007おしゃべり箱 Vol.48−1 『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 前編』

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    「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

     

    007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

     

    Vol.48-1

     

    『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 前編』

     

    What Model is James bond’s BERETTA 〜1st part

     

    by 紅 真吾

     

      原作第1作「カジノ・ロワイヤル」から第5作「ロシアから愛をこめて」まで、ジェームス・ボンドのサイド・アーム(拳銃)は、「ベレッタの.25口径」でした。

      この「ベレッタ.25口径」とはどの様な拳銃だったのか?

      イアン・フレミング氏はどのモデルを選んでジェームス・ボンドに持たせたのか?

      ガン・フリークの間では、尽きぬ話題となっております。

      なぜなら、原作小説の中では、このベレッタ.25口径については、型式(モデル名)の記述が無いからです。

      よってガン・フリークの間では諸説紛々ありまして、私の場合はVol.10『ワルサーvsベレッタベレッタの逆襲』の中で、M418というモデルの線が強い、とのべました。 以下、重複しますが転記します。

     

     候補モデルは1919年から1934年まで生産されたM1919。 もしくは1934年から1941年まで生産されたM318。 または1941年から生産されているM418、のいずれかと思われる。

     個人的にはフレミング氏はM418を参考にしたのではないかと思っている。

     このM418はスタンダードモデルの他に、ニッケルメッキモデル、エングレーブ(彫刻)モデル、アルミフレームモデル、などが有り、ご婦人向けポケットピストルとしての有名モデルだった。

     

      今回、『原作紹介/〜』の企画で第1作「カジノ・ロワイヤル」から第6作「ドクター・ノオ」までの原作小説を精読ました。

      その結果、おぼろげながら「ベレッタ.25口径」の姿が浮かび上がってきたのであります。

      今回は、そんな「ボンドのベレッタ.25口径」についてのレポートです。

     

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    【ボンドのベレッタ.25口径とは、どの様な拳銃なのか】

      ところで、レポートの前に、最近の拙著の読者諸兄にむけて「ベレッタ.25口径」について、改めて簡単に説明致します。

      要するに、使用するカートリッジ(実包)が.25ACPと極めて小さいのでサイズも極端に小さい拳銃です。 (このカートリッジの大きさについてはVol.15『図解!自動拳銃の作動メカニズム/前編』で図解しておりますので、参照下さい

      このテの拳銃は、一般に「ヴェスト・ポケット・ピストル」と呼ばれています。 すなわち“チョッキのポケットに入る大きさ”ですね。

      戦前戦後にかけて、この様な.25口径の「ヴェスト・ポケット・ピストル」はイタリアのベレッタ社、ドイツのワルサー社、ベルギーのファブリック・ナショナル社、米国のコルト社、など有名メーカーはもちろんの事、弱小メーカーが競って発売しておりました。

     

      代表的な「ヴェスト・ポケット・ピストル」として、現在でも発売が続けられているベレッタ社のM950をスケッチしてみました。

     

     

      大きさの目安として、同じ縮尺でタバコのパッケージを描き込みました。 ま、とにかく、こんなカンジの拳銃であるとイメージしてください。

      次に、原作の中で記されたボンドの「ベレッタ.25口径」はどの様な拳銃であったでしょうか。

      過去の『原作紹介/〜 解説編』での【銃(Gun)】で、抜き書き紹介しておりますが、改めて列記します。

     

      “引き出しを開けて軽い鹿革の拳銃ケースを出し、わきの下3インチあたりにくるように肩に吊る。 それから別の引き出しのシャツの下からやけに平たい25口径のベレッタ自動拳銃を取り出した。 握りの部分は骨組みだけを残して飾りを取り、上をテープで巻いてある拳銃だった”

      “ボンドはクリップと薬室に放り込んであった1発も抜いてしまうと、何回もパチパチと動かしてみる。 最後に薬室を空にしたまま引き金を引いてみる。 また薬室に弾丸を入れクリップも入れて安全装置をかけると、肩吊りケースの浅い穴にスポッと落とし込む”

    〜「カジノ・ロワイヤル」より。

     

