボールを間違えてプレーしてた様ですね。 こっちはベンフォールドのハート印だが、こっちはダンロップ65の7番ですよ」

          ボンドは2つのボールをゴールドフィンガーに差しだした。

          ゴールドフィンガーはボールをひったくると、喰い付きそうな目でボールを睨む。 口をぱくぱくさせながら、じっと立ちすくんだままボールとボンドを交互に見やった。

        「お気の毒さま」 ボンドは穏やかに言った。 「ルール通りと云う約束でしたからね、このホールはあんたの負けという事になりますね。 となると、勝負はこっちのもの」

          ゴールドフィンガーの顔に怒りが爆発した。

        「これは君がラフで見つけた7番だろう! それを君のキャディが私に寄こしたんだ! 17番ホールのグリーンでな! あいつが・・・」

        「ねえ、落ち着いてくださいよ」 ボンドは穏やかな声を出した。 「妙な事を言うと名誉棄損ですよ。 じゃ、ホーカー、君がこの7番をゴールドフィンガーさんに渡したのかい?」

        「そんな事しませんや」 ホーカーはしゃあしゃあと応えた。 「あたしが思うに、取り違えたのは17番ホールのラフですよ。 ゴールドフィンガーさんのボールがあんな所まで転がっていくはずは無いですからねえ」

        「たわごとだ!」 ゴールドフィンガーが叫んだ。

        「とにかく」 ボンドは穏やかに言い返した。 「自分のボールが間違っていないかどうかは、プレイヤーの責任ですからねえ。 そうでしょう?」 ボンドはグリーンから歩き出した。 「とにかく、ゲームに勝たせてもらって、ありがとう」

          ゴールドフィンガーは顔を真っ赤にさせていたが、ゆっくりとボンドの後を続いた。 じっと意味ありげにボンドの背中を見つめたままだった。

         

        引き続き【ストーリー編4/9】へどうぞ

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        007おしゃべり箱 Vol.50−4 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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          「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

           

          007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

           

          Vol.50-4

           

          『原作紹介/ゴールドフィンガー』

          Ian Fleming’s GOLDFINGER

           

          【ストーリー編 4/9

           

          by 紅 真吾

           

             【ストーリー編 3/9からの続きです。

           

            ホテルに帰ったボンドは、バスタブに湯を溜めると、ゆっくりと身を沈めた。

            自分が打った手はあれで良かっただろうか?

            ゴールドフィンガーは、面白い挑戦と受け取っただろうか? それとも、勘の良い鼻が危険を嗅ぎ付けてしまってはいないだろうか?

            ボンドは考えにふけりながら風呂から上がった。

            その時、ドアにノックの音。 ボンドは体にタオルを巻いて出て行く。

            玄関のポーターだった。

          「ゴールドフィンガーという方から伝言です。 今晩自宅での夕食に招待したい、との事です。 食前のお酒は6時半からはじめたい、でした。 服装は普段のままで結構、という事です」

          「お礼を言って、喜んで伺うと伝えてくれ」

            ボンドはドアを閉めると、部屋の反対側の窓に行き、静かな夕べの海を見渡した。

            奴は餌に喰い付いた。

            ゴールドフィンガーに自分を売り込むのだ。

            今夜は面白い晩餐になるに違いない。

            ボンドは身支度を整えると、ゴールドフィンガーの屋敷があるリカルヴァーへとアストンマーチンを走らせた。

           

            ゴルフ・クラブで別れる時は、ゴールドフィンガーは愛想が良かった。

            ボンドに、勝ったカネはどこに送ろうか、と訊ねてきたので、ユニバーサル貿易と宛先を伝えた。 どこに泊まっているのか、と言うので、ホテルの名を言い、数日滞在する、と付け加えていた。

            ゴールドフィンガーは、近いうちにリターン・マッチをやりたいが、生憎と明日からフランスへ渡る、という。

            そして、黄色い大型車は静かな音をたてて走り去ったのだ。

            ボンドは、運転手がずんぐりした平たい顔の朝鮮人である事に気が付いた。 体にピッタリしたはちきれんばかりの黒服と道化た山高帽は、盛りを過ぎた日本のプロレスラーの様だった。

            あの男がゴールドフィンガーのチェーン店を回って金をかき集めているのかもしれない。

           

            屋敷は農園と呼ぶにふさわしい敷地の中に建っていた。 ボンドは砂利を敷いた車寄せまで乗り付けると、ゆっくりとクルマから降りた。

            無表情に塗りつぶされた窓が、ボンドを睨み返している。

            屋敷の裏手から重々しい音がしていた。 リズミカルな音で、ボンドは工場があるのだろう、と思った。

            玄関ドアのベルを押すと、しばらくしてドアがゆっくりと開いた。

            例の朝鮮人の運転手だった。 まだ山高帽をかぶっている。

            男は立ったまま右手を伸ばして、薄暗いホールを指し示した。

            ボンドは促されるまま、そのペンキ臭いホールに入っていった。

            そこは大きな居間にもなっている様な部屋だった。 大きな暖炉の銀格子の中では赤い炎がチョロチョロと燃えていて、ホールの真ん中にある低いテーブルの上には酒が揃った盆が置いてあった。

            朝鮮人の運転手が静かにやって来て、道路標識みたいな手をテーブルの方に振ってみせた。

            ボンドが頷くと、その男は使用人の部屋に通じるらしいドアを開けて、姿を消した。

            ボンドはホールの中を見渡した。 なんて陰気臭い部屋なんだろう。

            どこか遠くの方で電話のベルが鳴った。

            ほど無くして廊下を歩く足音がして、階段の下のドアが開いた。 ゴールドフィンガーが入って来た。

            口元に笑いを浮かべてはいたが、握手をしようと、手を差し伸べはしなかった。

          「ボンド君、突然の事なのによくきてくれたね。 ありがとう。 お互い1人者同士、世間話しでもしようじゃないか」

          「お招き頂いてありがとうございます。 実は、身の振り方を考えるのもうんざりしてたところなんです」

          「ところで、ちょっとお詫びをせねばならなくなった。 実は今、警察から電話があってね。 使用人の朝鮮人がひと悶着起こした様なのだ。 彼を引き取りに行かねばならん。 30分はかからないと思う。 少し待っていてくれんか?」

          「ええ、かまいませんよ」 ボンドは何か臭いぞ、と思った。 が、何がどう臭いのか、はっきりとは解らなかった。

          「それでは」 ゴールドフィンガーはそう言うと、玄関へと足を向けた。 「しかし灯りぐらいは点けなければ。 ここは真っ暗だ」

          ゴールドフィンガーが壁のスイッチを入れると、だしぬけにホール中の照明が点いた。 フロアー・スタンドからシャンデリアまで、全ての灯りが点いて、ホールの中は撮影所の様な明るさになる。

            ボンドは半分目をくらませながら、ゴールドフィンガーが出て行くのを見守った。

           

            ボンドは煌々と明るくなったホールを見渡すと、酒の盆の所へ行ってジンをたっぷり注いでトニックウォーターで割った。

          屋敷に1人で残されたのだ。 なぜだろう。

            これは、ボンドが何か迂闊な事をやらかしてしまう様に、仕掛けられた罠だろうか?

            時計を見ると、既に5分経っていた。

            ボンドは肚を決めた。 罠だろうと罠で無かろうと、この場を見逃すわけにはいかない。 先ずは工場とやらを覗いてみよう。 

            ボンドは、万一見つかってしまった時のために上手い口実を考えながら、使用人のドアを開けた。

            長い廊下の突き当りの左右にドアがあった。 左は調理室の様だ。 右手のドアを開ける。

            案の定、そこは舗装した車庫前の空き地で、向こう側に平屋の工場が建っていた。 中からリズミカルなドンドンと云う音が聞こえてくる。

            木のドアがあった。 ボンドは中庭を横切ってドアまで走ると、用心深くドアを開けてみる。

            そこは事務室だった。 向こう側は大きな窓になっていて、作業場の中が見渡せる様になっている。 ボンドは事務室の中に入っていって、作業場を覗いた。

            ボンドには解らなかったが、どうやら小さな金属工場にありがちな設備が並んでいる様に見受けられる。 奥の方で5人の朝鮮人の男達が仕事をしていた。 よく見るとゴールドフィンガーのロールス・ロイスのドアパネルを交換している様だ。

            あの運転手がどこかにぶつけて、へこませでもしたのだろう。 きっと明日の出発に備えて、修理を急がせているのに違いない。

            ボンドは窓から顔を引っ込めると、中庭へ出てドアをそっと閉めた。

            ちくしょう! 何も怪しい気配は無い。

           

            ボンドはホールに戻った。 時計を見ると、まだあと10分ある。

            さあ、今度は2階だ。 階段を上ると、1つ1つドアを開けていく。 しかし、どれも客用の寝室だった。 カビと閉め切った空気の匂いがする。

            どこからともなく大きな茶色の猫が現れ、ボンドにまとわりついた。

            一番奥の部屋が目指す部屋だろう。 ボンドは中にはいると、わずかにすき間を残してドアを閉めた。

            型通りの男の部屋で、特に目を引く物は無い。

            ボンドは腕時計を見た。 あと5分だ。 もう引き上げなくては。 部屋の中をもう1度見回してドアに向かう。 が、急に足を止めた。 何かおかしなふしがある。 何だろう? 五感を研ぎ澄ます。

            蚊の羽音の様な音が聞こえる。 何の音だ? どこからだ? ボンドもよく承知している危険の匂いがする。

            ボンドは作り付けのクローゼットに歩み寄ると、そっと開けてみた。 音は何着も下がっているコートの奥から聞こえてくる。

            コートを左右に分けてみる。 ボンドの顎にぐっと力がこもった。

            てっぺんにある3つの穴から3本の16ミリフィルムがじわじわと流れる様に下りていたのだ。

            3台のカメラが屋敷のどこに隠してあったのかは分らないが、ゴールドフィンガーが屋敷を出た瞬間からボンドを監視していたのだ。

            だから、ゴールドフィンガーは出がけにまぶしい程の灯りを点けていったのだ。

            なぜあの灯りの意味を考え無かったのだろう?

            あくせくと30分も屋敷の中を嗅ぎ回ったあげく、何一つ秘密を手に入れる事が出来ないまま、ゴールドフィンガーに尻尾を掴まれてしまった。

            ボンドは厄介な証拠が箱の中でとぐろを巻いていくのを睨めつけながら、立ちすくんでしまった。

            待てよ! とにかく戸棚を開けたので、フィルムのいくらかは光に当たってダメになってる。 では全部に光を当ててダメにしちまおう。 ボンドは箱の中のフィルムがすっかる光が当たる様に、両手でつかみ上げた。

            丁度その時、寝室のドアのすき間から猫の声が聞こえた。

            ボンドはドアを開けて猫を抱き上げると、不器用に撫でてやる。 猫はノドを鳴らした。

            ボンドは猫を箱の中に放り込んだ。 猫は容易には出てこられないだろう。 もしかしたら中で眠ってしまうかもしれない。

            ボンドはクローゼットのドアを少し開けたままにしておいた。

            寝室のドアも少し開けたままにして、急いでホールに戻った。

            ゴールドフィンガーは猫のせいだと思うだろうか?

            いや、十中八九ボンドの仕業だと感づくだろう。 が、確証が無い。

            ボンドの事を、目端の利く詮索好きな男だと思ってくれるとありがたい。

            ボンドは雑誌を手にすると、ソファーに深々と座り込んだ。

            外でクルマの音は聞こえなかったし、玄関のドアが開く物音もしなかったが、ボンドは首筋に夜気を感じてゴールドフィンガーがホールに戻ってきたのが分かった。

           

          *****

           

            ボンドは雑誌を放り出してソファーから立ち上がった。

          「お帰りのクルマの音が聞こえませんでしたけど。 どうでした、警察の方は?」

          「ああ、片はついたよ。 説明して説諭だけで釈放になった。 退屈ではなかったかね? お代わりを飲んでくれ」

          「どうも。 しかし雑誌を読んでいましてね、退屈などしませんでしたよ」

          「では、私は上に行って手を洗ってくる。 それから食事にしよう」

            ゴールドフィンガーはそう言うと、階段を上っていった。

            やがて遠くでトイレの水が流れる音。 寝室のドアがバタンと閉まる音。 そしてゴールドフィンガーが下りて来た。 茶色い猫を無造作に小脇にかかえている。

          「ボンド君、猫は好きかね?」

          「嫌いという程ではありませんが」

            ゴールドフィンガーは暖炉の横の呼び鈴を鳴らした。

            ほど無くして使用人のドアが開いて、運転手が入って来た。 相変わらず山高帽をかぶったままで、黒いピカピカの手袋も着けたままだ。

          「これは私の雑用をやっている男でね、オッドジョブと呼んでいるんだ」 ゴールドフィンガーはボンドの方に振り返ると、薄笑いを浮かべた。 「ほんの余興だが、面白いものをお見せしよう」

            ゴールドフィンガーはそう言うと、運転手に向かって階段の太い手摺りを指し示した。

            運転手は素直に階段のところに行くと、5段ほど上った。

            躾けの良い猟犬の様にゴールドフィンガーをじっと見つめている。

            ゴールドフィンガーが頷いた。

            運転手は平然と右手を振りかぶると、目の前の手摺りに手刀を振り下ろした。

            木が裂けるバリッとした音がして、手摺りが折れ曲がった。 運転手の手がもう一度上がって折れた部分に叩き込んだ。

            手摺りが2つに叩き切られてしまった。 折れてしまった手摺りが、ホールの床にバラバラと落ちた。

            運転手はしゃんと体を起こして、平然と気を付けの姿勢をとっている。

            ゴールドフィンガーが手招きすると、運転手は階段を下りてゴールドフィンガーの傍らにやって来た。

          「この男の足も同じなんだよ。 オッドジョブ、マントルピースだ」 ゴールドフィンガーは暖炉の上の厚い棚板を指した。

            床から2m近く上だ。 厚みも3インチはあるだろう。

          「ガーチ、アッ、ハー?」

          「ああ、コートと帽子(ハット)はとれ」 ゴールドフィンガーはボンドに振り返った。

          「可哀想な奴でね、まともに口がきけんのだよ」

            オッドジョブはコートと帽子を取ると、きちんと床に置いた。

          「ボンド君、少し下がった方がいい」 ゴールドフィンガーが誇らしげに笑った。 「この衝撃を喰らったら人間の背骨など水仙みたいなもんだ」

            ボンドは後ろに下がると、オッドジョブを見つめた。

            ゴールドフィンガーが頷いた。

            オッドジョブは膝を曲げて這う様な大股で一歩踏み出すと、床から跳ね上がった。

            宙で体が横になって右足が飛び出し、マントルピースの棚板を蹴り割る。

            オッドジョブは両手から床に戻って四つん這いになったが、一瞬で飛び上がってまっすぐに立った。 無表情に自分が蹴り破った板を見上げている。

            ボンドは肝をつぶして、その朝鮮人を眺めた。

            つい2日前、護身術の研究を始めたばかりだったが、こんな男にかかったら死を待つだけだ。

          「オッドジョブ、見事だった。 私は嬉しいぞ。 褒美をやろう、ほれ」

            ゴールドフィンガーはかかえていた猫をオッドジョブに放り投げた。 「この猫にうろつかれるのは不愉快になった。 晩飯に食っていいぞ」

            オッドジョブの目が嬉しそうに光った。 「それから、キッチンの連中に夕食の用意を始める様に伝えろ」

            オッドジョブはペコリと頭を下げると、帽子とコートを取り上げて使用人のドアに向かった。

            ボンドはこの余興が自分への警告であると解った。 ゴールドフィンガーからの鋭いジャブなのだ。

          「なぜあの男はずっと山高帽をかぶったままなんです?」 なにげなくボンドは言った。

          「オッドジョブ!」

            朝鮮人はドアの前で振り返った。

          「帽子だ」 ゴールドフィンガーが暖炉の横の羽目板を指して言った。

            オッドジョブは猫を脇の下に抱えたまま、無造作に帽子を手して横ざまに投げた。

            帽子は矢の様に飛んで、羽目板に突き刺さった。

          「ボンド君、見ての通りだ。 今の一撃で、人間の首など簡単にへし折れてしまうだろう」 ゴールドフィンガーは楽しそうに言った。

          「ええ、まさしくそうでしょうね」 ボンドは驚嘆を隠しきれず応えた。

            オッドジョブは羽目板から帽子を取ると、いそいそと引っ込んでいく。 その時、グワ〜ンというドラの音が響いた。

          「ああ、夕食の用意が出来た様だ。 行こう、ボンド君」

           

            食堂はホールに比べてこじんまりとしたスペースだったが、ホールと同じ豪華さだった。

            2人は向かい合ってテーブルに着く。 2人の黄色い顔をした給仕が、料理を積んだワゴンから皿を運んできた。

          「ボンド君、このモーゼル・ワインを試してみてくれ」 ゴールドフィンガーが言った。 「君の口に合うだろうと思ってね。 ピーシュポルター・ゴルトトフェルビィエンの53年ものだよ。 自分で勝手に注いでくれ。 ここの連中ときたら、グラスに注がずに皿にでも注ぎかねないからね」

            ボンドはほっそりとしたボトルを取り上げると、グラスに注ぐ。 そして、この屋敷の主人の健康を祝して、とグラスを上げた。

          ゴールドフィンガーはチョッと頷いただけだった。

          「ボンド君、私は酒もタバコもやらんのだ。 特にタバコを吸うなどはバカげていると思っていてね」 そう言うと、フーゼル油や4エチル鉛などの有毒物質が酒に含まれている、と、ひとしきり酒の悪口を語った。

          「ところで」 とボンドは口をはさんだ。 「あなたの運転手にはまったく驚かされましたよ。 あんな凄い武術は初めて見ました。 朝鮮の武術なのですか?」

          「君は“カラテ”と云う武術を知らないのかね? 知らない? 実はあの男は、世界でも3人しかいない黒帯を締められる“カラテ”の有段者なのだよ」

            ゴールドフィンガーはそう言うと、ボンドに“カラテ”と云う武術の説明をしてくれた。

          「それにしても、なぜあんな男が必要なんです?」

          「ボンド君、私はたまたまカネ持ちでね、 大金持ちなんだ。 そしてカネ持ちになればなる程、用心棒が必要になってくるんだよ」

            料理の最後は素晴らしいチーズ・スフレだった。 続いてコーヒーが出た。

            ボンドはすっかりくつろいだ風を装った。 ゴールドフィンガーもリラックスしている様に見える。 が、本心はどうなのだろうか?

            ゴールドフィンガーはボンドが屋敷の中を探っていた、と感づいているだろう。

            ボンドの事を、どちらかと言えば悪党の部類に入る、と思ってくれればありがたい。 ここで上手く食い下がれば仕事の話しが出て来るかもしれない。

            ボンドはイスの背もたれに反り返って、タバコに火を点けた。 「いやあ、あなたのクルマは見事ですね」

          「ああ、君も目が高いな。 しかしあのロールス・ロイスはサスペンションやブレーキを強化したりと、いろいろと手間がかかってるんだよ」

          「へえ、なぜです?」

          「防弾版や防弾ガラスを組み込んだので、1トン近く重くなってしまったのでね」

          「なる程、ずいぶんと身の回りには気を付けてるんですね。 しかし、ドーヴァーを飛行機で渡るには飛行機の床がもたないでしょう?」

          「飛行機も専用さ。 シルバー・シティ社に用意させたんだ。 使うのは年に2回だけだがね」

          「ヨーロッパ旅行のためだけにですか?