      “なんということなく、彼は右手を上着の下につっこみ、左わきの下に吊ったせみ皮の皮鞘から、握りの飾りをはずした愛用の.25口径ベレッタ自動拳銃を抜いた。 この前の仕事のあとで、Mが緑のインクで「きみには、これがいる」と書き添えて記念にくれた、新しい拳銃だった。

      ボンドはベッドのそばにより、ぱちんと弾倉をはずし、薬室の弾丸だけ1発ベッドカバーの上にはじきだした。 5、6回作動を確かめてみる。 引金を引いたときの引鉄バネの感じをためしながら、から撃ちしてみる。 遊底を引いて、撃針のまわりにほこりがついていないのを、たしかめた。 この撃針はわざわざ何時間もかけて、やすりで特に鋭くとぎすましたのだった。 青い銃身を銃口からなでてみる。この銃口の無用の長物、照星も、出すときにひっかからないようにわざわざ切り落としたのだった。 やがてはじきだした弾丸を弾倉に入れると、ほっそりとした拳銃の平ひもをつけた握部にもどす。 最後にもう一度作動をためして、弾丸を薬室へ送りこむと、安全装置をかけて皮鞘にすっとしまった。”

    〜「ダイヤモンドは永遠に」より。

     

      これらの記述から、「ボンドのベレッタ.25口径」の最大の特徴は、“グリップ・パネルを外してしまってテープ巻き”としている点です。

      我々ガン・フリークの間では、この“テープ巻き”をどの様に解釈するか、処理するか、が最大の問題点である、と言って良いと思います。

      なぜなら、ベレッタ社による代々の「ヴェスト・ポケット・ピストル」には、グリップ・セーフティーが付いているのです。

      ここで、一般のかたにグリップ・セーフティーについて解説致します。

      番外編(141)『ブラジャー・ホルスター』で掲載したCMCのモデルガン=ファブリック・ナショナル社のM1910に再登場してもらいます。

     

    通常の状態

        

     

    しっかりと握り込んでグリップ・セーフティーが押し込まれた状態

        

     

    コレではよく解りませんから、グリップ・セーフティー部を赤く塗ってみます。

       

     

    通常の状態

        

    この様に、赤く塗った部分が出っ張ってきているのが解ります。

     

      この可動部分によって、しっかりと握り込んだ状態で無いと撃発しないのがグリップ・セーフティー機構です。

      で、この上からテープを巻いたって後ろがペコペコと動くのですから、巻いたテープはすぐに緩んでしまうだろ、と云った意見です。

      しごくもっとも。

      グリップ・セーフティーを備えた拳銃に“グリップ・パネルを外してテープ巻き”、はチト難があります。

      文末に紹介している『ジェームス・ボンドの部屋&007の武器庫』の管理人氏も、「M418のグリップ・セーフティーが付いていない初期モデルであろう」と意見を述べていらっしゃいました。

      が、私の意見は逆です。 と、言うか、モンダイにしません。

      そもそもグリップ・セーフティーなど無用の長物です。

      グリップ・セーフティーの仕組みとは、内部の出っ張り部分でトリッガー・バーに連動するシアー(逆鉤)(この部品が動いてハンマー(撃鉄)をリリース、もしくは、ファイアリング・ピン(撃針)をリリースします)の動きをブロックしているモノ。

      発砲するつもりなど無かったのだが、何かの拍子にトリッガー(引き金)に指が触れて撃発、などといった事が起こらない様に組み込まれたセーフティー機能です。

      要するに、お素人さん向けの安全装置ですね。

      “拳銃は自分の服と同じくらい大切”といった人達(合法、非合法を問わず)にとっては“要らない安全装置”です。 よってコロしてしまいます。

      可動スペースに当てモノを噛まして握り込んだ状態で固定、その上から“テープ巻き”としてしまえばOKなのです。

      私がボンドであれば、当然そうします。

     

    *****

     

      先に紹介した原作の第6作「ドクター・ノオ」の冒頭では、ボンドは長年に渡って愛用してきた「ベレッタ.25口径」をMに取り上げられていまいます。

      MからワルサーPPKへと変更させられたボンドは、もうベレッタに未練たっぷりでした。

      “そっとデスクの上の拳銃とホルスターに目を移す。 この醜い鉄片と15年間連れ添って暮らしてきた事を思い出していた。 こいつの立てる一声で命を救われた事が幾度か、ボンドは思い出していた”、と記されていました。

      そりゃそうでしょうねエ。 自分が気に入っている道具を替えさせられるのは、誰だってイヤなもんです。

     

      ン? でも、ちょっと待てよ。 「15年間連れ添った」だと?

      この時のボンドの「ベレッタ.25口径」は3代目のハズ。 ナンかヘンじゃねーか?

      拙著『原作紹介/〜』をお読み頂いている諸兄なら、スグにヘンだとお気付きになるでしょう。

      そんな細かいトコロは忘れてしまった諸兄、拳銃についての記述など記憶に残っていないとおっしゃる諸兄に向けて、(拙著を読んでいないヒトはここでは無視する)改めて整理します。

      第3作「ムーンレイカー」の終盤で、ドラッグス卿に捕らえられたボンドは、ベレッタを捕られてしまいました。 そんなワケで、物語ラストで本部に戻ったボンドにMが、「君にはこれが要る」と、新しいベレッタをプレゼントしてくれました。

      この時点で2代目です。

      で、その2代目ベレッタも第4作「ダイヤモンドは永遠に」の終盤で、クイーン・エリザベス二世号の船室でウィントとキッドと云う2人の殺し屋を倒した際に、2人の内輪もめを演出する為に船室に残してきてます。

      したがって、第5作「ロシアから愛をこめて」の時のベレッタは3代目ですね。

      いや、もしかしたら4代目だった可能性すらあります。

      第1作の「カジノ・ロワイヤル」の中盤で、ボンドはル・シッフル一味に捕まってしまい、ベレッタを捕られております。

      その後、やって来たスメルシュの男にル・シッフル一味は片付けられてしまい、気を失ったボンドは駆けつけて来たマチスらに助けられました。

      後半は療養所や海辺のコテージに舞台を移して、ヴェスパー・リンド嬢への“恋は盲目”状態でありました。 この中では、捕り上げられたベレッタの事など1行も記述がありません。

      愛用のベレッタは捕られたまんま。 と、なると、原作第2作の「死ぬのは奴らだ」でのベレッタは2代目であったとなります。

      ま、ここでは救出に来たマチスによってル・シッフル一味のアジトが捜索され、ボンドのベレッタが見つけ出されて後で返された、と好意的に解釈しておりますけど。

      とにかく、「ドクター・ノオ」の時点でのボンドのベレッタは3代目(もしくは4代目)。

      「15年間連れ添った」は、同じ拳銃を15年間使っていた、では無く、同じモデルの拳銃を15年間使っていた、と解釈するべきでしょう。

      そうでないとツジツマが合いませんよね、フレミングさん。

     

      となれば、候補モデルもヘッタクレもありません。

      3挺も同じ型のモデルとなれば、ボンドの「ベレッタ.25口径」とは、フレミング氏がボンド小説を執筆していた当時の現行モデル以外にあり得ません。

      前述のM418は1951年に生産終了となっています。 小説「カジノ・ロワイヤル」の発表が1953年。 仮にボンドの初代のベレッタがこのM418だとしても、2代目、3代目と続きません。

      既に生産中止となったモデルの中古品を探してくる、もしくは、どこかの倉庫に眠っていた型落ち品を見つけてくる、といったテも無くはありませんが、設定としては無理があります。

     

      この様に推察を進めて来ると、ジェームス・ボンドが愛用した「ベレッタ.25口径」とは、1950年に発表されたM950シリーズのモデルとするしかありません。 (冒頭に載せたスケッチのモデルです)

      ところが、実は、上記のM950には、マニュアル・セーフティーが無いのであります。

      トリッガー(引きがね)の後ろにソレっぽいレバーがありますが、コレはテイク・ダウン・ラッチ。 分解用のラッチです。

      とにかく、ヒラタク申し上げれば「指で操作する安全装置が無い」、です。

      米国向けの輸出モデルには、マニュアル・セーフティー付きのモデルがあった様ですが、基本的にはM950にはマニュアル・セーフティーは付いていません。

      すなわち、M950であった場合は、“安全装置をかけてから革鞘に収めた”はあり得ないのでありました。

      また、グリップ下の後ろにあるボタンは、マガジン・リリース・ボタンです。 ココを押してマガジンを抜きます。 

      グリップ・パネルを外してテープ巻き、はムリですね。

      また、1950年の発表ですから、1958年に発表の「ドクター・ノオ」で、“15年間連れ添った”はあり得ません。

      こうなると元の木阿弥。 では「ボンドのベレッタ.25口径」はナンだったのか?