          「ゴルフ休暇さ」

          「そいつは羨ましいですね。 私もあやかりたいな」

          「君だって今日の事でそれぐらい出来るカネを手に入れただろう」

            ゴールドフィンガーはこれには喰い付いて来なかった。

          「いやあ、あの1万ドルはカナダへの移住の費用に充てますよ」

          「カナダなんぞでカネが作れるのかね? チャンスは色々とあるのじゃないかね?」

          「しかしこの国では無理ですね。 とにかく税金が重すぎますよ」

          「まったくだ。 それに法律も厳しいからな」

          「ええ、それは同感です。 実はヘロイン稼業に手を出したんですが、危ないところでヤケドするところでした。 もちろん、ここだけの話しですよ」

          「ボンド君、私だって実業家だよ。 様々な商売をやってるんだ。 それに私は警察の手助けなどする気は無いから、安心したまえ」

          「それが、こんなわけで・・・」 ボンドはマイアミに着く前のメキシコ人の麻薬密輸の件をストーリーを変えて話した。 「そんなわけで、私は運よく逃げられたんですが、これでユニバーサル貿易の中で風当りが強くなってきてしまったんです」 と結んだ。

          「面白い話しだ。 君は腕も度胸もありそうだから、その商売を続けてみてはどうだね?」

          「ちょっとリスクが大きすぎますよ。 今度の事で身に沁みました。 そんな訳で、今は身の振り方を考えているんです」

          「それは残念だな。 ヘロイン・ビジネスの面白い話しが聞けなくなるとはね。 もっとも、私は今のところ安全に大金を作る事業をやっているので、ヘロインに手を出す気は無いがね」

            ゴールドフィンガーはそう言うとナプキンで口元を拭った。 「では、ボンド君」そう言うと、テーブルから立ち上がる。

            ボンドもそれに倣った。 「今夜は楽しかった。 君の様な破天荒な人物の話しが聞けて、愉快だったよ」

            ゴールドフィンガーはボンドの話しに興味を持ったかもしれないが、喰い付いては来なかったのだ。 結局、空振りで終わってしまった。 が、ここで焦ってはいけない、とボンドは思った。

            2人はホールに戻った。 ボンドはゴールドフィンガーに手を差しのべた。

          「素晴らしい夕食をありがとうございました。 いつかまた、どこかでお目にかかる事もあるでしょう」

            ゴールドフィンガーはボンドの手をちょっと握っただけで、すぐに離した。 そしてボンドの目をじっと見つめた。

          「いや、ボンド君。 また君とどこかで出くわしたとしても、私は驚かんね」

           

          引き続き【ストーリー編5/9】へどうぞ

           

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          007おしゃべり箱 Vol.50−5 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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            「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

             

            007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

             

            Vol.50-5

             

            『原作紹介/ゴールドフィンガー』

            Ian Fleming’s GOLDFINGER

             

            【ストーリー編 5/9

             

            by 紅 真吾

             

               【ストーリー編 4/9からの続きです。

             

              翌朝、ホテルの部屋で9時になるのを待って、ボンドは幕僚主任に電話をかけた。

            「こちらはボンド。 昨夜は顧客の屋敷で夕食に招かれたよ。 とにかく、専務の目に狂いは無いって事は、はっきり言えるね」  ボンドは商用を装って詳しく報告した。 

              そしてゴールドフィンガーがフェリー・フィールドから飛ぶ時刻を調べてもらうのと、飛び立つ前に例のホーマーをゴールドフィンガーのロールス・ロイスに取り付ける段取り、それにボンドの飛行機の予約を依頼した。

            「ゴルフは勝ったみたいだね」

            「どうして知ってる?」 

              電話の向こうでくすくすと笑う声。

            「昨日の晩、警視庁の若いのがやって来てね、君と同じ名前の男が出所の分からん怪しいカネをもっている、と密告があったと言うんだ。 そいつはユニバーサル貿易がどんな組織か知らなかったんだね。 そいつには、総監の耳に入れてからにしてくれ、と言ってやったら、今朝あやまりの電話を入れてきたよ。 そして君の秘書嬢が君宛ての手紙の中から1万ドル入った封筒を見つけたわけさ。 相手の旦那はなかなか喰えない奴みたいだね」

              ボンドも笑ってしまった。 取られたカネをネタに相手を困らしてやろうなどとは、ゴールドフィンガーらしいやり口だ。

            「専務には、今度のカネは白十字基金に入れます、と伝えてくれ。 他の事はよろしく頼むよ」

            「ちゃんとやっておくよ。 5〜6分したらこちらから電話する」

              ボンドは受話器を置いた。

             

              荷造りが終わる頃、ロンドンから電話を受けた。 ボンドは急いでアストンマーチン・D・B・スリーに乗り込み、カンタベリー街道に向かった。

              ボンドは11時に飛行場に着いた。  情報部からの連絡では、ゴールドフィンガーのチャーター機は12時に離陸、との事だ。

              既に情報部から連絡が入っていた様で、税関の職員がボンドを待っていた。

              税関の職員はボンドの事を、密輸の捜査でやって来た警視庁の刑事だと思い込んでる様だった。 それならそれで、いっこうに構わない。

              ボンドはアストンマーチンを格納庫の中に隠すと、税関事務所でゴールドフィンガーがやって来るのを待った。

            「やって来ましたよ」 職員がボンドに声をかけた。 「ゴールドフィンガーと運転手は先に飛行機に乗り込ませてしまいます。 クルマは積み込む前に調べて下さい」

              ほどなくして職員が呼んできた。

              駐車場には2台のクルマが停まっていた。 グレーのトライアンフTR3コンバーチブルと例のロールス・ロイス・シルバー・ゴーストだ。

              ボンドはロールス・ロイスの後ろを回って予備道具入れの中を丹念に調べるふりをしながら、ホーマーをその奥に突っ込んだ。

              道具入れの蓋を元通りにすると立ち上がる。 「シロだった」 ボンドは職員にそう告げると、事務所に戻った。

             

              2時間後、ボンドはロールス・ロイスを追ってドーヴァー海峡を渡った。

              ロールス・ロイスからの距離が百マイル以内であれば、道具入れに仕込んだあのホーマーがD・B・スリーの受信機に絶えず信号を送ってくれる。

              あとは、ただ音量に気を付けて、音が聞こえなくならない様について行けば良い。 こっちが見つかる危険の無い、易しい尾行だ。

              ただ、大きな街の近くとか、街道の分かれ道では、接近して見失わない様にしなければならない。 時には間違った道を選んでしまい、逆戻りしてクルマを飛ばさなくてはならない事もあるかもしれない。 だが、このアストンマーチン・D・B・スリーならすぐに追いつけるるだろう。

             

              最初の街は、海岸沿いのル・トゥケだった。

              38号道路と国道1号が交差する危険な四つ角には、いつも交通警官が立っている。

            「ああ、ロールス・ロイスなら見かけましたよ。 あっちへ行きました」

              ボンドは警官に礼を言うと、示されたアヴビルに向かってアストンマーチンを飛ばした。

              ホーマーのうなりが大きくなってくる。

              アヴビルの先には、パリへ向かう国道1号とルーアンに向かう28号道路の分岐点がある。  ボンドはパリに向かうと見当をつけて国道1号を進んだ。

              しばらくの間、ホーマーの音は変わらなかった。 この道で良いとも悪いともとれる。 が、その内に音が小さくなってきた。

              しまった! 回れ右するか? ボンドは引き返すのは嫌だった。 ポーペの手前で右に曲がって、ルーアンを目指してアクセルを踏み込む。

              ポーペ街のはずれでクルマを停めて、ホーマーの音に耳をすました。 音がだんだんと大きくなってきた。 ロールス・ロイスがやって来たのだ。

              ボンドは音が小さくなり始めるのを待ってから、クルマをスタートさせた。

              今度もまた大きな分かれ道になっている。 また間違えたら、取り返すのは容易ではないだろう。

              えーい、ままよ。 ボンドは右へハンドルを切った。

              ホーマーの音がだんだんと大きくなってくる。 よし、この道だ。

              ボンドは追いついてしまわない様に速度をさげると、のんびりとD・B・スリーを走らせた。

             

              6時、7時、やがて夕陽がバックミラーに差し込んできて、沈んでいった。

              ドローとシャトレを通り過ぎて、まだロールス・ロイスは走り続けている。

              たぶんこの先のオルレアンで泊まりだろう。 ボンドは速度を上げた。

              前方に1台の尾灯が見えてきた。 グレーのトライアンフで、フードが上げてある。

              ボンドはちょっとアクセルを踏み込んでトライアンフを追い越した。

              1マイルほど先に尾灯が現れた。 ボンドはそのまま接近する。

              案の定、ロールス・ロイスだった。 ボンドは間隔を1マイルばかりに伸ばすと、そのままオルレアンの街に入った。

             

              ボンドはミシュランのガイドブックを取り出した。

              どうせゴールドフィンガーは2件ある5ツ星のアルカード・ホテルかモデルン・ホテルのどちらかに泊まるに違いない。 そして夕食は、舌平目とローストチキンだろう。

              ボンドはオルレアンの街などに興味は無かった。 できれば郊外のロワール河畔にある、モンテスパン旅館に泊まりたかった。 だが、今回は獲物の傍に張り付いていなくてはならない。

              こういった時、ボンドはステーション・ホテルに宿を取り、駅のレストランで夕食を済ませる事にしている。 ステーション・ホテルであれば街の中心にあるし、駐車場も充分だ。 それにグレードも悪くない。 駅のレストランは様々な人が利用するから、料理に手抜きをする事などはまず無い。

              ホーマーの音は10分ほどの間少しの変化も無かった。 ゴールドフィンガーはホテルに入ったのだろう。

              ボンドはクルマを停めると街に出た。 目指すロールス・ロイスはアルカード・ホテルの駐車場にあった。 クルマに戻ったボンドはステーション・ホテルに向かった。

              予期した通り、値段が安い割には旧弊な造りで、どっしりとした落ち着けるホテルだ。

              ボンドは熱い風呂に入ると、駅のレストランへ出かけて夕食を摂った。

              食事を済ませると、お堅いオルレアンの街をブラブラと散策し、ついでにロールス・ロイスがそのままなのを確かめてからベッドに入った。

              翌朝、ボンドは勘定を済ませると、駅のレストランでコーヒーだけ飲んでアストンマーチンを出した。

              ゴールドフィンガーはリヴィエラに向かう国道7号を進むか、それともロワール河にそって北上するか、どちらだろうか?

              ボンドはクルマを降りて河岸の手摺りにもたれかかりながら、アルカード・ホテルの正面を窺った。

              8時半にゴールドフィンガーと運転手が玄関から出てくると、駐車場へ向かいロールス・ロイスに乗り込んだ。 クルマはゆっくりと河岸にそって走っていく。

              ボンドはアストンマーチンに乗り込むと、追跡を開始した。

             

              初夏のロワール河沿いの道は、気持ちのいいドライブコースだ。

              ボンドはリラックスしてクルマを走らせる。

              と、突然、2つ対になったボッシュのクラクションが聞こえて、小さなトライアンフが追い越していった。 フードは下していて、濃紺の自動車用のゴーグルをかけた可愛らしい女性の横顔がチラッと見えた。

              ボンドにはその女のぐっと顔を起こした格好から、相当な美人だと思った。

              今日はいい事がありそうだぞ。 いや、いかん。 今は仕事の最中なのだ。

              いや待てよ。 あのグレーのトライアンフは前にも見かけている。 イギリスの飛行場でだ。 それに昨夜もオルレアンの手前でボンドの前を走っていたは、あのトライアンフかもしれない。

              クルマのナンバーは覚えていなかったが、ボンドは同じトライアンフだと確信した。

              だとすれば、あの女もゴールドフィンガーを追って300マイルも走っている事になる。

              いったい、何者なのだろう? いずれにしても、とんでもない厄介者の登場だ。

             

              この3台の珍道中はフランスのど真ん中を抜けていった。

              しかし、モーランでボンドはロールス・ロイスを見失いそうになった。 慌ててUターンして73号道路に入る。 ゴールドフィンガーは直角に曲がって、リヨンかジュネーブへ向かう道を進んでいたのだ。

              ボンドはアストンマーチンを飛ばした。

              急にホーマーの音が大きくなった。 速度を落として上り坂の上に出る。 すると1マイル程先で、路肩にロールス・ロイスが停まっていた。

              ありがたい事に手前に狭い横道があった。 ボンドはその横道にクルマを乗り入れ、低い生垣の陰でアストンマーチンを停めた。

              ダッシュボードから双眼鏡を取り出してクルマから降りる。

              ゴールドフィンガーは小さな橋の下の小川の土手に腰を下していた。 そこで弁当としゃれこんでいる。

              ところで、例のトライアンフはどこだろう? 彼女にはホーマーと云う便利な道具は無いから、きっと顔を伏せてアクセルを踏み込んで追い越していったに違いない。 きっと先のどこかの街で、ロールス・ロイスが通るのを待ち伏せしているのだろう。

              ゴールドフィンガーが立ち上がった。 紙くずを集めて、丹念に橋の下に押し込んでいる。

              何だってゴミをそんな所に捨てているんだ?

              ボンドの頭の中で何かがひらめいた。

              きっと、この橋がゴールドフィンガーの連絡場所なのだ。 例の金塊の受け渡し場所に違いない。

              ここならスイスやイタリアからでも都合がいい。

              ゴールドフィンガーが土手に上がったのを見ると、ボンドはクルマに戻った。

              やがてロールス・ロイスが走り出す音が聞こえた。 ボンドはアストンマーチンをバックさせて道に出る。

              可愛らしい小川に架かった可愛らしい橋だった。

              ボンドは急いでクルマから降りると、土手をすべり降りた。

              橋の下に、掘り起こしたばかりの土の部分がある。 ボンドは指先で土を掘った。

              すぐに固い物にぶつかった。 持ち上げるのに力が要った。

              土を払い除けると黄金色の輝きが現れた。 ボンドはその金塊をハンカチで包むと、急いで土手を上がっていった。

             

              これでゴールドフィンガーの事をカンカンに怒る連中が山ほど出て来るに違いない。

              2万ポンドの軍資金が消えてしまえば、計画変更を余儀なくされる事が山ほどあるだろう。

              とにかく、ボンドは今度通りかかる情報部の出先機関にこの金塊を渡して、本部に報告しなくては、と思った。

             

            *****

             

              ボンドはアストンマーチン・D・B・スリーを急がせた。 マコンの手前でロールス・ロイスに追いついておきたかったのだ。

              ゴールドフィンガーはマコンの先で、リヨンに向かう6号道路に入るか、ジュネーブに向かうブール街道に入るか、どっちかだろう。

              それと、例の女をなんとかしなくてはならない。 たとえ美人だろうが何だろうが、あんな女にウロチョロされてはこっちの仕事に差し支える。

              マコンの街に入った。 ホーマーの音が大きくなる。 気付かれる危険を冒して、ボンドは車間を詰めていった。

              ランビュート通りに入ると、道の先の方に黄色い車体が見えた。

              光るロールス・ロイスを通行人が振り返って見ている。

              河に差し掛かった。  右に曲がるか? それとも真っすぐ橋を渡るか?

              ロールス・ロイスは橋を渡った。 ではスイスに向かうのか。

             

              ボンドはサン・ローランの郊外までそのまま追っていった。 

              ゴールドフィンガーが弁当を食べるのを見せられて、ボンドも腹が減っていた。 さあ、ここでこっちも肉屋とパン屋と酒屋だ。

              100ヤード先に店の看板が歩道の上にぶら下がっている。

              ボンドはスピードを落とすので、バックミラーをチラッと覗いた。 これはこれは! すぐ後ろに例のトライアンフがついて来ている。

              マコンに入ってからは、ロールス・ロイスを見失うまいと一生懸命だったので、後ろは気にしていなかった。 どのくらいの間、後ろにいたのだろう?

              とにかく、舞台から降りて頂くいいチャンスだ。 お気の毒だが可愛いお嬢さん、こっちは仕事なのでね。

              ボンドは肉屋の前で急ブレーキを掛けると、ギアをバックに入れた。 軽い衝撃と共に耳障りな音。

              ボンドはエンジンを切ると、アストンマーチンから降りた。

              アストンマーチンのバンパーがトライアンフのラジエーターグリルにめり込んでいた。

              女もトライアンフから降りてきた。 ゴーグルをシートに放り投げると両足をふんばり、手を腰に当てて立った。

              ボンドは愛想のいい顔を作る。 「そんな所にぶつかって、僕と結婚でもしたいのかい?」

              女の平手が伸びてきて、ボンドの頬をひっぱ叩いた。

            「バカッ! こんな事をしてどういうつもりよ!」

              可愛い顔は怒っても可愛いものだ。 ボンドはそう思った。

            「そっちのブレーキの利きが甘いじゃないのかい?」

            「このクルマのブレーキのせいにするつもり?! あんたがバックしたんじゃない!」

            「チョッとギアを入れ間違えたんだ。 こんなにすぐ後ろにいるとは気が付かなかったんだよ」

              既に、辺りには人だかりが出来ていた。 「やっちまえ姐ちゃん。 今度はのしちまえ」 そんな野次が飛んだ。 彼女の瞳が怒りで見開かれている。

              そろそろ、なだめる潮時だ、とボンドは思った。

            「本当にすまない。 修理代や何かは、全部弁償するよ。 どのくらい傷んだか見てみよう。 チョッとバックしてくれないかな?」 ボンドはトライアンフのバンパーに手をかけてゆすってみた。

            「私のクルマに触らないでよ!」 彼女はプリプリしてトライアンフに乗った。

              セルフスターターが回ってエンジンが掛かった。 が、ボンネットの下からガリガリ音がしている。 彼女はエンジンを切ると顔を出した。

            「それごらんなさいよ! ファンを潰しちゃったじゃない!」

              ボンドはそれが目的だったのだ。 ラジエターのファンがいかれてしまっては、トライアンフは走り続ける事など出来ない。

              お嬢さん、残念ながらここでリタイアだよ。

             

              ボンドは自分のアストンマーチンに乗り込むと、トライアンフから引き離した。 また道に降りる。 野次馬は減っていたが、残った中の作業服姿の男が、レッカー車を呼んでやろう、と言ってくれた。

              トライアンフから彼女が降りた。 いくらか落ち着きを取り戻している様だ。

            「本当にすまない」 ボンドは繰り返した。 「大したダメージじゃ無さそうだ。 きっと明日には修理は終わっているよ。 ところで・・・」 ボンドは財布を取り出した。 「君が怒るのはもっともだし、みんな僕が悪いんだ。 ここに10万フランあるから、修理代やホテル代、友達への電話代やら何やらに使ってくれないか? これを受け取って水に流してくれよ。 僕もここに泊まって、明日、君のクルマが直るのを見届けたいんだが、生憎と今夜は人と会う約束があってね、どうしても先に行かなくてはならないんだ」

            「ダメよ」 冷たいキッパリとした一言だった。 「私も約束があるの。 どうしてもジュネーブに行かなきゃならないのよ。 私をそこまで送ってくれない? あんたのクルマなら2時間ぐらいで行けるでしょ」 彼女はボンドのD・B・スリーに向かって手を振った。 「そうしてくれない? お願いするわ」 彼女は懇願する様に言った。

              この女は何者だろうか? ゴールドフィンガーに対して、明らかに何か特別な目的を持っている。 こっちの追跡にそんな女連れなど、とんでもない。

              しかし、女性から助けてくれと言われれば、ボンドは断われなかった。

            「喜んでジュネーブまでお送りし よう」 ボンドはそう応えた。

             そしてアストンマーチンのトランクを開けると、「君の荷物を入れよう」 と言った。

            「自分でやるわ。 手を貸してくれなくて結構よ」

            「では、僕は修理工場にカネを払ってくるよ。 その間に2人分の昼食を仕入れてきてくれないかな? 僕の分はリヨン・ソーセージを6インチ、パン1本にバター、それとマコンのワインの半リットル瓶。 あ、ワインはコルクを一度抜いて貰ってくれ。 君は何でも好きな物を」 ボンドはそう言うと財布から紙幣を数枚出した。

              彼女がそれを受け取った。 「どうも。 私も同じ物にすわ」

              ボンドは歩き出したが、すぐに振り返った。

            「クルマの修理屋に言わなくては。 君の名前と住所は?」

            「え?」

              ボンドは質問を繰り返しながら、きっとこの女は嘘を言うだろうと思った。

            「名前はソームズ。 ティリー・ソームズよ。 しょっちゅう旅をしているから、ジュネーブのベルグ・ホテルにしといてちょうだい」

             

              15分後には、ボンドはティリーを助手席に乗せて走り出していた。

              ロールス・ロイスは50マイル以上先を走っているに違いない。 ボンドは峠に向かう道を、アルペン競技の選手の様にすっ飛ばした。

              ティリーはダッシュボードの把手につかまって、道の前方を睨んでいる。

              一度、急なカーブでボンドはクルマを横滑りさせてしまった。 ボンドはチラッと彼女の横顔を窺った。 彼女は目を見開いたまま心持ち小鼻を広げていた。 どうやら彼女はこのドライブを楽しんでいる様だ。

              峠の頂上を回ると、その先はスイスの国境まで下り坂だ。

              ホーマーは着実に音を伝えてきている。 音も大きい。

              少しペースを落とさないと、国境で鉢合わせしてしまうかもしれない。

              ボンドはクルマを路肩に停めて、昼食とする事にした。

              ボンドとティリーはクルマに乗ったまま行儀よく、だがろくに会話を交わさずに食事を済ませた。

              ボンドは急がず慌てず、アストンマーチンをスタートさせた。

            「その音は何なの?」

            「発電機がうなっているみたいなんだ。 オルレアンからうなり出してね、今晩中に直さなくてはな」

            「ところで、あんたはどこへ行く途中だったの? あまり遠回りにならなければいいけど」

            「実はこっちもジュネーブへ行く途中だったんだよ。 でもジュネーブに泊まるか、もっと先に行くか、相手に会ってからだね」 そして、「君はジュネーブにはどれくらい滞在するんだい?」 と訊ねた。

            「分らないわ。 私、ゴルフをやってるのよ。 ディヴォンヌで女子のオープン選手権があるの。 私はそれ程のクラスじゃ無いのだけど、挑戦してみようと思って」

              もっともらしい話しだ。 嘘だとする理由は無い。 しかし、他に何か隠している事があるのは確かだ。

              峠道の坂が終わると、長い直線道路になった。 遠くに国境の税関の建物が見えた。

             

              税関では、ティリーはボンドにパスポートを覗くチャンスを与えなかった。

              スイス側の税関でも同じだった。

              スイスに入ると、ボンドはジュネーブに急いだ。 やがてベルグ・ホテルに着く。

              ボンドはホテルの堂々たる玄関にアストンマーチンを停めた。

              ポーターが走り寄って来て、ティリーの荷物を運び込んでいった。

              ボンドはティリーを送って玄関の階段に立った。

            「さようなら」 彼女はボンドに手を差し伸べながら、そう言う。 素直そうな青い目は、固い意志をたたえていた。 「送ってくれて、どうもありがとう。 あなたは運転がお上手ね。 マコンであなたがギアを入れ間違えたなんて信じられないわ」 そう言って口元をほころばせた。

              ボンドは肩をすくめてみせる。 「あんな事は初めてさ。 それより、仕事が片付いたらまた会いたいな」

            「いいわね」 彼女はそう言ったが、彼女の目はそうは言っていなかった。

              ティリーは背を向けると、スィング・ドアを通ってホテルの中へと入っていった。

             