     

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      1回の掲載で収まりきらなかった為『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 後編』へとお進み下さい。

      おぼろげながら浮かび上がって来た「ボンドのベレッタ.25口径」について、斬り込んだレポートです。 

     

     

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    007おしゃべり箱 Vol.48−2 『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 後編』

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      「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

       

      007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

       

      Vol.48-2

       

      『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 後編』

       

      What Model is James bond’s BERETTA 〜 2nd part

       

      by 紅 真吾

       

      【ボンドのベレッタ.25口径の正体】

         『ボンドのベレッタ.25口径の正体 / 前編』で記した様に、実は「ベレッタ.25口径の正体」とは、霧の中。 単純に特定できるモノでは無かったのです。

        上記では、様々な考察を進めて結論を出しましたが、事はそう簡単に結論付けられるテーマでは無いのでありました。 (上記の考察を簡単と呼べるかどうかは別として)

        では、冒頭に述べた、「おぼろげながら浮かび上がって来た「ベレッタ.25口径」の姿」とは?

       

        結論から申し上げます。

        「特定のモデルは無かった」 です。

        「イアン・フレミング氏はあるモデルを選んでボンドに持たせていた、では無い」 です。

        すなわち、ただ単に「ベレッタ社のヴェスト・ポケット・ピストル」といっただけのイメージで小説を進めていった、と推察しています。

       

      「そんな事は無いだろッ」

      「紅真吾はナンて事を言いだすンだ?」

      「こいつは今までイロイロと面白い事を言っていたが、今回ばかりはトンデモナイ事を言い出しやがった

        そんな声が聞こえてきそうです。

        私だって初めから「特定のモデルは存在しない」なんて思ってはいませんでした。

        現にVol.10『ワルサーvsベレッタベレッタの逆襲』の執筆時には、アレやコレやと推理しておりました。

        だってそうではありませんか。

        ボンドの愛車=ベントレーについては、

        “4.5リッターのベントレーでエムハースト・ヴィリヤーズの加速装置を付けた最後の型だった”

        “軍艦のようなねずみ色に塗ったコンバーチブルのクーペで、めったに屋根は外さない”、“時速90マイル(時速約145キロ)の速度で長時間走る力を持っているし、それでもまだ30マイル(約48キロ)の速度の余力を持っているというクルマだった”

        “フォグライトを点けて、双子のようなマーシャル・ヘッドライトを消した”

        “ひとりが長いナイフを出して、コンバーチブルのフードのわきの布地の部分を切り開き”

      〜「カジノ・ロワイヤル」より。

       

        “車は1930年型4.5リッターのベントレーのクーペ。 このクーペには増速装置をつけて、うまく使いこなしているから、必要があれば時速100マイルで飛ばせる”

      〜「ムーンレイカー」より。

       

        といった記述がありました。 (各小説の『原作紹介/〜 解説編』の【車(クルマ)】の中で取り上げております)

        また、「女王陛下の007」では、

        “シャーシーはRタイプで、大型六気筒、後輪車軸比13対40というしろもの”

        “ラリー出場クラスの車好きなら誰でも取り付けている自動安定装置”

        “マグネット式クラッチで制御するアーノット増速装置(ロールス・ロイスの会社では車軸のベアリングが荷重に耐えきられないので責任は負えない、と手を引かれてしまった装置)”

        との記述がありました。

        ボンドの愛車であるベントレーがどの様なモデルであったのかは、私には解りません。

        しかし、少なくともフレミング氏の頭の中では「こーいったクルマ」といった特定のモデルがあって、小説ではそれが描写されている、と思っていました。

        同様に「ボンドのベレッタ.25口径」も特定のモデルがあって、それが描写されている、と。

       

        実はこれがワナだったのです。

        平たく申せば、「騙されていた」のであります。

        「騙されていた」が語弊があるとすれば、「フレミング・マジック」に引っ掛かった、でありましょう。 (この「フレミング・マジック」と云う単語は、私の造語です) 