              ボンドはアストンマーチンに駆け寄った。 あんな女なんかクソくらえだ! 一刻も早くゴールドフィンガーを捕まえなくては。

              ボンドはアストンマーチンをスタートさせると、ホーマーのスイッチを入れた。

              音量からすると、ロールス・ロイスはすぐ近くにいる様だ。 だが、わずかだが音は小さくなっていく。 レ・マン湖に沿って走っているに違いない。 右岸か? それとも左岸か? その時、アストンマーチンは左岸への道を走っていた。 ボンドはそのまま左岸の道をとった。

              湖畔の小さな村コッペの手前で、道の先の方にロールス・ロイスを見つけた。

              トラックの陰に隠れて、そのまま走る。

              次に覗いた時にはロールス・ロイスはいなくなっていた。 ボンドは右側を気を付けながら、クルマを走らせる。

              背の高い塀に続いて、大きくどっしりとした鉄の門があった。 まだホコリが舞っている。

              門の上の看板は、「オーリック・AG産業」となっていた。

              狐は穴に潜ったのだ。

             

              ボンドは右に入る道を探しながらアストンマーチンを走らせた。 小道を見つけるとそこに乗り入れる。

              そのぶどう畑の中の道は、コッペの裏山に続いていた。

              この辺りならオーリック工場の裏手辺りだろう。 ボンドは木立の間にクルマを停めた。 双眼鏡を取り出してクルマを降り、小径を歩いていく。

              すぐ右手に鉄条網の柵があった。 あたりを探ってみる。 コッペの子供達が栗拾いの為に作った抜け道はないか? 見つかった。 柵の横線が2本広げてある。 ボンドはすき間を広げて、入り込んだ。

              しばらく木立の間を慎重に進んでいった。 やがて丘のふもとに建物の群れが見えてきた。 中庭の真ん中にロールス・ロイス・シルバー・ゴーストが停まっている。

              ボンドは太いモミの木の陰にしゃがみ込むと、双眼鏡を構えた。

              2階建ての邸宅と、中庭をはさんで2棟の平屋の工場だ。

              2棟の工場の角には、煙突が立っていた。 煙突の通風帽の上に、船のブリッジにある様なレーダー走査器みたいなのがあって、クルクルと回っている。

              丘のふもとのこんな小さな工場の屋上で、そんな物がどう役に立つのかボンドには見当が付かなかった。

              裏口が開いて、ゴールドフィンガーが出てきた。 後ろから小男がペコペコしながら出てくる。 ゴールドフィンガーは上機嫌の様子だ。 ロールス・ロイスの傍らに立つと、ボンネットを叩いてみせた。 小男は愛想よく笑った。

              その小男がチョッキのポケットから笛を出して吹いた。 すると、右手の工場から作業服を着た4人の男が出てきた。 彼らが出てきたドアの奥から、重々しいエンジンの音が聞こえてくる。

              やがてリカルヴァーで聞き覚えのある、リズミカルな鼓動になった。

              4人の男達はロールス・ロイスに取り付くと、4つのドアを外し始めた。 次はボンネットを外しにかかる。

              オッドジョブが裏口に現れ、ゴールドフィンガーに何か言った。 ゴールドフィンガーは小男に二言三言何か指示すると、邸宅の中に入っていった。

              ボンドにとっても潮時だった。 周到に辺りを見回して地形を覚えると、木立の間をあとづさりした。

             

              ボンドはアストンマーチンを運転して、ウィルソン河岸にある小さな事務所に向かった。

              トラクターや農機具を扱っている小さな会社だ。 が、それは表向きで、情報部の出先機関なのだ。

            「007号でしょ。 あんただと思いましたよ。 で、用件は?」

            「月並みな仕事さ。 これだよ」 ボンドはシャツのボタンを外すと、例の金塊をデスクの上に置いた。 「こいつをイギリスに送って欲しいんだ」

              男はメモ帳を引き寄せると、ボンドの言う事を速記で書き取った。

            「へえ、やけに危ない代物ですね。 公用便に入るので早速ベルンへ送りますよ。 他には?」

            「コッペのオーリック産業を知っているかい? 連中は何をやっているんだろう?」

            「知ってますよ。 あそこは金属製の家具なんかを作っているんです。 なかなか良い物を作ってますよ。 スイス鉄道にもいくらか納めてるし、航空会社にも納めています」

            「どこの航空会社だい?」

            「話によると、メッカ航空の仕事は全部取ってるそうです。 インド向けの大きなチャーター機ですよ。 メッカ航空へはオーリック社もいくらか出資しているみたいですね。 座席の製造の契約が取れるのも不思議は無いですよ」

              なるほど、そういう事だったのか!

            「いやどうも、いろいろとお世話様」 ボンドは立ち上がって男と握手した。 「トラクター商売が上手く行く様祈ってるよ。 いずれまた会おう」

             

              ボンドは事務所を後にするとアストンマーチンに乗り込み、ベルグ・ホテルに向かって通りを走り出した。

              2日間に渡って、ボンドは装甲を施したロールス・ロイス・シルバー・ゴーストを追ってきた。

              リカルヴァーでは最後の1片を鋲止めするところを見ていたし、コッペではそれが取り外されるところを見た。 あの金属板は工場の炉に入れられて、メッカ航空の旅客機の座席に鋳造されるのだろう。

              シルバー・ゴーストはシルバーなんかでは無かったのだ。 車体の装甲とされた1トンは金の重量だったのだ。

             

             

            引き続き【ストーリー編6/9】へどうぞ

             

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            007おしゃべり箱 Vol.50−6 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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              「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

               

              007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

               

              Vol.50-6

               

              『原作紹介/ゴールドフィンガー』

              Ian Fleming’s GOLDFINGER

               

              【ストーリー編 6/9

               

              by 紅 真吾

               

                 【ストーリー編 5/9からの続きです。

               

                ボンドはベルグ・ホテルに部屋を取った。

                風呂に入って服を替えると、夕食に出かける事にする。 河岸に建つ、アルザス・ビールで有名なビア・ホールのパヴァリアにハンドルを向けた。

                今度の仕事はあと一息で片が付くだろう。 コッペの工場に忍び込んで金の粉のひとつまみでも手に入れれば、その夜の内にベルンへ行って公使館から盗聴防止装置付きの無線で本部の当直に報告出来る。

                あとはイングランド銀行が世界中のゴールドフィンガーの預金を凍結して、警視庁がゴールドフィンガーの逮捕状を取るだけだ。

                それにしても、ティリー・ソームズとは何者だったのだろうか?

                ベルグ・ホテルのフロントで、ボンドはミス・ソームズが泊まっているかどうか聞いてみた。

                その様なお客様はいらっしゃいません、と言われてもボンドは驚かなかった。 ただ、彼女はボンドが立ち去った後でホテルを変えたのか、それとも別の名前で泊まっているのかが、気になっていた。

                ゴルフの話しはどこまで本当なのだろう。

                どうにも気になったので、食事の最中に席を立って、地元の新聞社に電話を入れてみた。

                スポーツ記者に代ってもらい、彼女が語ったゴルフ選手権の事を伝える。

              「いや、初耳ですな。 もちろんいろんな選手権試合が他の国で終わった夏にありますけどね」  ボンドは礼を言って食事を続けた。

                女が何者であるにせよ、素人なのは確かだ。

                プロであれば電話1本で化けの皮が剥がれるようなカバー・ストーリーなど作りはしない。

                実はボンドの胸の内では、ひょっとして彼女はスメルシュの派遣員ではないか、とも思ったりしていた。

                ゴールドフィンガーかボンド、あるいは両方を監視する目的で寄こされたのではないか、と思いがあった。 人に頼らぬ性格の強さ、行動力、それらは情報部員としての素質なのだ。

                が、彼女は訓練を受けたプロでは無い。

                いずれにしても、彼女がボンドの仕事を台無しにしてしまう様な、出しゃばった事をしてくれない様に祈るしか無かった。

               

                ボンドは勘定を済ませると、店を出てアストンマーチンに乗り込んだ。 そして、その日の午後にたどった道を進む。

                クルマを停めると、さっきの抜け道を通って木立の間を静かに歩いて行く。

                工場のリズミカルな音があたりに響いていた。

                前の木の下で何かが動いた。 ボンドは用心深く窺う。

                月の光の中で、黒い髪と黒いセーター、そしてまっすぐな金属の棒が見えた。

                ティリーだ。 彼女はライフル銃を手に、下の建物を見張っていた。 ボンドはウンザリした様に彼女を見つめた。

                ティリーが持っていたゴルフバッグの中身はライフル銃だったのだ。

                ゴールドフィンガーを撃とうとしているのだろうか? とんでもない事だ。

                ボンドはゆっくりとティリーに近づいていった。 そして慎重に間合いを計って、一気に飛び掛かった。

               

                いきなりボンドに押さえつけられ、彼女は唸り声ともつかぬ息を吐きだした。

                ボンドは素早く彼女の口を塞いで、バタバタと暴れる体を押さえる。

              「ティリー、私だ。 ボンドだよ。 頼むから静かにしてくれ」 ボンドは彼女の耳元で囁いた。

                彼女が頷いたので、ボンドは体を離した。

              「ティリー、君はゴールドフィンガーを追ってきたんだね」 ボンドは声をひそめて言った。

              「あいつを殺してやるのよ」 彼女は青白い顔で激しく言った。

                彼女は緊張が解けたからか、体を小刻みに震わせている。

                ボンドは片手を伸ばして、彼女の髪を撫でてあげた。 そして慎重に辺りを見回す。 何か工場に変化は無いか? 何か変わっている。 煙突の上のレーダーみたいなのが、長方形の口をボンド達の方に向けてピタリと止まっていた。 ボンドはその意味が解らなかった。

              「ティリー、心配しなくていいよ。 私もロンドンから派遣されて奴を追ってきたんだ。 あいつを捕まえる為にね。 で、あいつは君に何をしたんだい?」

              「姉さんを殺したのよ」 彼女はポツリと言った。 「ジル・マスタートンよ、知ってるでしょ」

              「どういう事だ?」 ボンドは鋭く言った。

              「来てくれと云う電報が着たのよ。 マイアミの病院の救急病室に入っていたわ。 死にかかってた。 ゴールドフィンガーに何をされたのか話してくれた。 姉さんはその晩死んだのよ」 彼女は感情を押し殺してそう言った。

              「ゴールドフィンガーに体中を金で塗りつぶされたのよ。 姉さんは皮膚呼吸が出来なくなって、重体になった。 そして放り出されて殺されたんだわ。 復讐されたのよ。 あんたと一緒に行ったという事で。 姉さんはあんたの事も言ってたわ。 あんたが好きだったのよ。 あんたに会ったら、この指輪を渡して欲しい、と言ってた」

                ボンドは固く目をつぶった。 また人が死んだ。 しかも、今度は自分の迂闊な見栄、気をそそられた美女との24時間の陶酔、そんな一片の虚勢の結果なのだ。

                ゴールドフィンガーに一発お見舞いしたつもりが、何千倍にもなって返ってきたのだ。

              「あの子は辞めたよ」 つい2日前にゴルフ場の陽光の下で、ゴールドフィンガーはにべも無く言っていた。 さぞいい気持ちだったろう。 ボンドの爪が、思わず手のひらに喰い込んでいた。

                ちくしょう! ゴールドフィンガーめ。 必ず殺人罪でとっちめてやるぞ! ところで、自分の罪はどうなのだろう? ボンドには答えは解かっていた。 彼女の死は自分がきっかけだったのだ。 ボンドが終生重荷として背負っていかなくてはならないのだ。

                彼女が自分の指から指輪を抜いて、ボンドに差し出した。

                黄金のハートに2つの手がからんだ小さな指輪が、月の光を受けて光った。

               

                いきなり、目の前でアルミの矢が指輪をつき通して木の幹に突き刺さった。

                矢に射通された指輪は、カラカラと音を立てて幹までずれていく。

                ボンドは振り返った。

                10ヤードほど離れた所に、オッドジョブが立っていた。 左手に洋弓をもっている。

                そして右手で2本目の矢をつがえようとしていた。

                ボンドは彼女に、じっとしているんだ、と言ってから大声を出した。 「おーい、オッドジョブ、大した腕前だね」

                オッドジョブは洋弓を下に向けた。

                ボンドは女を庇う様に立ち上がった。

              「オッドジョブ、ゴールドフィンガーさんの住まいは洒落ているじゃないか。 今日は遅いから明日にでも伺う、と伝えてくれ」 そして彼女に向き直ると、「さあ、散歩の時間は終わりだ。 ホテルへ帰る時間だよ」 そう言って垣根の方に足を向けた。

                オッドジョブが前に出した足で地面をドンと踏むと、2本目の矢をボンドの胸に向けた。 そして矢の先で工場の方を促す。

              「ああ、彼は私に会いたがってるのかな? 迷惑じゃ無いかなな? 仕方が無い、君もおいで」 ボンドは草むらに隠れたライフル銃から離れながら、彼女の手を取って歩き出した。

              「君は私のガールフレンドだよ。 私がイギリスから連れてきたんだ」 ボンドは丘を下りながら手短に話した。

                背の高い煙突の天辺の長方形の口みたいな物が、またクルクルと回り始めた。

                きっと何かの音波探知器なのだろう。 こいつに感付かれてしまったのに違いない。

                一行が中庭に着くと、建物の裏口から2人の朝鮮人が出てきた。

              「身体検査をする! 両手を上げろ!」

                ボンドはゆっくりと両手を上げた。 彼女に、逆らうな、と囁く。

                検査が終わると裏口から中に入らされた。 廊下を進んで行く。

                オッドジョブが1つのドアをノックした。

              「おう」 ゴールドフィンガーの声がするとオッドジョブがドアを開けて、2人を部屋の中に追い込んだ。

               

                ゴールドフィンガーは大きなデスクの向こうに座っていた。

                女の方には目もくれず、じっとボンドを見つめている。 少しの驚きも見せず、刺す様な目つきだ。

                ボンドはしらばっくれた。

              「ねえ、ゴールドフィンガー、これはいったいどういう事だ? 例の1万ドルの件で警察に密告なんかするから、こっちはガールフレンドのミス・ソームズを連れて後を追ってきたんだ。 垣根を越えたのは確かに不法侵入だけど、あんたがまたどこかへ行っちまう前に何であんな事をしたのか聞きたかっただけだよ。 それをこのエテ公が出てきて、こっちは危うく矢で殺されそうになったんだぜ。 おまけにいやらしい朝鮮人が2人も出てきて、手を上げろだの身体検査だの、どういうつもりなんだ? ちゃんとした挨拶をして謝ればよし、さもなかったら警察に訴えるからな」

                ゴールドフィンガーの冷ややかな目は、何の動きも見せなかった。 ボンドの言った事など、まるで耳に入ってい無い様だった。

              「ボンド君、シカゴの諺にこういうのがある。 “最初は行きずり、二度目は偶然、三回目は仇同士”と云うんだ。 マイアミからセント・マークス、今度はジュネーブだ。 君の口から本心を絞り出してみるつもりだよ」

                ゴールドフィンガーの視線がボンドからその後ろに移った。

              「オッドジョブ、拷問室にご案内しろ」

                ボンドは反射的にゴールドフィンガーに飛びかかった。 ボンドの頭がゴールドフィンガーの胸に当たり、2人の体はもつれ合って床に倒れる。 ボンドの指がゴールドフィンガーの喉を締めあげた。 が、ボンドは首の付け根を殴られて、床にのびてしまった。

               

              *****

               

                顔に勢いよく水を掛けられて、ボンドは気が付いた。 大きな工作台の上に大の字に縛り付けられているのが判った。

                ボンドは自分が横たわっている鋼鉄のテーブルを見回した。 テーブルの真ん中に1本の細い溝があって、その端に大きな丸鋸が刃を光らせていた。

              「ボンド君、では始めるとしよう。 君は詮索好きだった償いをせねばならん。 3回も私の前に現れたのは、私に敵意を持っている証拠だよ。 この女も」

                ゴールドフィンガーは隣りに座らされているティリー・マスタートンを指した。 彼女は手首と足首をイスに縛り付けられていた。 「この女も敵だ。 君達が隠れていた場所をオッドジョブに調べさせたんだが、ライフル銃と見覚えのある指輪を拾ってきたぞ。 女を催眠状態にしたら、面白い事が判った。 この女は私を殺しに来たのだ。 たぶん君もそうなのだろう?」

                ゴールドフィンガーは調整盤のスイッチの1つを押した。 ボンドの足元から丸鋸が回り出す金属的なうなりが聞こえてきた。

                ボンドは力なく顔をそむけた。 どのくらいで死んでしまえるだろうか? 死を早める方法は無いのだろうか?

              「ボンド君、もう降参したまえ。 そうすれば苦しまずに死ねるんだ。 女も同じだ。 口を割らないと死ぬ前に長い長い悲鳴を上げる事になる」 ゴールドフィンガーの口調はキビキビとしていた。

              「ゴールドフィンガー、バカな事を言うなよ。 私がどこへ行くか、ユニバーサル貿易の友人にはちゃんと伝えてきてるんだ。 女の両親だって、私と一緒なのを知ってる。 だからここまで後を辿ってくる事など簡単なんだぞ。 私達が行方不明になったら、何日も経たない内にそっちは警察沙汰になるんだからな」

                ボンドはゴールドフィンガーを睨み付けた。

              「ゴールドフィンガー、取引しよう。 私達を開放したら、これっきりで何も無かった事にしてやる。 彼女の事も保証しよう。 まったくとんでもなくバカげた間違いだな」

              「ボンド君、君は全く解っとらんな」 ゴールドフィンガーがめんどくさそうに言った。 「君が私の何を探り出したにせよ、大した事では無いのだ。 私は巨大な企業を動かしているんだ。 君達のどちらかでも生かして帰すなど、全くバカげている。 警察が来ると云うのなら、喜んで相手になろう。 ここの朝鮮人は口がきける奴でも口は割らんし、電気炉の口はもっと堅いからな。 君達2人は摂氏2千度で煙になっちまうんだ。 ボンド君、素直に口を割るか、苦しんで死ぬか、2つに1つだよ。 どれ、チョッと手伝ってやった方がいいかな?」

                ゴールドフィンガーはレバーを引いた。 ボンドの足元で歯車が回る音がした。

              「丸鋸は毎分1インチの速さで君の体に近づいていく。 その間にオッドジョブにチョッとマッサージしてもらうといい」

                ゴールドフィンガーはオッドジョブに向かって指を1本上げてみせた。 「先ずは1級からだ」

                ボンドは目をつぶった。 オッドジョブの体臭が鼻にまとわりついた。

                大きな指がそっとボンドの体を揉み始める。 急に鋭い一撃。

                また他を押したと思うと違う所を押され、鋭い一撃。

                苦痛の脂汗が眼窩に溜まり始めた。 かん高い丸鋸のうなりがますます大きくなる。

              「ボンド君」 ゴールドフィンガーの声は、いくらかせわし気になっていた。 「全く無駄な事だ。 君はなにものだ? 誰の命令でここまでやって来たんだ? 本当の事を言えば薬をやる。 楽になるんだ」

                オッドジョブの拷問は止まっていた。

              「ゴールドフィンガー、話す事は無い。 もう1つ別の条件を出そう。 私も女も、あんたの手下になるというのはどうだ? 2人共役に立つぞ」

              「おまけにナイフを背中に突き立てられるってわけか? しかも2本も。 ごめんこうむるよ」

                ボンドは口をつむぐ時が来たと思った。 死ぬ前に意志が挫けない様に、力を蓄えておかなくては。

              「では、お好きなように」 ボンドは丁重に言った。

              「オッドジョブ、2級だ。 君が自分で選んだ苦しみの道を、とっくりと味わうがいい」

                ゴールドフィンガーがレバーに手を伸ばし、歯車が動く。 ボンドの膝の間で丸鋸が起こす風が感じられる。

                また、オッドジョブの手が降りかかってきた。

                ボンドは苦痛の中で自分の意識が遠ざかっていくのを感じていた。

               

              *****

               

                自分の体が揺られている様な感じがして、ボンドは意識を取り戻した。

              「気を付けろ、このスロープは見かけより急なんだぞ」 頭の上の方で声がした。

                同時にガタンとした衝撃。

              「おいサム、ドクターを呼んで来いよ。 こいつ気が付いたみたいだぜ」

              「ほんとだ。 ここへ他の奴と並べておこう」 ボンドは自分の体が降ろされるのを感じた。

                目を開けると、丸いブルックリン顔がボンドをのぞき込んでいた。 ボンドは起き上がろうとしたが起き上がれない。

              「落ち着きなよ。 大丈夫さ。 ここはニューヨークのアイドルワイルド空港さ。 無事にアメリカに着いたんだ。 もう心配する事は無いぜ」

                奥のドアがシューと開いて、白衣を着た医師が入って来た。 その後ろからゴールドフィンガーがオッドジョブを従えて入って来る。

                ゴールドフィンガーはボンドの横に立った。

              「すぐに良くなるよ、ジェームス。 飛行機に乗って来たのが少しこたえたのかもしれんな。 さあ、万事私に任せておきたまえ」

                ボンドの腕を医師が持ち上げた。 脱脂綿で腕をこすられ、注射針が差し込まれた。

               

                次にボンドが気が付いたのは、グレーにペンキ塗りされた箱の様な部屋だった。 窓は1つも無い。 ベッドの他には木の机とイスがあるだけだった。

                ボンドはベッドから起き上がった。 ベッドの下の引き出しには、ボンドのスーツケースの中身が腕時計と拳銃を除いて全て納まっていた。

                ボンドは靴を手に取った。 一方の踵をねじって引っ張る。 靴底の鞘に両刃のナイフがそのままなのを確かめた。

              衣類を引き出して着込む。 シガレット・ケースとライターを見つけて、タバコに火を点けた。

                部屋にはドアが2つあった。 1つのドアには把手があった。 ボンドはそのドアを開けてみる。 洗面所と浴室、それに便所だった。 ボンドの洗面用具や髭剃りセットがキチンと並べてある。 その隣に、女モノが並んでいた。

                ボンドは洗面所の向かいのドアを開けてみた。

                ベッドの上にティリー・マスタートンが眠っていた。

                ボンドはそっとドアを閉めると、髭を剃ってシャワーを浴びた。

               

                ボンドはベッドに腰かけてタバコをふかしていた。

                ゴールドフィンガーは何かの理由で、2人を生かしておく事に決めたのだろう。 どんな理由であるにせよ、こっちはそのつもりで相手になってやろう。 ボンドはそう思った。

                いきなり把手の無い方のドアが開いた。 オッドジョブが戸口に立って、素早く部屋の中を一瞥する。

              「オッドジョブ、猛烈に腹が減っているぞ。 食事を持ってこい! それにバーボンウイスキーと炭酸と氷だ。 チェスターフィールドの1カートンも忘れるな。 キングサイズの方だぞ。 それから、私の時計を持ってこい。 他のでもいいぞ。 ただし同じぐらいのやつだ。 早く行け! あと、ゴールドフィンガーに会いたいと伝えろ。 さあ、とっとと行け!」

                オッドジョブはボンドのどこをへし折ってやろうか、という様な凄い目付きでボンドを睨み付けると、振り返って出て行った。

                今のボンドの態度を、オッドジョブはゴールドフィンガーに報告するだろう。

                こっちは命を助けられたからといってペコペコしないぞ、としっかりアピールしてやったのだ。 ボンドは少し気分が良くなった。

                だいぶたってから、朝鮮人の召使いが料理を持って入って来た。 時計やバーボンウイスキーなど、ボンドが言い付けた物も一緒だった。

                その頃には、この部屋は鉄道の鉄橋がある河の近くだという事が解っていた。

                ここがニューヨークだとすると、ハドソンかイースト・リバーのあたりだろうか?