        この「フレミング・マジック」については、Vol.17『フレミング・マジック』として解説しておりますが、結論としては、「読者が解ろうが解るまいが、テキトーな単語を並べ立てて読者をケムに巻く」、「およそ有り得そうも無いお話しでありながら、ディティールに固有名詞を並べ立てて読者をその気にさせる」、です。

        これを私は「フレミング・マジック」もしくは「フレミング効果」である、と述べました。

        実は、我々はこの「フレミング・マジック」に、ものの見事に引っ掛かってしまっていたのです。

        「ボンドのベレッタ.25口径」も当然として特定のモデルが存在する、と。

       

      *****

       

        そもそも、ボンドの拳銃が「ベレッタ.25口径」から「ワルサーPPK」へと変更になったのは、銃器の研究家であったジェフリー・ブースロイド氏の意見による、とされています。

        2人は会った事はあるでしょうが、意見や問い合わせなどはもっぱら書簡で行われた、と思っています。

        その為、ブースロイド氏の意図が伝わりきれずに、フレミング氏は当時リヴォルバー用のホルスターしかない「バーンズマーティンの3スタイル・ホルスター」をPPK用として選んでしまいました。

       

      小説「ドクター・ノオ」での「大きいやつはどうかね?」も、同じく意図が伝わりきらなかったものと推察しています。

        フレミング氏の問いは、まさしく「よりラージ・サイズの拳銃は?」 であったと思います。 クラブ礁島へ持っていく拳銃を選ぶ際に、「PPKより重い」、「PPKより射程が長い」、と記しておりましたから、フレミング氏のセンチニアルについてのイメージは、“PPKより大型”であったと思われます。

        ところが、ブースロイド氏は「大きいやつは?」の問いを、“.32口径よりも大きな口径、大きなカートリッジを使用する拳銃”、と解釈した。 ボンドが携行するに相応しい小型拳銃で、より弾頭エネルギーが大きいカートリッジを使う拳銃は?、と。

        そういった訳で、.38口径のスナブ・ノーズ・リヴォルバーを推奨した。

        銃身が2インチと云う、極めてコンパクトなスナブ・ノーズ・リヴォルバーは、コルト社、スミス&ウエッソン社、が何種類か出しておりましたが、S&WのM36チーフス・スペシャルは通常6発の装弾数を1発減らした5発とした、コンパクト性を重視したモデルです。 M40センチニアルは、そのM36のハンマー(撃鉄)を内臓式にしたモデルです。

        今でこそ、大型拳銃の短縮モデルは各社何種類も出していますが、当時ブースロイド氏としてはなかなか良い選択であると思います。

        が、フレミング氏の質問の意図・要望からは外れてしまった。

       

        フレミング氏については、大戦中情報部に勤務し、現場に出る事も少なくなかった、と伝えられています。

        が、私としてはこの点、疑問符を付けざるをえません。

        少なくとも現場に出て工作員と行動を共にしたならば、拳銃は手にした事があるハズ。

        発砲した事は無くとも、極めて身近で拳銃を目にしたハズです。

        ブースロイド氏へ「PPKより大きいやつは?」の問いを送って、カタログと回答が返ってきた。

        それを見たフレミング氏にある程度銃についての知識があったなら、質問に対して違う回答が来てしまった事は直ぐに判るハズです。

      「いやブースロイドさん、私が聞きたいのは・・・」と。 

        そうでは無く、「ブースロイド氏が推奨するのはコレか」と、スンナリ小説の中に書き込んでしまった。 

       

        イアン・フレミング氏が銃器について記述したカ所は『原作紹介/〜 解説編』で取り上げて、ヘンな記述である事を指摘してきました。

      描写をすればする程、誤りである点が露見してしまっています。 番外編(75)『ベレッタの撃針』を参照下さい)

        また、前述したグリップ・セーフティーについてもそうです。

        グリップ・セーフテを備えた拳銃に、“グリップ・パネルを外してテープ巻き”は明らかに難があります。

        私が述べた様に、グリップ・セーフティーの機能を殺してしまうのが実用的ですが、“撃針を鋭く研ぎ澄まし”とか“照星を削り落とし”なんて描写が入っているのにもかかわらず、このグリップ・セーフティーの処理が書かれてい無いとは、なんとも不自然です。

        これは、「フレミング氏はグリップ・セーフティーと云う機能がある事を知らなかった」と、解釈するのが正しいと思います。

        この様に推察すると、フレミング氏による拳銃についてのチグハグな記述の説明が付きます。

       

        読者諸兄よ、改めてVol.46『原作紹介/ドクター・ノオ 解説編』 、 Vol.42『原作紹介/ダイヤモンドは永遠に 解説編の【銃(Gun)】についての記述を再読頂きたい。

        さすれば、こんな調子で書かれた「ベレッタ.25口径」の描写など、まともに受け取ってはイカンのではあるまいか、と気が付くハズ。

        フレミング氏がいろいろと記した「ベレッタ.25口径」についての記述を鵜呑みにして、アレやコレやと候補モデルを詮索するとは、それこそ、「フレミング・マジック」に引きずりまわされるだけなのではないでしょうか。

       

        もしかしたらフレミング氏は、特定のモデルとしてM318あたりをイメージしていたのかもしれません。 が、グリップ・セーフティーがあってマニュアル(指動)・セーフティー(安全装置)が無いこのモデルでは、小説中の記述と合致しません。

        また、もしかしたら、M1919をイメージしていたのかもしれません。 しかし、それもグリップ・セーフティを備えておりますし、“3代目” “15年連れ添った”、とは合致しません。

        原作での「ベレッタ.25口径の記述を整理すると、候補モデルは数あれど、いずれも「アチラを立てればコチラが立たず」、です。

        こうして俯瞰してみると、イアン・フレミング氏は、単に「ベレッタ社のヴェスト・ポケット・ピストル」といったイメージで小説に登場させた、と思います。

        M318だかM1919だか知りませんが、その様な「ベレッタ社のヴェスト・ポケット・ピストル」をイメージして、小説に記したのではないか、と思っています。

        いえ、それどころか、一般的な小型ピストル=ヴェスト・ポケット・ピストルの代名詞として「ベレッタ.25口径」をジェームス・ボンドに持たせたのではないか、とさえ思っています。

       

        『原作紹介/〜』を綴るにあたって、改めて 原作を精読しました。 たとえ訳文とはいえ、書かれていた銃器についての記述を整理すると、「ボンドが愛用したベレッタ.25口径」とは、「特定のモデルは無かった」、「イアン・フレミング氏はあるモデルを選んでボンドに持たせていた、では無かった」、そう結論づけざるを得ないのでありました。

       

      *****

       

        さて、実際はどうであったのでしょうか。

        あの世へ行ったら、是非ともフレミング氏に問いただしてみたいと思っています。

      「フレミングさん、あなたがジェームス・ボンド小説を執筆なさっていた頃に売っていたベレッタ.25口径には、指動の安全装置は付いていなかったんです

      「そうなのかね? しかし以前に見かけたベレッタには付いていたと思ったが」

      「しかし、それは既に製造中止となっていたモデルなんです。 Mが新しく買ってボンドにプレゼントなんて出来ないんですよ」

      「そりゃ知らなかったな。 良い事を教えてくれたね、紅クン」

      「あなたの書いたベレッタの描写のせいで、世界中のガン・フリークが混乱しているのですが・・・」

      「ハハ・・・、そうだったのかね? そりゃ悪い事をしたね。 しかしね、紅クン、所詮は小説の中の事なのだよ。 全てはフィクションなんだ。 キミは銃に詳しい様だが、その点だけを取り上げて揚げ足取りをされるのは迷惑だね」

      「別に揚げ足取りをしているワケでは無いのですが、皆が困惑しているんです」

      「紅クン、君も007ファンを自称するのであれば、私の小説についてそんな重箱の隅をつつく様なことせんで、もっと小説自体を楽しんでくれなければ困るよ」

        と、こんなトコロじゃなかろーか、と思いますけど。 読者諸兄は、どう考察されますでしょうか。

       

       

       

      『007おしゃべり箱』 will return
      (次回掲載予定は『掲載一覧』に載せてます)


       

      月末の金曜日は『007おしゃべり箱の日です。
      お忘れなく


       

       

      『掲載一覧〔1st〕Vol.1 Vol.12 & 番外編(1)(48)