               

               

              引き続き【ストーリー編7/9】へどうぞ

               

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              007おしゃべり箱 Vol.50−7 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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                「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                 

                007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                 

                Vol.50-7

                 

                『原作紹介/ゴールドフィンガー』

                Ian Fleming’s GOLDFINGER

                 

                【ストーリー編 7/9

                 

                by 紅 真吾

                 

                  【ストーリー編 6/9からの続きです。

                 

                  ボンドは料理を平らげると、バーボンウイスキーのソーダ割りを作った。

                  さて、これからどうなるのだろうか? ソーダ割りをチビチビとやっていると、突然ドアが開いてゴールドフィンガーが1人で入って来た。

                  いかにも実業家といった服装で、笑顔を浮かべている。

                「おはよう、ボンド君。 すっかり元気を取り戻した様だな。 どうだね? 死んでしまうよりもこうして生きている方が、はるかにいいだろう」 ゴールドフィンガーはそう言うと、ボンドをじっと見つめた。

                  ボンドは肩をすくめてみせた。

                「ではボンド君、君のくだくだした質問の手間を省く為に、今の君の状況を説明しよう。 その上で私から1つの提案をするので、返答をもらいたい。 そうそう、その手元のフォークなどで私に襲いかかったりしない方がいいぞ。 私はこういう物を持っているからね」 ゴールドフィンガーはそう言うと、ポケットから小型の拳銃を取り出して見せた。 

                「こんな物はめったに使わんのだがね。 しかし、こいつを使って撃ち損じた事は無いよ」

                「ご心配なく。 どうやら私は捕らわれの身のようですからね。 で、お話しをうかがいましょうか」

                「ボンド君、私が君の命を助けた理由は、君の言った言葉だ。 私の為に働いてもいいと言っただろう。 普段なら君達など使い道は無いのだが、実は今大きな仕事に取り掛かっているところでね、君達が使えるのではないかと思ったんだよ」

                  ゴールドフィンガーはそう言うと、2人が泊まっていたベルグ・ホテルの支払いを済ませて荷物を引き上げた事、ボンドの名前でユニバーサル貿易へ、カナダで仕事の見つかりそうなので様子を見てくる、と云う電報を打った事などを語った。

                「ボンド君、私も私の部下も、完全に足跡を消してきたんだ。 君の正体が何であろうと、誰も君の跡を追って来る事などできないんだ」

                「それで、私がする仕事とはどんな仕事なんですか?」

                「ボンド君、私は自分の黄金を増やすためなら何だってやってきた。 そしていよいよ最後の大仕事を迎える事になったのだ」

                  ここでゴールドフィンガーは自分の興奮を抑える様に、大きく息を吸った。

                「人間はエベレストに登り、深海の底にも到達した。 宇宙にまで飛び出した。 あらゆる分野で発明し、創造し、奇蹟を手に入れてきた。 しかしボンド君、あらゆる分野でと言ったが、1つだけ忘れられている分野があるんだ。 犯罪と呼ばれる分野だよ。 しかし、それも私と云うプロデューサーによって奇蹟が行われようとしているのだ」

                  いたって冷静なゴールドフィンガーはいったい何を計画しているんだ? 勝ち目をよく計算して、分があると見込んだ大犯罪とはどんな犯罪なんだ?

                「強盗だよ。 だが、史上最大の強盗だろう、国家が行う戦争を除いてね。 細部にわたって緻密なプランを立てねばならん。 その上、監督する上で気を付けねばならん事は山ほどある。 私は今までそれらを1人でやってきた。 だがこれからは、君がミス・マスタートンを秘書としてこなしてもらう事にした。 もちろん報酬も用意する。 仕事が終わったら君は100万ポンド、ミス・マスタートンは50万ポンドを手にするんだ」

                「話しは分かりました」 ボンドは応えた。 「それで、史上最大の強盗とは、何を盗むんです?」

                「私はこれまでの一生を金に捧げてきたからね。 最後の仕上げは150億ドルの金塊だよ」

                  思わず息をのむボンドに向かって、ゴールドフィンガーは不敵な笑いを浮かべた。 「我々はフォート・ノックスを占領するのだ」

                「フォート・ノックスを襲うんですって? 男2人と女1で? そりゃだいぶ難題ですねェ」

                「ボンド君、君のそのユーモア感覚は1週間ほどしまっておいてもらおう。 とにかく、私の命令で動くのは、この合衆国でも指折りの6つのギャング団のタフな連中なのだ。 選び抜かれた連中が、軍隊の様に動くのだ」

                「そいつは凄い! で、フォート・ノックス側はどれくらいの人数なんです?」

                  ゴールドフィンガーはゆっくりと首を振ると、後ろのドアをノックした。

                「ボンド君、2時半からギャング団のボスを集めての会議を行う。 君とミス・マスタートンはその会議に出席するんだ。 君もいろいろと聞きたい事があるだろうが、どうせ連中も同じ質問をしてくるに違いない。 その時に全て説明しよう。 その後で君とは細かい打ち合わせをする。  必要な物は何でもそろえさせよう。 オッドジョブに君達の身の回りの世話をさせる。 私は君の奉仕を買ったのだから、君も君の能力の全てを捧げてもらいたい」

                  ゴールドフィンガーはそう言い置くと、部屋を出て行った。

                 

                *****

                 

                  ボンドはしばらは閉まったドアを見つめていたが、「さぁて」と立ち上がって浴室を通ってティリーの部屋のドアをノックした。

                「僕だよ。 開けてもいかい?」

                「どうぞ」

                  ティリーはベッドの端に腰かけて靴を履いているところだった。

                  ボンドを見上げる目つきはよそよそしく尊大だった。

                「こんな事になったのはあんたのせいよ! なんとかしなさいよ!」

                  ボンドはしばし考えて彼女を見やった。 こんな時に彼女に説教しても無駄だ。 つまり空きっ腹の時にだ。

                「そんな事を言い合っていてもしょうがないよ。 嫌だ何だと言ったって一蓮托生なんだ。 それよりも、もう12時過ぎだけど食事は要らないかい? 僕はさっき済ませたよ。 君が食事を済ませたら、さっきゴールドフィンガーが言った事を詳しく話すけど」

                  彼女はチョッと体を起こした。

                「ごめんなさい。 じゃ、スクランブルエッグにコーヒーをお願い。 それにトーストとマーマレード」

                「わかった」

                  ボンドは自分の部屋に戻ってドアをノックした。 ドアが1インチばかり開いてオッドジョブが顔をのぞかせる。 ボンドは彼女の食事を注文してやった。

                  ボンドはグラスにバーボンとソーダを注いでベッドに腰を下すと、どうやったらティリーを味方に出来るか考えた。

                  彼女は最初からボンドを敵視している。 何か芯の堅くて冷たいところがあって、ボンドに敵意を抱いているのだ。

                  ボンドはグラスを手にしたまま、彼女の部屋に向かった。

                  ティリーはベッドの端にうずくまったまま、用心深くボンドを見上げた。

                  ボンドはドア枠に寄りかかたままウィスキーをすすった。

                「実は私はロンドン警視庁の関係の者なんだ。 ゴールドフィンガーを追ってきた。 彼は誰にも尻尾を掴まれないと自信をもっている。 彼が私達を助けたのは、ある計画に私達を使いたいからなんだ。 とてつもない大犯罪なんだが、机上の仕事が山ほどあるらしい。 私達にそれをまとめさせようという腹積もりのようだ」

                「どんな犯罪なの?」

                「バカげた話しさ。 しかし、あいつは勝ち目が無い事には決して手を出さないし、天才肌なのは確かだからね」

                「それで、あんたはどうするの?」

                「私達がどうするか?だよ。 君と私は一緒だ。 2人共カネに貪欲になって奴に協力するしかないんだ。 私達の命なんて、奴にとっては何でも無いんだからね。 そうしながら、何とか邪魔だてする方法を見つけるしかないな」

                「それで? 私があんたに協力すると思ってるの?」

                「では、他に何か方法はあるかね?」

                「何んであたしがあんたの言う通りにしなくちゃならないのよ」

                  ボンドはため息をついた。

                「今そんな事を言い合いしてもしょうがないよ。 そうするか、さもなきゃ食事の後で殺されちまうかさ。 君しだいだよ」

                  ティリーの口元が不愉快そうにゆがんだ。 肩をすくめる。

                「そう、じゃいいわ」 彼女はぶっきらぼうに言った。 が、急にその目が光る。 「ただ私の体に手を触れないで。 さもないとあんたを殺すわ」

                「その挑戦にはそそられるが、そんな事はしないよ。 心配しなさんな」

                  ボンドの部屋のドアが開いた。 朝鮮人の男が食事の盆を持って入って来る。

                  別の男がボンドの部屋にレミントンのポータブル・タイプライターを持ち込んで来た。

                  戸口に立ったオッドジョブがボンドに1枚の紙を差し出した。

                  大判のメモ用紙だった。 そこには−

                 

                  この会報を10部作製せよ。

                  本会議の議長はゴールド氏

                  秘書 J・ボンド

                      ミス・ティリー・マスタートン

                 

                出席者

                ヘルムート・M・スプリンガー

                 パープルギャング デトロイト

                ジェッド・ミッドナイト

                 シャドゥ・シンジケート マイアミとハバナ

                ビリー(薄笑いの)・リング

                 シカゴ組 シカゴ

                ジャック・ストラップ

                 スパングルド組 ラス・ベガス

                ミスター・ソロ

                 シチリア人ユニオン

                ミス・プッシー・ギャロア

                 コンクリート・ミキサーズ ニューヨーク・ハーレム

                議題

                暗号名グランド・スラム作戦の計画協議

                 (軽い食事)

                 

                  最後のところに「君とミス・マスタートンは2時20分に呼び出す。 2人はノートの用意をする事。 服装は正装の事」 とあった。

                  ボンドは机に着くとタイプライターに紙をはさんだ。

                  やれやれ、何という顔ぶれだろう。

                  ボンドは2時までに10部タイプし終わっていた。 ティリーの部屋に行ってノートと鉛筆を渡す。 また、ゴールドフィンガーの命令も読んでやった。

                「私は着替えをするよ。 あと20分でお迎えだぜ」 ボンドは笑顔を作った。

                  ティリーはうなずいた。

                 

                   ドアが開いて、オッドジョブが顔をのぞかせた。

                  ボンドとティリーはオッドジョブの後ろについて、長い廊下を歩いていった。

                  貨物船の汽笛やトラックのエンジン音が聞こえてくる。

                  ここはたぶんイースト・リバーの近くにある、大きな倉庫を改装した建物なのだろう。

                  オッドジョブが廊下の突き当りのドアを開けた。

                  その部屋は建物の一角を占領していて、大きな窓が壁一面にとってあった。

                  部屋は会議に向けて飾り立ててあった。

                  ゴールドフィンガーは窓を背にして、緑のラシャをかけた大きな丸テーブルに向かっていた。

                  テーブルのまわりには座り心地の良さそうなイスが9つあって、その内6つのイスの前には、メモ帳と共に長方形の白い包みが置いてあった。

                  右手の壁際には長いビュッフェ・テーブルがあって、シャンパンのバケツや何種類もの酒のボトルと共に、様々なオードブルが並んでいた。

                  ゴールドフィンガーは自分の右にティリーを、左にボンドを座らせると、テーブルの下に手をのばして呼び鈴を押した。

                  奥のドアが開いて、朝鮮人の男が1人入ってきた。

                「リスト以外の人間はここには入れるな。 皆誰か連れがいるだろうが、その連中は控えの間に待たせておくんだ。 そいつらにも酒と料理をふるまってやれ。 カードやサイコロも用意してるな? それと、オッドジョブ」 ゴールドフィンガーはボンドの後ろに控えていたオッドジョブを見上げた。 「お前は持ち場につけ。 合図は覚えているか?」

                  オッドジョブは指を2本上げてみせた。

                「そうだ。 ベル2つだ。 よし、行って皆がちゃんとやる様に睨みを効かせておけ」

                  ボンドは口をはさんだ。 「手下は何人いるんです?」

                「20人だ。 朝鮮人が10人にドイツ人が10人。 みな選り抜きの腕利きだよ」

                  ゴールドフィンガーはテーブルに向き直った。

                「さてミス・マスタートン、君は気が付いた事を全てメモするように。 後で私がしなければならなくなりそうな事の全てだ。 話しの中身やおしゃべりは、ほっといていい」

                  ティリーが事務的な口調で「はい」と答えるのを見て、ボンドは少し安心した。

                「それからボンド君、君は連中の様子をよく観察してくれ。 この計画はちゃんと成算があるのだが、連中にそれを信じ込ませねばならん。 しかし中には尻込みする奴が出てくるだろう。 そういう奴はこっちも手配をしてあるが、中にはどっちとも判らんポーカーフェイスな奴が居るだろう。 君は連中の印象をこの名前の横にプラスとマイナスの印を付けていくんだ」

                「このハーレムのプッシー・ギャロアというのは何者です?」

                「アメリカのギャング界でただ1人の女親分だ。 この女は信用出来る。 昔は空中ブランコの芸人で一座を構えていたのだが、それが上手くいかなくなったので一座を泥棒に仕込んだんだ。 今ではコンクリート・ミキサーズという女ばかりの同性愛のギャング団でな、他のギャング団から一目置かれるまでになった。 大した女だ」

                 

                  テーブルの下でブザーが鳴った。 ゴールドフィンガーが立ち上がる。

                  ドアが開いて5人の男達が入ってきた。

                  ゴールドフィンガーは歓迎の会釈をする。 「私がゴールドです。 どうぞお掛け下さい」

                  男達は用心深いぼそぼそとした挨拶を返すと、イスを引いて腰を下した。

                  5人の目が冷ややかにゴールドフィンガーを見つめる。

                  ゴールドフィンガーも腰を下すと、静かに口を開いた。

                「皆さん、わざわざお集まり頂きありがとうございます。 お手元にある包みは金の延べ棒です。 お越し下さったささやかなお礼です。 ところで、ミス・ギャロアがお見えになるのを待つ間に、秘書のボンド君とミス・マスタートンに皆さんのお名前を教えておこうと思います。 ではボンド君、君の左に座っているのが、マイアミとハバナで活躍されているシャドゥ・シンジケートのジェッド・ミッドナイトさんだ」

                  ミッドナイト氏は大柄で陽気な顔をした男だった。 やあ、と言って左手を上げた手首には、ゴツい金時計を付けていた。

                「それから、シカゴを牛耳っているビリー・リングさん」

                  リング氏は貧相な風貌だった。 この男は殺し屋あがりだろう、とボンドは思った。

                  ボンドはリング氏の冷たい視線に笑顔を向ける。

                「次はデトロイトからいらしたヘルムート・スプリンガーさん」

                  スプリンガー氏は大金持ちによくあるような、濁った目付きの男だった。 スーツといいネクタイといい、洒落者だ。

                「それから、シチリア人ユニオンのソロさん」

                  太い角縁の眼鏡がボンドをギロリと睨んだが、すぐにポケットナイフで爪掃除に戻ってしまった。

                「最後がラス・ベガスのジャック・ストラップさん」

                  スパング兄弟の後を継いでボスになった男は、「よろしく」 とあけっぴろげに言った。 葉巻をガツガツと噛む様な吸い方をしている。

                  その時、部屋の奥のドアが開いた。

                  男物の紺のスーツにレースの胸飾りを付けた女が入って来ると、無造作に空いているイスの後ろに立った。

                  しばらくゴールドフィンガーを見つめると、視線をテーブルの男達に向ける。 そして 誰にともなく、「やぁ」と気の無い声を出して腰を下した。

                  ボンドは彼女の顔付きが気に入ってしまった。

                  彼女が一同を見回した。 「あたしを女だと思って余計な事をしないでよ」

                  まっすぐな黒い眉の下から、すみれ色の瞳がずけずけと視線を向けて来る。

                  ボンドはそんな野放図な態度も面白く感じた。

                  ティリーがミス・ギャロアをうっとりと見つめている。 これでボンドは、ティリーの事がだいぶ解った様な気がした。

                 

                  ゴールドフィンガーがおもむろに口を開いた。

                「では、私の自己紹介をします。 名前はゴールド。 いろいろなビジネスをやってきましたが、どれも法律の目をかすめる様な事業ばかりでした。 しかし、この20年で6千万ドルのカネを手にしました」

                  テーブルの周りで唸り声が起こった。

                「私は主にヨーロッパで活動してきましたが、香港を拠点としていた“金のケシ販売網”は私の事業であったと申し上げれば、皆さんもまんざら興味がおありでしょう」

                  ジャック・ストラップ氏がヒュー、と口笛を吹いた。

                「また、皆さんも急場にはお使いになった“天国旅行者”も、解散するまで私の組織でした。

                  ヘルムート・スプリンガー氏がゴールドフィンガーをもっとよく見ようと、片眼鏡を目にはめた。

                「こんなつまらん事をここで披露するのは、皆さんは私を知らないが、私の方はかなりのビジネスで皆さんの利益に貢献していた事を知って欲しいからなのです」

                「まったくだ」 ジェッド・ミッドナイト氏が畏怖のこもった口調でつぶやいた。

                「つまり、紳士並びに淑女諸君、私は皆さんを知っているので、今日、こうしてアメリカ犯罪界のエリートとも言うべき皆さんをお招きした次第です」

                  ボンドは感心してしまった。 ゴールドフィンガーは3分きっかりで、疑心暗鬼だった一同を味方に付けてしまったのだ。 今や誰もがゴールドフィンガーに注意を向けていた。

                「私の昔の事業を2つばかり紹介しましたが、これよりももっと大掛かりな事業を数々こなしてきました。 1つとして失敗はありません。 ですから、私の名前はどこの国の警察にも挙がっていません。 こんな事を申し上げるのも、これからお話しする私の計画を充分にご理解して頂きたいからです」

                  ゴールドフィンガーはここで一息ついた。

                「皆さん、1週間以内に皆さんの金庫に10億ドル入るという計画に参加をお願いしようと思っています。 もう1回金額を言いましょう。 10億ドルです」

                 

                *****

                 

                  部屋の中に静寂がたちこめた。 あまりの大きな金額に、誰もが驚いていた。

                  ボンドの右隣りのミッドナイト氏が咳払いをした。 「ミスター・ゴールド、10億ドルとはとほうもない大金だ。 話を続けてもらおう」

                  ソロ氏がにぶい黒目を上げた。 「確かに大金だ。 だが、そっちの取り分は?」

                「50億ドル」 ゴールドフィンガーが事も無げに答えた。

                  スプリンガー氏が目の前の金塊を片眼鏡でトントンと叩いた。 「ミスター・ゴールド、すると全部で110億ドルの仕事と云う事になるのかな?」

                「正確な数字は150億近くになるでしょうな。 110億はざっと見積もった控えめの数字です」

                「なるほど」 スプリンガー氏の声は、まるで弁護士のようにもったいぶっていた。 「それだけのカネがあるのはアメリカ中でも、ワシントンの連邦造幣局とニューヨークの連邦準備銀行、それにケンタッキーのフォート・ノックスだけだ。 あんたはそのどれかを襲うと言うのかな?」

                「さよう。 フォート・ノックスを占領するんです」

                  皆がうなり声を上げる中で、ミッドナイト氏が呆れた声を出した。 「あんたの想像力には敬服するぜ。 だがそんな話しは精神科の医者にでも聞かせてやるんだな」

                「いや、ハリウッドに持ち込めば少しはカネになるかもよ」 ストラップ氏が苦笑いを浮かべて言った。

                  ゴールドフィンガーは愛想の良い笑顔を作った。

                「まあ諸君、終わりまで聞いてもらおう。 諸君がそういった反応を示すのも充分理解できる。 だが、フォート・ノックスも他の銀行と同じだ。 ただ桁違いに大きくて警備が厚いだけだ。 諸君、我々はブリンクス装甲車には手出し出来ないと思っていた。 だがそれも、1950年に数人の男達が装甲車から100万ドルを奪うまでの事だった。 フォート・ノックスも決して難攻不落では無い」