      『掲載一覧〔2nd〕Vol.13Vol.25 & 番外編(49)(91)


      『掲載一覧〔3rd〕Vol.26Vol.35 & 番外編(92)(129)

       

      『掲載一覧〔4th〕Vol.36 〜 & 番外編(130)

       

      があります。ぜひご覧ください

       

      【 P R 】
      番外編(4) ワルサーPPK in スカイフォールのチラシ
      番外編(5) ワルサーPPK in チラシ 2
      番外編(6) ワルサーPPK in チラシ 3
      番外編(7) PPKはモデルガン?!
      番外編(18) ワルサーPPK in スカイフォール
      番外編(19) 変身するボンドのPPK
      番外編(20) スクリーンでのワルサーPPK

      番外編(21) 図解!ワルサーPPK、PP、PPK/S (’13.09.26補足・改訂
      Vol.7  徹底図解!ワルサーPPK 前編
       〃    徹底図解!ワルサーPPK 後編
      番外編(30) ワルサーPPKを選ぶわけ
      番外編(32) ワルサーPPK with サイレンサー
      Vol.10 ワルサー vs ベレッタ ベレッタの逆襲
      番外編(41) ワルサーPPK in スカイフォール Part
      番外編(44) ある写真に写っているワルサーPPK/S
      Vol.15 図解!自動拳銃の作動メカニズム 前編
         〃   図解!自動拳銃の作動メカニズム 後編
      番外編(62) スコープサイトの誤解
      番外編(66) 告白5/コルトM1911A1・ガバーメントモデル
      番外編(73) スパイ手帳
      番外編(75) ベレッタの撃針
      番外編(79) アタッシュケース
      番外編(81) 組立式ライフル AR−7
      番外編(83) MGC の広告 in 1965
      番外編(88) MGC の広告 in 1965 Part
      番外編(108) 『スペクター』のチラシ Part2
      Vol.30 ジェームス・ボンドとPPK 考 第一部
          〃   ジェームス・ボンドとPPK 考 第二部
          〃   ジェームス・ボンドとPPK 考 付記
      番外編(116) 拳銃の持ち方、構え方
      番外編(122) 拳銃の持ち方、構え方 2

       

       

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      番外編(90)ブロフェルドはハゲているか
      番外編(104)国際犯罪組織「スペクター」は復活なのか
      番外編 (118)『スペクター』のオーバーハウザーは何者なのか
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      007おしゃべり箱 Vol.47 『ビキニ Part2』

      0

        「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

         

        007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

         

        Vol.47

         

        『ビキニ Part2』

         

        A View to A Bikini-style

         

        by 紅 真吾

         

          第20作『ダイ・アナザー・デイ』はでは、ハル・ベリーさん扮するジンクス嬢が海から上がって来るシーンを指して、第1作『ドクター・ノオ』のウルスラ・アンドレスさんヘのオマージュであると言われました。

          確かに製作者サイドも『ドクター・ノオ』でのハニー・ライダー嬢の登場シーンを意識していたと思います。

          ですが、コレ、チョッと違うのではないか、とずーっと思っておりました。

         

          まず水着の色。

          ハニー・ライダー嬢は。 対するジンクス嬢はオレンジ色でした。

         

                                       

         

          オレンジ色はねーだろ、が正直な感想。

          やはり『ドクター・ノオ』の時と同じく、であるべきだったのではないか。

          (第1作『ドクター・ノオ』におけるハニー・ライダー嬢のビキニについては、Vol.20『ビキニ』で取り上げておりますので、ぜひ参照下さい。)

          『ドクター・ノオ』でのアーシュラ・アンドレスさんの登場シーンの重要な点は、“いきなりビキニ姿の女性が海から上がって来る”であります。

          この時、主役は“ビキニの水着姿”であって、アーシュラ・アンドレスと云う女優さんでは無かった。 この点がポイント。

          

          ひるがえって、『ダイ・アナザー・デイ』でのジンクス嬢の登場シーンはどうだったでしょうか。

          水着の色がオレンジ色では、どう見たってハル・ベリーさんの水着姿にしかなりません。

          『ドクター・ノオ』のシーンをなぞるならば、ここはビキニの水着姿が主役になるような演出が必要だったのではないかと感じるのであります。

          この様な理由から、水着の色は白であるべきだったのではないかと。

          『ドクター・ノオ』と同じであるばかりで無く、褐色のお肌のハル・ベリーさんが白い水着を付ける事によって、ビキニの水着姿がひときわ目立つ演出になったのではないでしょうか。