                  リング氏が呆れた顔をして両手を上げた。 「いいかねあんた、あそこには第3機甲師団が駐屯しているんだぜ」

                  ゴールドフィンガーは薄笑いを浮かべた。

                「リングさん、フォート・ノックスの現在の戦闘配備はこうです。 ご指摘の第3機甲師団はほんの第一線部隊だけですが、第六機甲連隊が駐屯しています。 それに第15旅団、160工兵旅団、全米各陸軍から集まる陸軍機甲教育隊のほぼ半分・・・」 ゴールドフィンガーは他に詳しく挙げていくと、「とにかく、約6万の人口の内、ほぼ2万人が何らかの形の戦闘員と言える、と結んだ。

                「で、そんな連中をいったい誰が相手にするんだ?」 ストラップ氏が苦々し気に吐き捨てると、咥えていた葉巻を灰皿に押しつぶした。

                  隣りのミス・プッシー・ギャロアが歯の間から息を吸った。 「ジャック、もっとちゃんとした葉巻を吸いなよ。 そいつはプロレス選手のパンツを燃やしている様な臭いがする」

                「うるせえ」 ストラップ氏が下品に応えた。

                「皆さん、説明を続けます」 ゴールドフィンガーはそう言うと、立ち上がって黒板へ行って巻き上げてあった地図を広げた。 フォート・ノックスの町の地図で、ゴッドマン飛行場へ続く幹線道路や鉄道の線路などが描いてあった。

                  ゴールドフィンガーは金塊保管施設を指し示した。 ディキシー高速道路と金塊通り、ヴァイン・グローブ通りが作る三角形の左下だ。

                「ここにイリノイ中央鉄道の引き込み線があります。 これはワシントンの造幣局から来る金塊の積み下ろし場所なのです」

                ゴールドフィンガーはそう言うと、フォート・ノックスの地理を詳しく語った。

                  誰もがゴールドフィンガーの話しの続きを待っている。

                  続いてゴールドフィンガーはフォート・ノックスの建物の説明に入った。

                  ゴールドフィンガーの説明は、これなで外部に漏れる事の無かったフォート・ノックスの事情に精通していた。 皆が熱心に耳を傾けている。

                「これで諸君は、フォート・ノックスがどんな所でどの様な施設であるか、充分にご理解出来たと思います。 ここまでで何か質問が無ければ、次はどうやってここを破るか、どうやって中身を手に入れるか、簡単に説明したいと思いますが」

                 

                  部屋の中は静まりかえっていた。 テーブルの周りの目は、食入る様にゴールドフィンガーに注がれている。

                  ゴールドフィンガーは一同を見回すと、おもむろに口を開いた。

                「一番の問題は、金塊の運び出しだ。 10億ドル分の金塊となると、約1.000トンの重さになる。 大型の産業用6輪トラックで20台くらいになる。 私の方ではそういったトラックを持つ輸送会社のリストを作ってあるので、諸君はこの会合が済んだら、縄張り内の会社と契約する事を勧める」

                  そう語ると、使用する道路や時間の交通整理の問題を挙げた。 「私の方は優先的に鉄道を使わせてもらう。 私の荷が一番多いからね」

                  ゴールドフィンガーは返事も待たずに、同じ調子で続けていく。

                「輸送の問題に比べれば、他はずっと簡単だ。 前日にはフォート・ノックス中の人間は、軍人も民間人も全て一時的に活動できなくなっているのだからね」

                  ゴールドフィンガーはそう言うと、2つの貯水池にトーキョーから水道局員が見学に行く手はずになっていると語った。 実は彼らはゴールドフィンガーの手下で、高度に濃縮された麻薬の一種を持ち込む。 この水をコップに半分でも飲めば、3日間は麻酔状態になってしまうのだ。

                「諸君、6月のさなかのケンタッキーで、24時間水を1杯も飲まずにいる人間など居るだろうか?」

                「なかなか良く練られた計画だ。 で、町へはどうやって入る?」 ストラップ氏が言った。

                「前の晩にニューヨークを出る臨時列車で乗り込む」 赤十字の救援部隊を装う、と言った。 そして、町に入る直前に機関手を殴って気絶させ、後はゴールドフィンガー自身が機関車を運転する、と語った。

                「夜が明けるまでに諸君のトラック隊も到着しておいて欲しい。 交通係に従って、所定の場所で待機してもらいたい。 こっちは引き込み線に入って、そのままフォート・ノックスに乗り込む」

                  テーブルの向こうでソロ氏が目を輝かせた。 「確かにそこまでは上出来だな。 しかし例の20トンの扉って代物はどうするんだ?」

                「良い質問だ」 ゴールドフィンガーは立ち上がると、黒板の下から大きなダンボール箱を抱え上げると、テーブルの上に置いた。

                「こいつを手に入れるのに100万ドルかかった。 諸君、これはコーポラル中距離弾道ミサイル用に開発された核爆弾だ」

                「そいつは凄え!」 ボンドの隣りのミッドナイト氏が叫んだ。

                  誰もの顔が青ざめている。

                  ボンドも自分の顎の皮膚がピンとこわばったのが分った。

                  えらい事になった! ありきたりな金の密輸犯を追い詰める問題ではすまなくなったのだ。

                  何とかしなければ。 しかし、いったい何が出来るのだろうか?

                 

                  リング氏の青い顔が汗で光っていた。 「その・・・放射能灰とかいうのは?」 小声で言う声は震えていた。

                「そいつはごく少ないんだ、リングさん。 それにごく限られた部分だけでね。 つまりこいつは最新型の、いわゆるきれいな原爆という奴なんだ。 だがもちろん、建物を壊した後に入る連中には防護服を用意する」

                  ゴールドフィンガーは改めて一同を見渡した。

                「町も多少の損害を受けるかもしれん。 しかしそれはフォート・ノックスの3日間の交通事故の損害と同じ程度だろう。 この作戦で生じた損害は、せいぜい交通事故の統計を落とさない程度だね。 諸君、ここまでで機関手の頭にコブが出来るくらいなのを思い出して頂きたい」

                「それなら結構だろう」 ミッドナイト氏の神経は少し回復した様だった。

                「他に質問はありませんかな?」 ゴールドフィンガーは穏やかな口調で言った。 そして、「では」 と前置きして、この計画の暗号名は“グランド・スラム作戦”と名付ける、と言った。 「今後、この部屋は我々の作戦室で、諸君にも昼夜をわかたず集まって頂く」 そして、「全てを戦争の作戦と同じに扱って貰いたいし、そうして貰えると信じます」と、結んだ。

                 

                「さて、皆さんそれぞれ立派な組織のリーダーとして、回答を頂きたい。 この作戦に参加しますかな? 賞金は莫大だ。 リスクは小さい。 ミッドナイトさん、あなたはどうです?」

                  大きく見開かれたX線のような視線が、ミッドナイト氏に注がれた。 「イエスですかな? それともノーかな?」

                 

                *****

                 

                「ミスター・ゴールド」 ミッドナイト氏は大げさな言い方をした。 「確かにこの計画は前代未聞のスケールだ。 あんたと一緒にこの仕事が出来るのは光栄だね」

                「ありがとう、ミッドナイトさん。 では、リングさんはどうです?」

                  ボンドは、このリング氏は怪しいと思っていた。

                  リング氏とスプリンガー氏以外の名前にはプラスの印を付けていたが、リング氏は無印だし、スプリンガー氏にはマイナスの印を付けていた。

                  リング氏はテーブルの上に腕を乗せると、じっとゴールドフィンガーを見つめている。 ひとしきり考え込んでいたが、「話しに加わる」、と言った。

                  次にゴールドフィンガーはソロ氏をうながした。

                「片棒かつごう。 イエスだ」

                  ストラップ氏も参加する、と応え、ミス・ギャロアもやる、と言った。

                「スプリンガーさん、あなたはどうします?」

                  スプリンガー氏は立ち上がると首筋の体操でもする様に、ゆっくりと左右に首を振った。

                「ゴールドさん、デトロイトの連中はあんたの話しには興味を示さないと思う。 では諸君、ごきげんよう」

                  ぞっとする様な沈黙の中で、スプリンガー氏はゆっくりとドアから出て行った。

                  ボンドはゴールドフィンガーがそっとテーブルの下に手をのばすのに気が付いた。

                  オッドジョブへの合図だろう。 しかし、何の合図だろうか?

                  突然、ミッドナイト氏がイスに背をそらした。 「あいつが降りてせいせいしたよ。 まったく感じの悪い野郎だぜ。 ところで・・・」 彼は立ち上がると、ボンドの方に振り返った。 「ちょっと一杯やるのはどうだ?」

                 

                  一同は立ち上がってビュッフェ・テーブルの周りに集まった。 ボンドもミス・マスタートンと共にテーブルに向かう。

                  ミス・ギャロアが隣りに来たので、ボンドはシャンパンを勧めた。 「向こうへ行ってよ、色男。 あたし達女は内緒の話しがしたいのよ。 そうじゃない? ねんねちゃん?」

                  ミス・マスタートンはぱっと赤くなって、次に真っ青になった。 少し俯きながら、「はい、どうぞギャロアさん」と、蚊の鳴くような声で答える。

                  ボンドはミス・マスタートンに苦笑してみせると、ビュッフェ・テーブルから離れた。

                  ミッドナイト氏がボンドの隣りにやって来た。

                「あの娘がお前さんのスケだったら、気を付けた方がいいぜ」 真顔でそういった。 「とにかくプッシーって奴は気に入った女はみんな手に入れちまうんだからよ。 見ててみなよ。 その内にあの娘を鏡の前に連れてって、髪を3つに分けてやったり始めるから」

                「気を付けましょう」 ボンドは陽気に応えた。 「でもあの娘はあれでなかなか我が強いんですよ」

                 

                  ボンドはキャビアとシャンパンを頂きながら、ゴールドフィンガーの手際の良さに感心してしまった。

                  すると突然ドアが開いて、朝鮮人の手下が飛び込んできた。 そしてゴールドフィンガーに何やら耳打ちしている。 ゴールドフィンガーは顔をしかめて聞いていたが、やがて一同に向かうとフォークでグラスを叩いた。

                「皆さん」 悲しそうな目付きで一同を見回す。 「悪い知らせが入りました。 ヘルムート・スプリンガーさんが事故に遭われました。 階段から落ちて即死でした」

                「はっはっは!」 リング氏が笑いにならない笑い声を上げた。 「それで、用心棒のバブグッドは何も言わなかったのかい?」

                「悲しい事に、バブグッドさんも階段から落ちて亡くなりました」

                  ソロ氏がゴールドフィンガーに敬意を見せながら静かに口を開いた。 「我々が帰るまでに、その階段は直してくれた方がいいですな」

                「もちろんです。 すぐに直るでしょう」 

                  ゴールドフィンガーはあっさりと答えた。

                  

                引き続き【ストーリー編8/9】へどうぞ

                 

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                007おしゃべり箱 Vol.50−8 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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                  「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                   

                  007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                   

                  Vol.50-8

                   

                  『原作紹介/ゴールドフィンガー』

                  Ian Fleming’s GOLDFINGER

                   

                  【ストーリー編 8/8

                   

                  by 紅 真吾

                   

                     【ストーリー編 7/8からの続きです。

                   

                   ギャングの巨頭会議がそれぞれに仕事を割り振って終了すると、ゴールドフィンガーはミス・マスタートンは下がらせたが、ボンドは部屋に留め置いた。

                    ゴールドフィンガーは口述してボンドにノートを取らせながら、計画の細部を煮詰めていく。

                    2つの貯水池に麻酔剤を入れる件で、ボンドは薬の効き目の時間を訊ねた。 フォート・ノックスの人間がタイミング良く薬にやられなくてはならない。

                  「それは何も心配する事は無い」

                  「どうしてです? 全てはここにかかっているんですよ」

                  「ボンド君、では君にだけは本当の事を話そう。 どうせ君は他の人間に漏らす事は出来んからな」 ゴールドフィンガーはニヤリと顔をゆがめた。 「フォート・ノックス界隈の全住民は、作戦の前夜12時には1人残らず死んでいるんだよ。 浄水場で入れるのは、GBを高度に濃縮した物なのだ」

                  「あんたは狂ってる! 6百万もの人を殺すなんて正気の沙汰じゃない!」

                  「そうかな? アメリカでは2年間の自動車事故でそれくらいの人間を死なせているよ」

                    ボンドはゴールドフィンガーをまじまじと見つめた。 「そのGBとはなんです?」

                  「トリローネ系の神経系統に作用する毒薬だ。 第二次世界大戦中のドイツで開発されたのだが、連合軍の報復が怖くて使用されなかったと云う代物だ。 そして、大戦末期にソ連軍がドイツの備蓄を全て押さえた。 私の友人が、その中から必要な分を届けてくれたのだよ。 人口の疎らな地域では、給水施設を利用するのが最も効果的なのだ」

                  「なんてひどい事を。 あんたは悪魔だ」

                  「子供じみた事を言ってるんじゃない! やる時はやらねばならん」

                    次にボンドは金塊を町から運び出す点を指摘した。

                  「軍隊に追われたら逃げ場は無いですよ。 よしんば逃げおおせたとしても、いったいどこに隠すんです?」

                  「ボンド君」 ゴールドフィンガーの忍耐は底なしだった。 「ちょうどソ連の巡洋艦が親善航海で、ヴァージニア州のノーフォークに来ている。 その巡洋艦は我々の作戦の前日にノーフォークを出港する。 私の金塊は、始めは汽車で、次は輸送舟艇で当日の夜中までには巡洋艦に積み込んでしまうのだ。 私もクロンシュタットまで巡洋艦さ」

                    ゴールドフィンガーはそう言うと、イギリスやヨーロッパでの事業は全て引き上げてきた、と語った。

                    ボンドは心の中で唸り声を上げた。 この作戦にはスメルシュの後押しがあったのだ。 ギャング連中はゴールドフィンガーの事をスケールの大きい犯罪者、くらいにしか思っていない。 金塊はソ連に運ばれて、ゴールドフィンガーの痕跡は微塵も無い。

                    ソ連がアメリカの財産を略奪する。 これは犯罪では無く戦争行為だ。

                    どうにかして止めなくては。 しかし、どうやって?

                   

                    翌日は、果てしない机上の仕事できりきり舞いだった。

                    ゴールドフィンガーの作戦室からは30分おきに、何とかの写しを寄こせとか、何とかの見積りを寄こせとか、時間表や在庫リストを出せとか、様々な指令が来るのだった。

                    タイプライターがもう1台持ち込まれ、地図や参考書などボンドが要ると言った物は全て持ち込まれた。

                    ティリー・マスタートンもそつなく仕事をこなしていった。

                    ボンドは仕事の合間に親し気に話しかけてみたが、彼女はそっけない態度で受け答えするだけだった。 結局ボンドが知ったのは、齢は24で友達はあまりなく、アールズ・コートの2間続きのアパートに1人で暮らしている、といった程度だった。

                    彼女はミス・プッシー・ギャロアに魅力を感じている様だ。 また、どういう訳か、自分はこの仕事から抜け出せる、と思っている様だった。

                    ボンドは、ティリー・マスタートンはよくあるホルモン配分の違う女性だろう、と思った。

                    別に珍しい事では無い。 現に男女とも同性愛的な傾向はいたる所で見られる様になっている。

                   

                    1日の最後にゴールドフィンガーから指令が来た。

                    フォート・ノックスの空中偵察のために、明日午前10時に5人のギャングのボスと共にチャーター機に乗るので同行せよ、だった。

                    ボンドはしばらく考え込んだ後で、タイプライターの前に座るとグランド・スラム作戦の概要をビッシリとタイプした。 出来上がると小さくたたんで筒に巻き、糊で封をする。 次にもう1枚タイプした。

                   

                   至急にして重大。 この手紙を開かずに、ニューヨーク・シティ、ナッソー街154ピンカートン探偵局のフィリックス・レイターに届けた方には、無条件で引き換えに即金で5千ドルの報奨金を保証す。

                   

                    ボンドはこの手紙を筒に巻き、外側に賞金5千ドルと赤インクで書き入れた。

                   

                  *****

                   

                    10人乗りのイグセキューティヴ・ビーチクラフト機の中で、通路に立ったゴールドフィンガーが一同を見渡した。 「さて諸君、実際のフォート・ノックスを空から見て、はっきりと分ったと思う。 もう1周りして帰るので、よく地図と照らし合わせておいて欲しい。 おいオッドジョブ、持って来た弁当を出せ」

                    ざわざわと質問が出て、ゴールドフィンガーはその1つ1つに丁寧に答えていく。

                    オッドジョブはボンドの隣りから立ち上がって、後ろの方へ歩いていった。

                    ボンドもその後に続いて歩いていくと、トイレへと向かう。

                    狭いトイレの中で、ボンドは腰を下して考えた。

                    ラ・ガーディア飛行場に来る途中では、チャンスは全く無かった。 常にオッドジョブがボンドの傍に張り付いていたのだ。

                    このビーチクラフト機に乗る時もゴールドフィンガーとオッドジョブに挟まれてステップを登り、飛行機の中でもオッドジョブが隣りの座席で見張っていた。

                    ドアの把手がガタガタと鳴った。 オッドジョブが気を揉んでいるのだろう。 「いま出るよ」

                    ボンドはそう声を掛けると、立ち上がって便座を上げた。 内股に忍ばせてきた小さな筒を便座の裏に張り付ける。 “賞金5千ドル”の赤い文字がこちらを睨み返している。

                    これならば、どんなにそそっかしい掃除夫でも見逃すまい。

                    この狭いトイレは頭がつかえそうなので、男でも立ってはやりにくい。 誰もが腰かけて用を足すだろうに違いない、と思った。

                    ボンドは便器の蓋を下すと、水を流してドアを開けた。

                    オッドジョブがカンカンになって立っていた。 ボンドを押しのけるとトイレのなかを丹念に見回し、ボンドを席に促した。

                    着陸するまで、皆が窮屈なトイレのご厄介になった。 その1人1人がトイレから出て来る度に、ボンドはヒヤヒヤし通しだった。 が、何事も無く、飛行機は格納庫に入った。

                   

                    それからの3日間、ボンドは手紙の行方が頭から離れなかった。

                    フィリックス・レイターが所長に報告して、会議。 すぐにワシントンに飛んでFBI長官や大統領へ。 彼らはロンドンのMとも連絡を取っただろうか?

                    例のニセ日本人は捕まえられるだろうか?

                    しかし、レイターが留守だったら? 「あんた、5千ドルなんて出せませんよ。 はい、帰りのクルマ代。 あんたは一杯喰わされたんですな」

                    忙しいままで1日1日が過ぎていき、いよいよ前日になった。

                   

                    深夜のペンシルベニア駅のホームを、白衣を着た一団が特別列車に向かって歩いていた。

                    駅長が足早にやって来た。 「ゴールド博士ですか?」 「ええ、そうです」

                  「入って来るニュースは、どれも良くありません。 フォート・ノックスからは何の応答もありません。 明日の新聞には出るでしょう。 いったいどうしたんでしょうか?」

                  「いやあ、それを我々が調に行くのですよ。 ただ、見当を言えと言われるなら、まあほんの推測ですが、一種の眠り病、いわゆるトリパノソーミアシスと云うやつではないかと思っています」

                  「そうですか」 駅長は病名のややこしさに恐れ入ってしまった様だ。 「とにかく、皆さん救援隊に心から敬意を評します」

                  「ありがとう駅長さん。 私達もあなたのご尽力は忘れません」

                   

                    一同は列車に乗り込んだ。 ボンドが乗ったのはプリマン車で、通路の向こうにティリー・マスタートン、あたりは朝鮮人とドイツ人に囲まれてしまった。

                    ミス・プッシー・ギャロアが通りかかった。

                    ティリー・マスタートンが顔を上げても知らん顔をしたが、ボンドには探る様な視線を向けてぃた。

                  「ミスター・ボンド、あんたはあたしが知らない何かを知ってるわね。 どうもあんたは臭いわ。 あたしは勘が効くんだからね」

                  列車が動き出した。

                    ミス・ギャロアはボンドの返事を待たずに、通路を歩いてボス連中の集まりに加わった。

                   

                    目の回る様な忙しい晩になった。

                    ギャング団のボス達は次々と手下に指令を出し、地図の上で検討したり、逃走経路の確認をしている。 ゴールドフィンガーもメキシコ国境へ逃げるのは誰でカナダは誰、と仲裁に何度も引き出されていた。

                    興奮と欲望のギリギリのところでギャング団が大人しくしているのは、ゴールドフィンガーの貫禄だろう。

                    闘い前夜の神経を静め、ライバル同士のギャング連中に団結心の様なものを生んだのは、緻密な計画とゴールドフィンガーが発散する自信なのだ。

                   

                    列車はペンシルベニアの平原をひた走っていく。

                    誰もが皆、落ち着かない浅い眠りについていた。 だが、ゴールドフィンガーとオッドジョブは眠らなかった。 2人は目を覚まして辺りに気を配っている。

                    ボンドは駅長が言った事を思い出していた。 あの駅長は、確かにフォート・ノックスが危険な状態にある事を知っていたのだ。 それはゴールドフィンガーを罠に嵌める偽装計画の一部なのだろうか? それとも、駅長が聞いた事は本当で、ゴールドフィンガーの毒薬が成功してしまっていたのだろうか?

                    だとすれば、自分にはあとどんな手が打てるのだろうか?

                    ボンドは窓に映った自分の暗い影を眺めながら、疑惑と自責の念にさいなまれていた。

                    果てしなく広がる草原に朝焼けが現れ、ケンタッキーの青空がだんだんと広がってきた。

                    列車はルイ・ヴィルの駅に停まった。 小さな一団がプラットホームでうやうやしく待っていた。

                    ゴールドフィンガーが手下のドイツ人を連れて、プラットホームに降り立つ。

                    駅長がしきりにしゃべって、ときおりゴールドフィンガーが質問をはさんでいる様だ。

                    ソロ氏が列車の開いているドアの所に立った。

                  「ソロ博士、状況は我々が想像していた以上に悪い様だ。 私はこれからこのカバンを持って先頭の機関車に乗る。 君は皆に防毒マスクを着ける様に言ってくれたまえ。 それと鉄道関係者はここで全員降りてもらう」

                  「かしこまりました、教授」 ソロ氏はもっともらしく頷くと、ドアを閉めた。

                    ほどなくして列車が動き出した。

                    あと35マイル、30分程だろう。 看護婦の出で立ちの、プッシー・ギャロアの手下達がコーヒーとドーナッツを配って回る。 彼女達は青い顔をしていて、口もきかない。 へらず口をたたく男もいなかった。

                    急にガクンと速度が落ちて列車が止まりそうになったが、ひと揺れするとまた速度が上がった。

                    死人のハンドルを新しい手がとって換わったのだ。

                    ストラップ氏が勢いよくドアを開けて入って来た。

                  「あと10分だ! 用意しろ! A班班B班C斑は装備を持て! 万事順調だ。 自分の受け持ちをわすれるな!」 ストラップ氏はそう叫ぶと、小走りに次の車両に向かっていった。

                    列車はフォート・ノックスの町に入った。 速度を落とし、歩くくらいにゆっくりだ。

                    ボンドは町の様子を食い入る様に見つめた。

                    2台のクルマが通りで正面衝突している。 つぶれたドアから男の体が半分はみ出していた。

                    モダンな小住宅が並んでいる庭では、シャツとズボンだけの男が刈り込んだ芝生の真ん中にうつ伏せに倒れている。 洗濯物が並んで干してあるロープが途中で垂れ下がり、女が衣類の山に突っ伏している。

                    どの通りにも、ぶざまに倒れた人の姿があった。

                    動く物は何も無かった。 交差点の信号機がのんびりとまたたいている。

                    歩道に乗り上げたり、ショーウィンドーに突っ込んでいるクルマがあった。

                    ボンドの胸が高鳴った。 死の町だ!

                    列車の中でもざわめきが起こっていた。

                    リング氏が派手にニヤつきながらやって来た。

                  「驚いたね! ゴールド親父め。 薬が効いた時にクルマで出掛けた奴は気の毒だったな。 だけどよく言うだろ? 卵を割らずにオムレツは作れねえとな。 そうだろ?」

                  「まったくね」 ボンドはこわばった笑顔を浮かべた。

                   

                    オッドジョブが立ち上がると、ゴールドフィンガーの部下も全員立ち上がって、通路に出て列を作った。

                    ティリー・マスタートンがボンドの袖に手を触れた。 「あれがただ眠っているだけなんて本当? 私、唇から泡みたいなのが出ているのを見た様な気がしたけど」

                    ボンドもそれは見ていた。 「眠り込む前にキャンディーか何かを食べていたんだろうさ。 アメリカ人ってのは、いつでも何かモグモグやっているからね」 そして静かに言い足した。 「私から離れているんだ。 撃ち合いが起きるかもしれないから」

                  ティリーはボンドを見ないで黙って頷いた。 「私、プッシーのそばに居るわ。 あの人が守ってくれる」

                    ボンドは笑顔を見せて「よし」、と元気付ける様に言った。

                    列車はいくつもの切り替えポイントを通っていく。 そしてゆっくりと停まった。

                    機関車の方から汽笛が鳴った。

                    列車のドアがみんな開いて、それぞれのグループが金塊保管所の引き込み線のプラットホームに降り立った。

                   

                    全てが軍隊的なテキパキとしたやり方で進んでいく。

                    プラットホームでは、戦闘配置に従って、各班が整列した。

                    ボンドとティリーは指揮班に入れられた。 ゴールドフィンガーとオッドジョブ、それに5人のギャングのボスからなる班だ。

                    ボンドとティリーは地図と時間表とストップウォッチの係りだった。 さらにボンドは、手違いや遅れを監視してゴールドフィンガーに知らせる役目を命ぜられていた。

                    指揮班は、引き込み線の先に予定通り出ている2台のディーゼル機関車の屋根の上に登る事になっていた。

                    汽笛が2回鳴った。

                    襲撃班を先頭にして、各班が2列になって金塊通りに進んでいく。

                    ボンドはオッドジョブに見張られながら、最後にディーゼル機関車の屋根に登った。

                    金塊貯蔵施設の花こう岩の壁が、陽に照らされて輝いている。

                    あたりの道路という道路には、大型トラックがずらりと並んでいた。

                    その間にも、隊列を組んだ各班が、続々と繰り込んでいくのだった。

                    この隊列以外は完全な静寂だ。

                    門の歩哨は自動小銃を持ったまま監視所の脇に倒れている。

                    防壁の内側では、2個分隊の兵士がもつれ合う様に倒れていた。

                    金塊通りと正門の間では、2台の装甲車がぶつかっていて、機関銃の1つは地面を向き、もう1つは空を向いていた。

                    ボンドは必死になって生きている気配を探した。 が、何も無い。 猫の子1匹動かないし、聞こえてくるのは各班の足音だけだ。

                    ゴールドフィンガーが無線のマイクを取り上げた。 「最後の担架出ろ。 爆破班用意。 退避用意」 そしてボンドの方にゆっくりと向き直った。 「どうだね、ボンド君? 私の計画通りに進んでいるよ。 あと10分たらずで、私は世界一の金持ちだ」 悠然とした口調だった。

                  「その返事は、その10分が過ぎてからにしましょう」 ボンドも平然と応えた。

                  「そうかね? まあそうだろうな」 ゴールドフィンガーはそう呟くと、2台目の機関車の上の一団に目を向けた。

                  「諸君、あと5分だ。 我々も退避しなくてはならん」

                    その時、ボンドの視界の隅で何か動く物、空に向かって上がっていく小さな物が入った。

                   

                    黒い1点がスルスルと上っていって、上がり切った所で破裂した。 耳をつんざく様な爆発音があたりに響き渡る。

                    すると、倒れていた兵隊達がパッと起き上がり、装甲車の機関銃が門を守る様に向きを変えた。

                  「そのまま動くな! 武器を捨てろ!」 拡声器の声が響いた。

                    しかし、護衛の1人が空しい銃声を轟かせると、後は地獄の様な騒ぎになった。

                    ボンドはティリーの腰に手を回すと、一気に飛び降りた。 隠れる様に列車にそって走り出す。

                    ゴールドフィンガーが「あいつらを逃がすな! 殺せ!」と、叫んでいるのが耳に入った。

                    ティリーの手がボンドを引き戻した。 怒った様な金切り声を挙げている。 「嫌よ、嫌! 止まって! 私、プッシーのそばに居るわ。 あの人と一緒なら安全なんだから」

                  「バカっ、走るんだ! 死にもの狂いで逃げるんだ!」

                    オッドジョブがプラットホームを猛烈な勢いで追って来る。

                    ティリーはボンドの手を振りほどくと、開いている列車のドアに飛び込もうとする。

                    しまった! もう追いつかれる! ボンドはベルトからナイフを抜くと、振り返ってオッドジョブに向かって構えた。

                    10ヤード先でオッドジョブは足も止めずに片手を帽子にやった。

                    帽子がうなりを上げて飛んで、狙いたがわずティリーのうなじに当たった。

                    彼女は声も立てずに、仰向けに倒れる。

                    オッドジョブは足元に転がったティリーを飛び越えると、右手を刀の様に振りかぶって飛びかかって来た。

                    ボンドは首をすくめて、ナイフを上へ横へと突きまくる。

                    どこかあばらのあたりに当たった様だったが、宙を飛んできた体の勢いで、ナイフはボンドの手から飛んでしまった。

                    オッドジョブが襲いかかって来る。 怪我をした様には見えない。

                    片足を後ろに引いて、飛び蹴りをする構えだ。

                    その時、あたりの銃声を上回る大きさで、汽笛が3回鳴った。

                    オッドジョブは獣の様な唸り声を上げると、パッと飛び上がった。

                    ボンドは横に伏せたが、肩のあたりに恐ろしい一撃を受けて伸びてしまった。

                    いよいよとどめの一撃か。

                    だが、ボンドのくらくらする目に、オッドジョブがプラットホームを飛ぶように逃げていく姿が見えた。

                     既に先頭の機関車は動き始めている。

                    オッドジョブは機関車に追いつくと、ステップに飛びついた。 一瞬、宙に浮いた様になったが、すぐにステップを登って機関車の中に姿を消した。

                    機関車は速度を上げて、みるみる遠ざかっていった。

                   

                  「ジェームス!」という声にボンドは振り返った。

                    フィリックス・レイターが1個小隊の兵隊を連れて、プラットホームを走って来る。

                    ボンドは立ち上がると、懐かしそうに笑いかけた。 そして「このマヌケ! 何だってあの線を塞いでおかなかったんだ?」と、ふざけて言った。

                    レイターは大声で笑った。 「まあ聞けよ。 この舞台監督にケチを付けたかったら大統領に言うんだね。 今日の作戦は大統領が自ら指揮を執ったんだ。 うまいもんだったぜ。 たぶん今頃は偵察機が飛んでるよ。 機関車なんかすぐに見つかるさ。 それに奴らが機関車に乗ったままでいるなんて、こっちが分る訳無いだろう?」 レイターはそう言ってボンドの肩をたたいた。 「とにかく会えて嬉しいよ。 この連中と私は君を守るのが任務だったんだ。 うろうろと君を探し回ったんで、両方から挟み撃ちにされたぜ」 

                    兵隊達が声を立てて笑った。 「まったくですよ、隊長」

                  「ありがとう、フィリックス。 君はいつも上手く私を助けてくれるが、今回ばかりは危なかったよ。 ティリー・マスタートンはやられてしまったらしい」

                    ボンドはレイターと一緒にプラットホームを歩いた。

                    ティリーの体は倒れた時のまま横たわっていた。 壊れた人形の様に首が曲がっている。

                  「可哀想な女だった。 この子も私についてきさえすれば助かっただろうに」 ボンドは言いわけでもする様にレイターに顔を向けた。

                  「そうだろうな。 そう気を落とすな」

                    ボンドはティリーの亡きがらに目を落とした。 飛ぶ様に走るTR3で水玉のハンカチで髪をくるんでいた、華やかで気位の高い娘の姿を思い出す。

                    その時、ヒューンと音を立てて、空高くに黒い小さな物が上がっていった。

                    そしてパーンという音と煙が出た。

                    戦闘終了の合図だった。

                   

                   

                  引き続き【ストーリー編9/9】へどうぞ

                   

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                  007おしゃべり箱 Vol.50−9 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

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                    「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                     

                    007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                     

                    Vol.50-9

                     

                    『原作紹介/ゴールドフィンガー』

                    Ian Fleming’s GOLDFINGER

                     

                    【ストーリー編 9/9

                     

                    by 紅 真吾

                     

                       【ストーリー編 8/9からの続きです。

                     

                      翌日、ボンドはワシントンで国賓待遇並みの歓待を受けた。

                      造幣局から様々な挨拶を受け、国防省でお偉方との昼食会、そして大統領との会見だった。

                      その後はFBIのフーバー長官の部屋で、ボンドの方のA局も立ち会って、速記者の一団との重労働となった。

                      それが終わると英国大使館へ移動して、大使館の暗号秘密無線でMに報告の電話を入れた。

                      やはりボンドが思っていた通り、ゴールドフィンガーがユニバーサル貿易に宛てたニセ電報は、緊急事態の扱いとなっていた。

                      リカルヴァーとコッペの工場が捜索され、金密輸の証拠が見つかったのだった。

                      インド政府にもメッカ航空の情報が送られ、そちらの方での密輸も洗い出されつつあった。

                      Mはボンドのグランド・スラム作戦への対応は喜んだが、イングランド銀行がゴールドフィンガーの2千万ポンドもの金塊の行方を心配している、と伝えてきた。

                      ゴールドフィンガーは自身の金塊をニューヨークのパレゴン保管庫に預けていたのだが、作戦の前日に全て運び出していたのだった。

                     

                      次の日の夕方、ボンドはフィリックス・レイター自慢の黒のシュチュディラックに乗せて貰い、アイドルワイルド空港に向かっていた。

                      その晩にボンドが乗る英国航空のモナーク機の時間にはまだたっぷり時間があるのだが、レイターはクルマの自慢をする様に、かなりのスピードで運転していた。

                    「フィリックス、そろそろ君もこんなクルマから卒業したらどうだい?」

                    「前に信号があるだろ。 あいつが赤に変わる前に通り抜けてみせるぜ」

                      レイターがアクセルを踏み込むと、クルマは蹴とばされでもした様に急加速した。

                    「わかった、わかった。 それはそうと、ゴールドフィンガーはまだ捕まらないのかい?」

                    「実は手掛かり1つ掴めていないんだ。 機関車はすぐに見つけたよ。 でもゴールドフィンガーと部下達はどこかで降りてしまってたんだ。 ギャングのボス連中も姿を消しているところを見ると、たぶん一緒だろう。 奴らはソ連の巡洋艦には乗っていないよ。 報告によると、巡洋艦は予定通りに乗組員以外は誰も乗せずに出港している」

                     

                      ボンドは助手席に座ったまま、ある無念を感じていた。

                      ゴールドフィンガーを捕まえ、奴が貯め込んだ金塊を取り返すのが今回の任務だったのだ。 が、それは2つとも失敗したのだ。

                      グランド・スラム作戦を潰す事が出来たのは、奇蹟以外の何物でもなかった。

                      例のビーチクラフト機で掃除夫がボンドの手紙を見つけたのは、2日経った後だった。 そして、掃除夫がピンカートンに届け出たのが、レイターがカリフォルニアに出張に出かける30分前だったのだ。

                      しかし、それから1時間と経たない内に、事態は大統領のところまで持ち込まれたのだった。

                      そう、確かに米国側にとっては万事が上手くいった。 しかし、英国側にとってはどうなのだ?

                      英国から持ち出された金塊は、依然として行方不明なのだ。

                     

                      スチュディラックはコンクリートの箱を寄せ集めた様な仮設空港ビルの前に停まった。

                      ボンドはカバンを手にすると、クルマから降り立った。

                    「いろいろとありがとう。 何か判ったら連絡をくれ」

                    「もちろんだ。 吉報を待ってろよ。 じゃ、これで」

                      レイターはクルマに乗り込むと走り出した。 ボンドは手を上げてクルマがドライブ・ウェイに滑り出ていくのを見守った。

                      そんなボンドに応える様に窓からレイターの義手が光って、クルマは走り去っていった。

                     

                      ボンドはカバンを持ち上げると、英国航空のカウンターに向かった。

                      出発までまだだいぶ時間がある。 ボンドはレストランのバーでバーボンのハイボールをチビチビやりながら時間をつぶす。

                      そうこうしている内に、ボンドの名前がアナウンスされた。

                    「英国航空510便ガンダー経由ロンドン行きにご搭乗のジェームス・ボンド様、カウンターまでお越し下さい」

                      米国に滞在中にいくら稼いだか、という例の税金申告の件だろう。 やれやれ、と思いながらボンドは英国航空のカウンターに向かった。

                      事務員は丁寧だった。 「ボンド様、恐れ入りますが健康証明書を拝見します」

                      ボンドはパスポートの間から書類を出した。

                    「実はガンダーでチフスが発生してまして、過去半年以内に予防注射をしていないお客様には、改めて予防注射を受けて頂く事になりました。 お手数ですが、どうぞこちらへ」

                    「しかし君、私はいろんな注射をしこたまやられてるんだぜ」 ボンドはむっとして答えた。

                      カウンターの周りは妙にガランとしている。 「他の乗客は?」 

                    「皆さん同意なさって奥で注射を受けています。 どうぞこちらへ」

                    「ふん、しょうがないなあ」 ボンドは肩をすくめてみせると、奥の部屋に入った。

                      お定まりの白衣を着た医者が、注射器を持って待っていた。 「この人で最後かね?」

                    「ええ、最後です」

                      ボンドは医者に言われるまま、上着を脱いでシャツの袖をまくった。

                      アルコール消毒の匂いがして、針がチクッと刺さる。

                    「どうも」 ボンドはぶっきらぼうに言って袖を下す。 そして上着を取ろうとした。

                      が、手は上着を取りそこなった。 膝が崩れ落ち、ボンドは意識が遠のいていくのを感じていた。

                     

                    ***** 

                     

                      機内は眩しいくらいに明るかった。

                      ボンドは自分の手首が座席の腕に縛り付けられているのに気が付いた。

                      どうしたんだ? 注射をされて意識を失ってしまったが、暴れたり何かしたのだろうか? これはいったいどういう事なのだろう?

                      ボンドは通路側の客に目を向けた。

                      何んという事だ! オッドジョブが座っている! ボンドは自分の目が信じられなかった。 オッドジョブが英国航空の制服を着て座っているのだ。

                      オッドジョブは面白くも無さそうにボンドを一瞥すると、スチュワーデスを呼ぶベルを押した。

                      プッシー・ギャロアがやって来た。 紺のスチュワーデスの制服をキリッと着こなしている。

                    「やあ、色男」 そう言うと、探る様な目つきでボンドを見おろした。

                      ボンドはやけになっていた。 「こりゃいったいどういう事だい? 君達はどこに隠れていたんだ?」

                      彼女は陽気に笑った。 「英国航空の機内サービスって大盤振る舞いね。 キャビアだのシャンパンだのって、お大尽様だわ。 さあ、どうぞ楽にして。 ボスがあんたに話しがあるんだって」 そう言うとお尻を振りながら前の方へ行き、操縦室のドアをノックした。

                      もう、ボンドは驚かなかった。

                      かなり小さすぎる機長の制服を着たゴールドフィンガーが、操縦室のドアを閉めて通路を歩いて来る。

                      ボンドの席まで来ると、もの凄い目付きで見下ろした。

                    「やあボンド君、どうやら勝負はとことんまでつける運命のようだな。 ふん!」 怒りを抑えながらも、敬意が混じった口ぶりだった。 「君が獅子身中の虫だった事は判った」 大きな頭がゆっくりと揺れる。 「なぜそんな男を生かしておいたんだ! なぜ虫けらの様に踏み潰してしまわなかったのか! それは、君とあの女は役に立つと判断したからだ。 その点では私の目に狂いは無かった。 だが、それ以上に危険だという事に気が付かなかった! 私はどうかしていたんだ」 声が沈んでいく。 「話してもらおうじゃないか。 どうやってグランド・スラム作戦を失敗させたのだね?」

                      ボンドも負けずに応えた。 「いいだろう。 しかし、その前にこのヒモを解いて、バーボン1本とソーダ水、氷、それにチェスターフィールドを1個持ってこなければダメだ。 それが来て私が聞きたい事に答えてくれたら、こっちも全部話してやろう」

                    「君の条件に異議は無いな。 敵としての君に敬意を払って、君の最後の旅は快適にさせてやろう。 オッドジョブ! このヒモを解いてやれ。 そして前の座席に移れ。 彼を操縦室のドアに近づけさせるな。 なるべくなら生かして連れて行きたいが、必要とあらば殺してしまってもいい。 それとミス・ギャロアを呼べ」

                     

                      5分後には、ボンドは欲しい物は手に入れていた。

                      ゴールドフィンガーは通路の向こう側の座席に腰を下ろしている。

                      ボンドはプッシー・ギャロアが持って来てくれたタバコに火を点けてから、グラスにバーボン・ウィスキーとソーダ水を注いだ。

                      グラスの下のコースターに何か書いてあった。 「あたしがついてる。 ××P」

                      ボンドは座席の背を倒して、楽な姿勢をとった。

                    「ところでゴールドフィンガー、あれからどうしたのか、これからどこへ行くのか、聞きたいね」

                      ゴールドフィンガーはニヤリと笑うと、ボンドを見つめた。

                    「トラックを3台使ってハッタラス岬まで横断したんだ」 気楽な世間話の様な口調だった。

                      トラック1台にはニューヨークから持ち出した金塊、あとの2台には部下とギャングのボス達だと言う。

                    「海岸に着くと部下は必要な数だけ残して、他は金をやって散らせた。 ボス連中はミス・ギャロア以外は例のやり方で片付けたよ。 ミス・ギャロアには、連中は金を持って単独行動になったと伝えた。 残ったのは私とオッドジョブの他に男6人と女1人、それとトラック1台分の金塊だ。 飛行機を雇ってニュージャージーに飛んだ。 それから1人でニューヨークのある所へ行き、モスクワと連絡をとった。 グランド・スラム作戦の失敗を連絡したのだがね、彼らは君の名前に非常に興味を示したよ。 彼らと云うのは・・・」 と、じろりとボンドをにらむ。 「スメルシュと云う俗称で呼ばれている連中だよ。 彼らは君が何者かを教えてくれた。 それでこっちも全て謎が解けたと云う訳さ。 彼らは是非とも君を尋問したいそうだ。 そこで私は考えをめぐらした。 君が予約した飛行機を探り出す事など造作も無かった。 後は冷静なはったりと変装で、この飛行機を手に入れた。 部下にはドイツ空軍だったのが3人居てね、飛行機を飛ばすのは何でも無いのだよ。 英国航空の従業員や乗員、それに乗客全員には、例の注射をして眠ってもらった。 制服を頂いて金塊を積み込み、君は担架で運びこんだ」 ゴールドフィンガーは一息ついた。 脚を組み直すと言葉を続けた。

                    「もっとも、離陸の際は少々トラブったよ。 こっちはアイドルワイルド空港のやり方なぞ知らんし、管制官のしゃべる言葉など訳が解らんしな。 それでKLM航空の旅客機の後ろに強引に割り込んで離陸したんだ。 ずっと無線で呼び出してきてるよ。 だが、そんな事など何とも思っちゃいない。 モスクワでもキエフでも、どこでも着陸許可は取ってある。 燃料は充分にあるんだ。 英国航空の民間機を撃墜など出来まい? このままソ連圏に入ってしまえば、影も形も残らんよ」

                      ボンドはグランド・スラム作戦の概要を聞いて以来、ゴールドフィンガーが何をやろうと突飛とも不可能とも思わなくなっていた。 この男は犯罪については天才的な能力を持っているのだ。

                    「さて、英国秘密情報部のジェームス・ボンド君、さっきの取引通り、今度は君の番だよ。 君を私に寄こしたのは誰だね? 私の何をを疑ったのかな? それに、私の計画をどうやって妨害したんだね?」

                      ボンドはあらましを語った。 ただ、スメルシュの金の受け渡しや、ホーマー発信器の事は黙っていた。

                    「だからゴールドフィンガー、あんたは際どい所で逃げられたんだ。 もしコッペの工場でティリー・マスタートンの邪魔が入らなければ、あんたはスイスの監獄で英国に送られるのを待っているところだろうさ。 あんたはソ連に逃げ込めば安泰だと思っている様だが、我が情報部を甘く見ない方がいいぜ」

                     

                      飛行機はリズミカルな振動を続けながら、月光に照らされた壮大な光景を見はるかして飛び続けていた。

                      機内の明かりは落とされていて、ボンドは暗い座席に収まったまま、どうやったらこの飛行機をガンダーかノヴァ・スコシアに不時着させられるかを考えあぐねていた。

                      飛行機に火を点ける事は出来ないだろうか? 乗降ハッチを押し開く事は出来ないだろうか?

                      プッシー・ギャロアが食事を持って来てくれた。 ナプキンの下に鉛筆が隠されていた。

                      が、ボンドは半分ほど食べ散らかした程度で、あれこれ考えながらかなりの量のバーボン・ウィスキーを飲んでしまった。

                      1人のドイツ人がやって来て、ボンドの座席の横に立った。 アイドルワイルド空港のカウンターに居た男だ。

                    「英国航空のサーヴィスは良いでしょう。 俺はあんたがバカげた事をしでかさない様に後ろで見張っている様に言われてるんだ。 だから大人しく空の旅を楽しむんだな」

                      ボンドが返事をしないので、男はそのまま客室の後ろへと歩いていった。

                      ボンドの頭の中で何かがひらめいた。 ハッチを無理に押し開けた事に関係がある事だ。 で、その飛行機はどうなったんだっけ!

                      ボンドはじっと座ったまま、考えをめぐらした。

                     

                      ボンドはナプキンの裏に鉛筆でメモを書いた。 「全力を尽くす。 シートベルトをしめろ。 ××J

                      プッシー・ギャロアが食事のトレーを下げに来た。

                      ボンドはわざとナプキンを落としてから拾い上げて、彼女に渡す。

                      彼女はトレーを取り上げる時、すばやくボンドの頬に接吻した。 「ねえ色男、あたしはあんたの事を夢に見るわよ」 そう言うと後ろの配膳室に去っていった。

                    ボンドの肚は決まった。

                      靴底から抜き取ったナイフは、すでに上着の下に隠してある。

                      ボンドはシートベルトの長いほうを左手首に強く巻き付けた。

                      前の席のオッドジョブが眠り込んでしまうのは望み薄だろうが、窓側に背を向けるだけでもいい。

                      1時間、2時間。 ボンドはいびき声を漏らし始める。 リズミカルに、あわよくば催眠効果を狙って。

                      オッドジョブの頭が一度こっくりと頷いて、あわてた様に真っすぐに起きる。 次に左に頬杖をついて、窓から顔をそらした。

                      ボンドは単調ないびきを続ける。 ゆっくりとナイフを持った手を、壁とオッドジョブの座席の間にのばしていく。 改めてシートベルトを強く握りしめた。

                      そして、力いっぱいナイフを窓に突き立てた。

                     

                      この世のものとは思えない風の悲鳴が起こり、手にしたシートベルトの端がちぎれる程の勢いでボンドはオッドジョブの座席の背に引き寄せられた。

                      座席の背にしがみつきながら顔を上げた。

                      オッドジョブの体が割れた窓に向かって伸びていく。 頭が窓を抜け、肩が枠にぶつかる。 しかし、まるで練り歯磨きの様にオッドジョブの体は穴に吸い込まれていく。

                      一瞬大きな尻がつかえたが、すぐに飛び出すと、オッドジョブの姿は消えた。

                      エンジンの唸りが割れた窓から客室中に響きわたった。

                      飛行機は機首をぐっとさげて、下に突っ込んでいく。

                      後ろの配膳室からガシャガシャとすさまじい音が聞こえてきた。

                      枕や毛布が目の前をかすめて続々と窓から飛び出していった。

                      肺がしびれる様に痛い。 ボンドは座席の間に崩れ落ちてしまった。

                     

                      次にボンドが気が付いたのは、あばらにくる鋭い足蹴りだった。 口の中に血の味がした。

                      膝で立つ様にして座席の間に体を起こす。

                      ゴールドフィンガーが目の前に立ちはだかっていた。 悪鬼の様な形相で、手に小型拳銃を握っている。

                      ゴールドフィンガーが蹴ってきた。

                      ボンドはその足をつかむと、思いっ切りねじり上げる。

                      悲鳴を上げたゴールドフィンガーが通路に倒れこんだ。

                      ボンドは通路に飛び出して、太った体に飛びかかる。 顔面を焦がして銃声。

                      もがく体を殴り蹴り、その間もギラギラした顔に何度も頭突きを喰らわせる。

                      拳銃がボンドに向けられた。 すかさず横に払いのける。

                      ゴールドフィンガーの両手が、ボンドの喉にかかった。 ボンドもゴールドフィンガーの頸に手をまわした。

                      全体重をかけてゴールドフィンガーの喉を締め上げていく。

                      丸顔の形相が変わってきた。 目が飛び出してくる。

                      ボンドの喉にかかっていた手の力が緩んできた。 その手がパタンと床に落ちる。

                      ボンドはしばらく手を緩めずにいた。 が、深いため息をつくと、ゆっくり立ち上がった。

                     

                      ボンドは膝をついてゴールドフィンガーの拳銃を探した。 コルトの.25口径だった。

                      配膳室のわきの座席で、プッシー・ギャロアがぐったりとしている。

                      その先の通路では、見張りの男が頭と腕を奇妙な恰好にして倒れていた。

                      ボンドはプッシー・ギャロアのシートベルトを外すと、床に寝かせて人工呼吸をする。 程なくして彼女がうめき声を上げた。

                      ボンドは彼女をそのままにして、見張りの男に向かった。 上着の下のホルスターから拳銃を取り出す。 ルーガー・ピストルだった。 弾倉には弾丸がいっぱい詰まっている。

                      配膳室の床を前後に転がっているバーボン・ウィスキーのボトルがあった。

                      ボンドはそのボトルを取り上げると、栓を外してラッパ飲みする。

                      ウィスキーがまるで消毒薬の様に腹にしみ渡った。 ようやく少し人心地がついた。

                      ボンドは両手に拳銃を持って操縦室に向かった。

                      ドアの前でちょっと考えをまとめてから、レバーを叩き降して操縦室に入った。

                     

                      計器灯の明かりで青く照らされた5人の顔がボンドを振り返った。

                      ボンドは脚をふんばって、両手の拳銃を構えなおした。

                    「ゴールドフィンガーは死んだ。 ヘタなマネをする奴は打ち殺す。 パイロット、現在位置と高度、速度を言え」

                      パイロットがゴクリとつばを飲み込むのがわかった

                    「はい、今グース湾から東へ500マイルくらいの所です。 高度は2.000。 時速250マイルです」

                    「この高度では燃料を食うだろ。 あとどれくらい飛べる?」

                    「私の見積りでは、あと2時間くらいかと」

                    「気象観測船のチャーリー号はどこだ?」

                    「北東の300マイルほど先です」

                    「パイロット、グース湾まで行けると思うか?」

                    「いえ、100マイルばかり手前でしょう。 せいぜいその北端につけるくらいです」

                    「よし、進路を気象観測船のチャーリー号に向けろ。 通信士、チャーリー号を呼び出してマイクをかせ」

                      機体が大きくバンクする中、通信士が落ち着いた声でチャーリー号を呼びかけた。

                    「気象観測船のチャーリー号へ、こちらはスピードバード510便。 G-ALGYよりチャーリー号のCへ、G−ALGYよりチャーリー号のCへ・・・」

                      すぐに鋭い声がスピーカーから流れ出た。 「G-ALGY、現在位置を知らせよ。 こちらはガンダー管制塔。 G−ZLG、現在位置を知らせよ・・・」

                      今やいたる所から呼びかけて来た。 各管制塔が協同して大急ぎで方位測定を行っているのだろう。

                      だしぬけにチャーリー号の声が入ってきた。 「こちらチャーリー号、スピードバード501便どうぞ。 チャーリー号よりG-ALGYへ、聞こえるか?」

                      ボンドは小さい方の拳銃をポケットにしまうと、マイクを取った。

                    「チャーリー号、こちらはG-ALGY昨夜アイドルワイルド空港で盗まれたスピードバード501便。 首領を殺し、機内の気圧を下げて飛行機能の一部を破壊した。 乗員は拳銃で見張っている。 グース湾までは辿り着けそうもないので、出来るだけ貴船の近くに不時着する。 照明弾を頼む。 以上」

                    「スピードバード、こちらはチャーリー号。 今の件は了解した。 発信者の名前を問う。 発信者の名は? 以上」

                      ボンドは自分の言葉がどんなセンセーションを巻き起こすか想像して、ニヤリと笑ってしまった。

                    「スピードバードよりチャーリー号へ、こちらは英国の秘密情報部員007。 ホワイトホールへ照会してくれ。 くり返す、007。 以上」

                      あっけにとられた沈黙。 そしていたる所から割り込もうと声がかかる。 おそらくガンダーの局が管制したのだろう、その声が消える。

                    「チャーリー号よりスピードバードへ、ホワイトホールに照会した。 ただロンドンとガンダーが詳細を要求してきて・・・」

                    「失礼、チャーリー号。 こっちは5人の男達を見張りながら報告など出来ない。 海面の状況だけ知らせてくれ。 それだけで不時着までは交信しない。 以上」

                    「了解。 こちらは風力2。 海面は大きな緩いうねりで、波頭は無い。 以上」

                    「ありがとうチャーリー号。 これでスピードバードからの送信を終わる」

                      ボンドはスイッチを切るとマイクを通信士に渡した。

                    「パイロット、聞いた通りだ。 落ち着いていこう。 上手く不時着して生き延びるんだ。 海面に着いたら俺がハッチを開けるから素早く脱出するんだ。 しかし、それまではここから出るなよ。 ドアから出てきた奴は撃ち殺す。 いいな」

                      ボンドはそう言い残すと操縦室を出た。

                     

                      客室の窓から下に海が迫って来るのが見えると、ボンドは客室の後尾に行ってプッシーに救命胴衣を着せて、座席の上に頭を抱えてひざまずかせた。

                      ボンドも救命胴衣を着ると、彼女の背中にかぶさる様に両腕でしっかりと抱えて背中を前の座席の背にぴったりと突っ張った。

                      このあまり品のよくないポーズに、彼女がふざけたセリフを口にした時、スピードバード510便は時速100マイルで最初のうねりの山にぶつかった。

                      機体は大きくバウンドして、次にはうねりの壁に正面から突っ込んだ。

                      この衝撃で機体の後部が折れた。 荷物室の金塊の重みで、機体が真っ二つにち切れたのだ。

                      ボンドとプッシーは氷の様なうねりの中に放り出される。

                      2人は気絶した様になって海面を漂っていた。

                      海面には機体の残骸が少し浮いているだけだった。 金塊と乗員もろとも、機体はあっという間に沈んでいったのだ。

                      サーチライトが2人を照らし出し、ボンドとプッシーはライフボートに引き上げられた。

                     

                      チャーリー号に乗り移ると、2人は下へもおかぬ歓迎を受けた。

                      ボンドはいくつかの緊急な質問には答えたが、早々に勘弁してもらって横にならせて貰った。

                      体中のあちこあちが痛かったが、ウィスキーの程よい酔いに身をまかせながらのびのびと手足を伸ばして横になる。

                      どうしてプッシー・ギャロアはゴールドフィンガーよりボンドの側についたのだろうか?

                      そんな事を考えていると、隣の船室のドアが開いて、当の彼女が入ってきた。

                      漁師が着る様なグレイのセーター1枚しか着ていない。 しかも、かろうじて腰が隠れている、といったあられもない姿だった。

                    「みんながマッサージしてやろうか、って言うのよ。 どうせやってもらうなら、あんたにして貰いたいわ」 最後は舌足らずな言い方になる。 「だから、ここに」

                    「ドアに鍵をかけて、そのセーターを脱いでベッドに入れよ。 風邪をひくぜ」

                      彼女は素直な子供の様に、言われた通りにした。

                      ボンドのわきの下にもぐりこむと、顔を見上げる。

                    「あたしがシンシン刑務所に入っても手紙をくれる?」 その声はギャングのボスでは無く、ただの女の声だった。

                      ボンドは深みのある青紫の目を見下した。 その目に軽く口づけする。

                    「噂によると君は男嫌いだそうじゃないか」

                    「これまでまともな男に出会って無かったからよ」 その声に、またちょっとしぶとそうな色が出てくる。 「あたしは南部の出なの。 向こうでは処女をどう扱うか知ってる? ひどいものよ、12の時だったわ。 あんたなんかには想像もつかないでしょうね」

                      ボンドは青白い綺麗な顔に笑顔を向けた。

                    「そいつはTLCを一通り受ければ治るよ」

                    「なあに、そのTLCって?」

                    「テンダー・ラヴ処方って云うんだ。 カウンセリング処方の一種だよ」

                    「気に入ったわ」 彼女の腕がボンドの首に絡みついてきた。 「それは、いつ始まるの?」

                      ボンドの右手がゆっくりと彼女の腰を撫でて腹から右の胸にゆく。 乳首が固くこわばっていた。

                    「今からさ」 ボンドは囁きながら、口を彼女の唇に寄せた。

                     

                     

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                      以上は、ハヤカワ・ミステリ文庫の〈HM−1〉 ゴールドフィンガー 井上一夫訳(敬称略) を、私が読んだ上での要約・抜粋です。

                      「あらすじ」としてまとめる関係上、一部翻訳内容とは異なってしまった部分があります。 この部分は私=紅真吾の創作である事を明記致します。 加えて、井上一夫氏の翻訳に対して、他意は無い事を申し上げます。

                     

                      文末になってしまいましたが、イアン・フレミング氏による小説の発行にご尽力下さいました株式会社早川書房の関係者の皆様、並びに翻訳下さった井上一夫氏に対して、あらためて感謝申し上げます。

                      読者諸兄よ、こうして原作のアウト・ラインが分ったのですから、是非とも原作を手にして頂きたいと思います。 

                     

                     

                    引き続き【解説編】をどうぞ。

                     

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                    007おしゃべり箱 Vol.50−10 『原作紹介/ゴールドフィンガー』

                    0

                      「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                       

                      007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                       

                      Vol.50-10

                       

                      『原作紹介/ゴールドフィンガー』

                      Ian Fleming’s GOLDFINGER

                       

                      【 解説編

                      by 紅 真吾

                       

                        原作小説の7作目である『ゴールドフィンガー』(1959年)の「ストーリー編」は、如何でしたでしょうか。

                       

                       

                      【ストーリー編 1/9 【ストーリー編 2/9 【ストーリー編 3/9

                      【ストーリー編 4/9 【ストーリー編 5/9 【ストーリー編 6/9

                      【ストーリー編 7/9 【ストーリー編 8/9】 【ストーリー編 9/9 でした。

                       

                        今回も、それなりにお楽しみ頂けたのではないか、と思ってはおりますけど。

                        『特別篇 007シリーズ原作リスト』で記した通り、大まかなストーリーは映画と同じです。

                        前作の『ドクター・ノオ』を周到する様に、容貌魁偉な悪役が登場して現実離れした大陰謀が繰り広げられます。 

                        が、スケールとテンポは映画とは全く違います。 その点を割り引いても、原作小説はイマイチであると感じました。

                        で、イマイチの原作をサラッとやったら、てんで面白く無いのであります。

                        序盤のフロリダでのイカサマのくだりを書いていて、こんな調子で書き進んでいったらてんでつまらないナ、と感じて書き直しました。

                        何せ映画の方はシリーズを代表する1本です。 「原作は面白く無い」と、予めお伝えしてはおりますが、だからと言って、「そうだな、確かに面白く無いな」なあんて感想を持たれてしまっては、せっかくの「原作紹介」もむなしい。

                        となれば、ある程度書き込んで、原作の内容をお伝えして、その上で読者諸兄に「確かに面白く無いが、そこそこに楽しめるではないか」みたいな感想を抱いて頂けなければ、アタシの努力は報われません。

                        初めはゴールドフィンガーとのゴルフ対決など書き飛ばそうと思っていました。 こんなの全体のストーリーの流れからは傍流です。 でも、上っツラだけトレースしては、ゴールドフィンガーがどんなに姑息な、なんてズルイ男か伝わりません。 でもって、泣く泣くシコシコと綴った次第です。

                        ゴールドフィンガー邸での夕食など、スキップするつもりでした。 こんなの無くたってストーリー上なんら支障がありません。 が、ここでオッド・ジョブの“スゴ技”が披露されました。 ここはスキップするワケにはいきません。

                        で、泣く泣くシコシコと綴った次第です。

                        ゴールドフィンガーのロールス・ロイスを追っての、フランス縦断のドライブもしんどかったです。

                        元々、ゴールドフィンガーがスイスに工場を持っている事はイングランド銀行のスミザース元中佐の口から説明されております。 ロールス・ロイスの重さが2トンだろうが3トンだろうが、そんなの5トンでも6トンでも運搬可能な輸送機をチャーターしてさっさとジュネーブへ飛べばよろし。

                        フォート・ノックスの襲撃計画も、どう考えてもイマイチ。 そもそも、フォート・ノックスに駐屯している各部隊との連絡が途絶えたら、遅くとも8時間以内に各方面から偵察部隊が派遣されます。 悠長に金塊の積み込みなどやってられんでしょう。

                        だいたい、大舞台となるグランド・スラム作戦については、「緻密な計画が立てられ進行していった」ってなカンジの記述がなされているだけで、てんで緻密な計画内容の記述はありません。 金塊貯蔵施設の構造について多少の突っ込んだ記述があるだけで。

                        別にアタシが端折ったのでは無いのでありまして、実際にフレミング氏の記述がそうなのです。

                        また、所々、1人称2人称3人称がごちゃごちゃになっておりまして、読んでいてホトホト疲れました。

                        てな訳で、今回はシンドかったです。 書き込むのはイイのですが、元がモトだけに筆が進まンのですわ。 為に前回の『〜/ドクター・ノオ』から5ヶ月も経ってしまいました。

                       

                        今回の『ゴールドフィンガー』で特筆すべきは、映画版で言うところのボンドガールが3人登場する事でしょう。

                        今までは、『カジノ・ロワイヤル』=ヴェスパー・リンド、『死ぬのは奴らだ』=ソリテア、『ムーンレイカー』=ガーラ・ブラント、『ダイヤモンドは永遠に』=ティファニー・ケイス、『ロシアから愛をこめて』=タチアナ・ロマノヴァ、『ドクター・ノオ』=ハニー・ライダー、と1人です。

                        今回のボンド君は、ジル・マスタートン、ティリー・マスタートンの死に自責の念を感じておりました。

                       

                      【金本位制】

                        小説『ゴールドフィンガー』が執筆されていた頃は、各国とも基本的に「金本位制」をとっていた事が解ります。

                        スミザース元中佐が語る通り、中央銀行が発行する紙幣と同額の金を常時保有し、金と紙幣との兌換を保証する、というものです。

                        現在では各国とも「変動相場制」ですね。

                        アタシは理系出身なので、こういった経済用語は身近の文系のかたに教えて貰って下さい。

                       

                      【銃(GUN)】

                      ・ワルサーPPK

                        フロリダのホテルでとスイスのベルグ・ホテルでのシーンでチョイ出演していた程度でした。

                        フロリダのホテルでは、ゴールドフィンガーの部屋へ向かう前にカメラの用意をしていた場面です。

                        ボンドはまたスーツケースのところに行き、厚い本−「文学作品としての聖書研究」という本を出して開くと、本の中をえぐって隠してあるバーンズ・マーティン・ホルスターにさしたワルサーPPK拳銃を取り出した。 ホルスターごとズボンのバンドの内側、左の方に差し込む。 1、2度す早い抜き撃ちの構えをやってみる。 うまくいった。

                        この場面ではバーンズ・マーティンの3スタイル・ホルスターの特徴が書かれていますね。 ショルダー・ホルスターにもアンクル(足首)ホルスターにも、そしてこの様にヒップ・ホルスターとしても使えるホルスターです。

                        ボンド君はこれを左腰に着けてます。 いわゆるクロス・ドロウですね。

                        しかし、ベルトの内側ってのがチョッと難アリです。

                        外側では無く内側に着けると、グリップが後ろ向きになってしまうんですわ。 す早い抜き撃ちは無理ですね。 

                        ま、フレミング氏の記述ってのはこんなモンです。 ここは“目立たない様に内側に差して”といったイメージのまま先に進みましょう。

                        次は、スイスのベルグ・ホテルでした。 情報部の出先機関に橋の下からくすねてきた金塊を渡した後での、ホテルへ投宿した場面です。

                        〜風呂に入ってシャワーを浴びると服を着替えた。 ワルサーPPK拳銃を手で量る様にして持ちながら、持って行くべきか置いていくべきか思い迷った。 置いていく事に肚を決める。

                        と、この様な記述でした。

                      ・ティリー・マスタートンが持っていたライフル銃

                        ただ“ライフル”とだけの記述でした。

                      ・ゴールドフィンガーが持っていた拳銃

                        ニューヨークのとある倉庫にボンドが監禁されていた部屋にゴールドフィンガー入って来た場面です。

                        ゴールドフィンガーの右手から、小口径の拳銃が黒い拇指の様に顔を出した。 でした。

                        その後、ラストでゴールドフィンガーをやっつけた後で、

                      〜小さな拳銃を探した。 コルトの.25口径自動拳銃だった。 でした。

                      ・ラストの旅客機の中で見張りの男が持っていた拳銃

                        ボンド小説のお約束の様に、ルーガーでした。 もはや、ワン・パターン。

                       

                      【クルマ(車)】

                      ・アストンマーチン・DB3

                        ウォッカ・マティーニ、ワルサーPPKと並ぶ007の3大アイテムの1つ、アストンマーチンが登場しました。

                        映画ではDB5でしたが、原作小説ではDB3です。

                        ボンドは、アストンマーチンかジャガーの3.4にしたらいいだろうと言われたのだが、D・B・スリーをとったのだった。 どの車でも、ボンドの今度のふれこみには合っている−金回りが良くて冒険好き、贅沢な放埓な生活が趣味だと云う若い男という格好だ。 しかもD・B・スリーにはどこから見ても近代的なスマートさがあり、地味な色−軍艦みたいな鼠色−それに便利かどうかはともかく、ある種のおまけの設備が備わっているのだった。 そういう設備の1つとして、ボンドが夜間ほかの車を尾行したり、あるいは尾行されたりすれば、前後の灯りの形や色を変えるスイッチがついている。 ぶち当てる必要に備えて、前後のバンパーは鋼鉄で補強されているし、銃身の長いコルト.45口径を隠すために運転席のシートの下に隠しポケットがある。 尾行用のホーマーと呼ばれる発信装置からの音も拾えるようなラジオがあり、たいていの税官吏が見逃してしまう様な隠れた空間がたくさんあるのだった。

                        と、まあ、こういった文章で紹介されました。

                        このDB3でロイヤル・セント・マークスのゴルフ場へ向かう場面で、

                        〜這う様な車の混雑にいたる手前の、短い登りで、ギアをセコンドに切り替えた。 ビロードの様に当りのやわらかい前輪のディスク・ブレーキに手綱を引かれた様な格好で、エンジンが抗議でもする様に、左右お対の排気管からプップッとおだやかな音を立てた。 といった記述がありました。 が、フランス縦断のドライブでは、時にアストンマーチンDB3を描写した記述はありませんでした。

                      ・ロールスロイス・シルバーゴースト

                        ゴールドフィンガーがゴルフ場へやって来る場面で描写がありました。

                        ボンドはクラブへの道を威風堂々登ってくる、旧型シルバーゴーストをじっと見つめた。 綺麗な車だった。 太陽が銀のラジエターと、垂直に高々とそそり立つフロントグラスの下の、エンジン覆いのアルミのカバーを光らせている。 どっしりした箱型のリムジーン車体の屋上には、磨き込んだ真鍮の荷物用の手すり枠が付いている。 20年前にはあんなに不格好と思われたのが今では妙に美しく見える。 傲然と前方路上を照らすのは、2つのルーカス式<路上の王>ヘッドライト。 球根型の玉をつかんで鳴らす旧式警笛ラッパの大きな口も同様だ。 黒い屋根と黒い泥除けに窓の下のカーブしたステップだけは別で、あとは車全体がプリムラの花の様な黄色だった。 ふとボンドは、これを作らせた南米の大統領は、ロンデイル卿がダービーやアスコットへ走らせたその名も高き黄の車というのをまねたのではないかと思った。

                      ・トライアンフTR3

                        フランスはオルレアンの手前で登場しました。

                        前にいるのは小さなスポーツカーの様だった。 MGか? トライアンフか? オースチンのヒリーか? 薄ねず色のトライアンフ2人乗りで、フードが上げてあった。 といった描写のみでした。

                        ロワール河に沿って走っている途中で、

                        2つ対になったボッシ警笛のかん高い悲鳴が聞こえる。 小さなトライアンフが、すっと追い越していった。 とありました。

                       

                      【食事(グルメ)】

                      ・マイアミ空港の旅客休憩室で飲んでいたお酒

                        冒頭では、 バーボン・ウィスキーをダブルで2杯ひっかけたボンドは・・・ といった記述でした。

                        その後デュ・ポン氏に勧められ、オン・ザ・ロックのバーボンを注文しています。 デュ・ポン氏は ディンプル・ビンのヘイグの水割り でした。 これは「ヘイグ&ヘイグ」と云うスコッチのブレンデッド・ウィスキーの事でしょうね。 バーボン・ウィスキーの銘柄については記述がありませんでした。

                      ・デュ・ポン氏との夕食

                      食前酒はウォッカ・マティーニ。 酒の給仕係が「食前のカクテルは?」の問いに、ウォッカのマティーニを頂きます。 レモンの皮を一切れ入れ浮かべて」とボンドが答え、デュ・ポン氏が「そいつを2つ。 ダブルにしてな」と、命じていました。

                        そのウォッカ・マティーニが来るなりデュ・ポン氏は、お代わりを2つ。 十分以内に持って来てくれ」と、オーダーしておりました。

                        メイン・ディッユは石蟹でした。

                      「石蟹だ。 冷凍じゃない新しいやつだぞ。 メルテッド・バターに厚切りトースト」と、デュ・ポン氏が注文していました。

                        これほど柔らかく甘みのある肉はこの石蟹が初めてだった。 カラッと焼けたトーストと、ちょっとピリッとくる溶かしたバターの味に申し分なくあっていた。 との事です。

                        食事の際のシャンパンはピンク・シャンパンを2本。 ポリマーの50年ものだ。 銀のタンカードでな」と、デュ・ポン氏が注文していました。

                        シャンパンはいちごの香りがかすかに漂っている様だった。 との記述がありました。 このピンク・シャンパンは『ダイヤモンドは永遠に』でのティファニー・ケイス嬢との夕食のシーンにも出てきましたね。

                      ・フロリダのホテルでの昼食

                        型通りのエビのカクテルに、小さな紙コップのタルタルソースを添えた名物の鯛、一度プライム・ローストした牛のバラ肉のソテー、パイナップルを芯に隠したアイスクリームでした。

                      ・ゴールドフィンガーに命じたニューヨーク行きの列車での夜食(?)

                        氷でよく冷やした時代物のシャンパン1本と、キャビアのサンドイッチをうんと支度させておくんだ。 でした。

                        個人的な感想ですが、キャビアと云うシロモノは珍味であって美味ではありません。 加えて、食事の副菜となる様な食材では無いと思います。 それをサンドイッチの具にしろ、とは何とも乱暴な意見だと思いました。

                      ・夜勤明けの朝食

                        ボンドは売店に電話して朝食を注文した。 朝食を丁度食べ終わったところに赤い受話器の耳障りなベルが鳴る。 といった記述だけでした。

                      ・チャンネル・パケットでのホテルの昼食

                        ホテルに入って荷ほどきをしたボンドは、下のスナック・バーに降り、ウォッカ・トニックを飲み、辛子をたっぷり効かせた美味いハム・サンド2人前を平らげた。 で、クルマに乗ってゴルフ場へと向かっていました。

                      ・ゴールドフィンガーの屋敷に行く前

                        6時にボンドは下のバーに行き、ウォッカ・トニックをダブルにして、レモンの皮を一切れ添えて飲んだ。 で、リカルヴァーのゴールドフィンガーの屋敷に向かいました。

                      ・ゴールドフィンガー邸のホールで飲んだ酒

                        ボンドは酒の盆のところへ行き、ジンをたっぷり注いでトニックで割った。 とされていました。

                      ・ゴールドフィンガー邸での夕食

                        最初の料理は、何かカレーでごたごた煮たものをかけた米の飯だった。 との事。

                        ゴールドフィンガーはこのモーゼル・ワインをやってくれ。 君の口に合うだろうと思うんだ。 ピーシュポルター・ゴルトトレヒェンの53年ものだよ。〜」と、ボンドに勧めていました。

                        次の料理は、2人の男が皿を片付けて、子鴨のローストに、ボンドのためにはモートン・ロスチャイルドの1947年ものを持って来た。 でした。

                        その後は、素晴らしいチーズ・スフレが来て、続いてコーヒーが出た。 とされていました。

                      ・オルレアンでの駅のレストランの夕食

                        クリーム煮のコトト鍋2人前に、大きな舌平目(ロワールの魚は泥臭いがオルレアンなら海に近いから大丈夫だ)、それに手ごろなカマンベールチーズ、良く冷えたロゼ・タンジェを1本と食後にはヘネシー・ブランデーの三ツ星をコーヒーと一緒に飲んだ。 となっていました。

                      ・オルレアンでの駅のレストランの朝食

                        食事は摂っていませんでした。 ミルクコーヒーにコーヒーだけ2杯分入れて飲み、といった記述でした。

                      ・ティリー・マスタートンに頼んで買ってきて貰った昼食

                      「リヨン・ソーセージを6インチ、パン1本にバター、それにマコンのぶどう酒の半リットル瓶をコルクを抜いてもらってくれ」 「私も同じものにするわ」 でした。

                      ・ジュネーブでの夕食

                        明るく灯のともった河岸をパヴァリアへ行った。 ここは国際連盟華やかりし頃、大物たちの会合に使われた地味なアルザス・ビールのビヤ・ホールである。 窓際の席に腰を下して、アンザンを飲みながら青白いレウェンブロー・チーズを流し込む。

                      (アンザンを)ダブルでお代わりの注文をし、塩漬けキャベツとフォンダンの小瓶を注文した。

                        ボンドはグルイエール・チーズ一切れとライ麦パンにコーヒーを注文した。 という記述でした。

                        このアンザンと云うお酒は知りません。 スイスのアル中のもとの代表になっている、りんどうから作った火の酒アンザンがボンドの胃を温め、と云う記述がありましたから、フルーツ・ブランデーの一種であろうと思われます。

                      ・監禁された部屋での昼食

                        素晴らしい料理が、といった記述のみでした。 この時ボンドはバーボン・ウィスキーと炭酸と氷だ。チェスターフィールドの大箱も忘れるな」 と要求していました。

                      ・ティリー・マスタートンが希望した昼食

                        いり卵にトーストとマーマレード、それにコーヒー、でした。

                      ・会議室でのビュッフェ・テーブル

                        右手の壁際に長いビュッフェ・テーブルが銀器やカット・グラスを光らせている。 シャンパンが銀の冷却バケツに入っていて、他の酒瓶もずらりと一列に並んでいた。 いろいろな料理の間に、ベルガ・キャビアの丸い5ポンド缶が2つと、フォアグラの壺がいくつか出ているのにボンドは気が付いた。 といった描写でした。

                      ・帰路のアイドルワイルド空港で飲んだお酒

                        レストランでバーボンのハイボールを飲み、といった記述がありました。

                      ・プッシー・ギャロアが持って来てくれた機内食

                        料理についての具体的な描写はありませんでした。

                      ※今回はバーボン・ウィスキーが随所に登場しますが、銘柄の記述はありませんでした

                       

                      【ボンドはコーヒー党】

                        ボンドが夜勤に就いたくだりで、面白い記述がありました。

                        最初の晩は、売店の女の子は彼に紅茶を持って来た。 ボンドは苦い顔をして女の子をにらんだ。 「紅茶なんかいらん。 嫌いなんだ。 そんな泥水みたいなもんが飲めるか。 それに、だいたい大英帝国の衰退の主な理由の1つは、紅茶なんか飲んでるからだぞ。 いい子だから私にはコーヒーを淹れてくれよな」 女の子はくすくす笑うと売店にとんで帰って、ボンドのご託宣を言い広めた。 それ以来ボンドはコーヒーを飲める様になったし、“泥水みたいなもん”という言葉が建物中を風靡した。 です。

                       

                      【ボンドのタバコ】

                        ボンドがアストンマーチンを運転してチャンネル・バケットへと向かっている際に、隣りのバケット・シートに手を伸ばして、砲金製の大きなシガレット・ケースからモーランドたばこを手探りで1本とり、ダッシのライターで火を点けた。 といった記述がありました。 しかし、他の場面でタバコを吸うシーンでは、特に銘柄の記述はありませんでした。

                      ただし、ゴールドフィンガーに捕らえられた後は、チェスターフィールドと云う銘柄を要求していました。

                       

                      【今回のエッチ・ポイント】

                        今回はエッチ・ポイントと言ったって1ヶ所しかありません。

                        冒頭のフロリダからニューヨークまでのジル・マスタートン嬢との列車の場面です。

                        拙著【ストーリー編】とは違って、回想の形で綴られておりました。

                        ここでは第5作『ロシアから愛をこめて』のオリエント急行での様に女性の方から“おねだり”されちゃってます。 (ウヒョ〜)

                        しかし、コレ、いわゆる“二番煎じ”ですよね。 ですから、よりパワー・アップしたエッチ・シーンとすべきだったのではないでしょうか。

                        狭い寝台車のベッドで、ゆっくりと長い濡れ場を演じたのだった。 なあんて、あっさりと済ませてしまうのは如何なものかと。

                        ボンドはジルをエスコートして特別車室に入った。 ドアを閉めると、ジルが振り返った。 潤んだ目がボンドを見つめている。

                      「亜羽、ジェームス・・・」 ジルが甘い吐息を漏らしながら、ボンドの首にしがみついてきた。 ボンドは彼女のキスに応えながらブラウスとスカートを脱がしていく。 

                        なんてシーンから始めて、これでもかッってなくらいのエッチな描写を挿れます。 そして ジルは歓喜の叫び声を上げながらボンドの体にしがみついた。 で第1ラウンド終了。

                        小説では、 女は肉体の愛撫に飢えているみたいだった。 でした。

                        コレは頂けません。 コレをジル・マスタートン嬢の行動で表現でねばならないのではないでしょうか。

                        食堂車の夕食の最後に、ボンドはコニャックを頼んだ。

                      「美味しかったわ、ジェームス」 ジルが微笑みながら言った。

                      「それは良かった」 ボンドが応えた。

                      「男の人と、こんなふうに食事をしたのなんて初めて」

                        しばらくジルは車窓から広がる風景を眺めていたが、突然「さ、お部屋に戻りましょう」 そう言うとボンドの瞳をのぞきこんだ。

                        車室に戻ると、ジルはいきなりボンドをドアに押し付けた。 そしてズボンのベルトに指をかける。

                        ジルはもどかし気にスカートを脱ぎ捨てると、ボンドをベッドに押し倒した。 そのまま接吻の雨をふらせながら、ボンドの腰に跨った。

                        第1ラウンドでかなり濃厚なセックス・シーンを挿れてますので、ココはイントロだけでアッサリと進めます。 ポルノ小説では無いンですから。 とは言ってもホテルのゴールドフィンガーの部屋では、ジル嬢のグラマー・ボディを披露しておりますので、黒いブラジャーに包まれた乳房が大きく揺れる。 なんてのを挿れても良いかもしれません。

                        その上でダメ押しのシーン。

                      「ジェームス、あと5時間でニューヨークだわ」 ジルが寂しげに呟いた。

                        2人の視線がからみ合う。

                        ジルが窓のブラインドを下した。 ボンドは彼女の腰を抱き寄せながら、ブラウスのボタンを外していく。 2人は服を脱ぎ捨てると、むさぼる様に体を重ね合わせていった。 と、こんな描写が欲しいトコロ。

                        え? アタシ、エッチですか?

                        そうではありません。 ここは性の快感に押し流されていくジル嬢と、そんな彼女に溺れていくボンド君を表現せねばならない場面なのです。

                        故に、ここはエッチを描き込むべきだったと思いますね。

                        フロリダでのデュ・ポン氏との出会いからゴールドフィンガーのイカサマを見破った所まで、丸々3章が費やされています。

                        ゴルフ場のシーンは2章半が費やされ、フランスからスイスまでの追跡劇は2章が費やされています。 

                        その様な書き込みよりも、ボンドガール1番手のジル嬢との心理描写にもう少し手を入れるべきだったと思います。

                        それでないと、ジル嬢は単に色情狂の女の子の様になってしまって可哀想ではないですか、フレミングさん。 

                       

                        欲を言えば、ラストシーンもイマイチ感がつのります。 プッシー・ギャロア嬢とのラヴ・シーンです。

                        お話しが2人の濡れ場面で終わるのは、前回の『ドクター・ノオ』に引き続いて2回目です。 よってココもパワー・アップが必要だったのではなかと。

                        だいたい、“あられもない姿”でプッシー嬢を登場させておきながら、その後が無いのではどうも片手落ちと言うもの。

                        プッシーは恥ずかしそうに俯いていたが、おずおずとセーターの裾に手をかけると、ゆっくりと脱ぎ捨てた。 下腹部の茂みがさらけ出され、張りつめた乳房が揺れる。 プッシーはあわてた様に胸と下腹部を手で隠した。

                        ボンドがベッドの毛布をめくると、プッシーははにかみながらボンドの隣りに滑り込んできた。

                        お話しの最後のラヴ・シーンなのですから、コレくらいのエッチ・サーヴィスがあってしかるべきです。 また、思い切って大藪春彦氏みたいに既に彼女の内股はバターを溶かした様になっていた。 なんてのを挿れてエッチ・モードを全開にすれば、小説『ゴールドフィンガー』の読後感もだいぶ好印象へと変わるのではないかと思います。

                        読者諸兄は如何お感じでしょうか。

                       

                       

                       

                      『007おしゃべり箱』 will return

                       

                       

                      月末の金曜日は『007おしゃべり箱の日です。

                      お忘れなく

                       

                       

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                      【PR〜これまでの『原作紹介』】

                       

                      原作紹介/カジノ・ロワイヤル

                      原作紹介/死ぬのは奴らだ

                      原作紹介/ムーンレイカー

                      原作紹介/ダイヤモンドは永遠に

                      原作紹介/ロシアから愛をこめて

                      原作紹介/ドクター・ノオ

                      原作紹介/ゴールドフィンガー

                      を掲載しています。 特別編(3)「007シリーズの原作リスト」もぜひどうぞ。

                       

                       

                      【ふたたびPR】


                      Vol.28 ジョージ・レーゼンビー 考
                      Vol.31 ショーン・コネリー 考

                      Vol.34 ロジャー・ムーア 考

                      Vol.43 クレイグ=ボンド 考 があります。

                       

                      【重ね重ねのPR】

                       ボンドガールについても数々の掲載があります。 先ずはボンドガール人気癸韻ダニエラ・ビアンキさんにスルドク切り込んだ、
                      番外編(47)「ボンドガール/マドンナに等しかったと思うひと
                      またジーン・セイモアさんについての
                      番外編(56)「ボンドガール/清純なイメージだったと思うひと
                      若林映子さんについての
                      番外編(80)「ボンドガール/無念を思うひと」をどうぞ。

                       
                      & ちょっとエッチな話題として
                      V0l.47 ビキニ PART2   など何本かの掲載があります。
                      ***************************************************************************


                      著者自画像

                      profilephoto 007映画の熱烈なファンです。 それ以上でもそれ以下でもない、と自負しております。

                      記事の種別は、ツキイチ掲載の「Vol.シリーズ」と適宜掲載の「番外編シリーズ」と作品紹介の「特別編」の3種です。

                      今までの記事

                      月別の掲載記事数。(『007おしゃべり箱』は'12年10月に開始しました)

                      コメント

                      • 007おしゃべり箱 Vol.50−9 『原作紹介/ゴールドフィンガー』
                        紅真吾
                      • 007おしゃべり箱 Vol.50−9 『原作紹介/ゴールドフィンガー』
                        カルマン・フィッシュ
                      • 007おしゃべり箱 Vol.49 『ケン・アダムは斜めがお好き』
                        カルマン・フィッシュ
                      • 007おしゃべり箱 番外編(143) 「ブロフェルドはどの様にして脱獄するのか」
                        カルマン・フィッシュ
                      • 007おしゃべり箱 Vol.28 『ジョージ・レーゼンビー 考』
                        紅真吾
                      • 007おしゃべり箱 Vol.28 『ジョージ・レーゼンビー 考』
                        007
                      • 007おしゃべり箱 Vol.48−2 『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 後編』
                        カルマン・フィッシュ
                      • 007おしゃべり箱 Vol.46−8 『原作紹介/ドクター・ノオ』
                        カルマン・フィッシュ
                      • 007おしゃべり箱 Vol.37 『原作小説紹介/カジノ・ロワイヤル〜解説編』
                        veronicais69
                      • 007おしゃべり箱 Vol.44−6 『原作紹介/ロシアから愛をこめて』
                        紅真吾

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