          さすれば、ビキニの水着が主役と成り得まして、まさしく『ドクター・ノオ』へのオマージュになったと思います。

         

          そんな水着の色もさることながら、最大の問題点はそのデザインであると感じています。

          拙著Vol.20『ビキニ』で述べた通り、ウルスラ・アンドレスさんの登場シーンのポイントは、“当時としては弩ビキニでの登場”でありました。

          この衝撃こそが、“アーシュラ・アンドレスさんの伝説となった”、と言っても過言ではありません。

          となれば、海から上がろうが、プールから上がろうが、はたまた更衣室から出てこようが、とにかく“いきなり弩ビキニ”、といった演出こそが『ドクター・ノオ』へのオマージュではないでしょうか。

          が、『ダイ・アナザー・デイ』でのハル・ベリーさんが身に着けていたのは、今でのフツーのビキニ。

          タダの“オレンジ色のビキニ・スタイルの水着”です。

          全くインパクトがありませんでした。

          “いきなり弩ビキニ”、といった衝撃が無い以上、『ドクター・ノオ』のアーシュラ・アンドレスさんへのオマージュとは、とうてい言えません。

          この場面では、ただのビキニ、フツーのビキニでは無く、弩ビキニ”での登場が、オマージとしてふさわしかったと思います。

          では、現在での“弩ビキニ”と言ったらどういったデザインなのでしょうか。

         

           コレぐらいではないでしょうか

         

         

                         

         

         

         

                         

                              

          現在では、女性のお肌の露出度も当時とは格段に違いますから、これぐらいの布地面積でサイドはヒモでないと、一般的に“弩ビキニ”とは言えません。 

          忘れてならないのは、この上からナイフを吊った幅広のベルトを付ける、という事。 すなわち、ボトムの前はこれぐらい小さくないとベルトの下が全て水着になってしまって、フツーの水着と大差なくなってしまうのであります。

          股上が極端に浅い事、左右が極端に狭い事、コレが重要であると考えます。

          とにかく、『ドクター・ノオ』のオマージュとするからには、ハル・ベリーさんは、この様なヒモ・ビキニ姿で登場せねばならなかったのではないでしょうか。

         

        ***

         

          とは言ってもですねエ、上に掲載したビキニは現在では、フツーの弩ビキニ”です。

          浜辺で見かけても「おオ! スゲーねェちゃんだなー」と、いった程度。

          おもわずムクムクとしちゃいそうですが、でも、それでオシマイ。

          およそ“衝撃の弩ビキニ”とは言えません。

          では、目にした瞬間に「おおッ!」と身を乗り出してしまう程の衝撃の弩ビキニ”にとは、どの程度なのでありましょうか。

         

            コレれぐらいでしょう

         

         

                             

                                                           

         

                          

         

         

                          

         

          これらは大胆デザインです。 次回作『BOND 25』でのボンドガールの女優さんは、こういった“衝撃の弩ビキニ”を身に着けての登場が必須であると考えます。

          この“衝撃の弩ビキニ”での登場によって、冒頭に記した“オマージュ”が完成するのではないでしょうか。 

          でもって、後ろは当然、この様に“ヒモ Tバック ”です。

        ウヒョ〜、プリプリのおしり                     

          とは言っても、将来ある若い女優さんに、こな様に“おしり丸出し”にしろってのはチョッと酷な気がしないでもありません。

          しかし、考えてみれば最近の出演女優の皆さんは、007映画の出演に合わせてPLAYBOY誌などで全裸(ヘア・ヌード)を披露していらっしゃいます。

          であればコレぐらいの大胆ビキニなどなんのその。 「喜んで着ます」と言った女優さんの人気爆発は間違い無し。

          ついでに007映画の人気急上昇も間違い無し。

          そもそも、大胆ビキニ=ヒモ Tバック とは必須条件であります。

         

          ウヒャ〜、プリプリがいっぱい、たまりましぇ〜ん♡ おっぱいもポロンッとしちゃいそ〜 

         

          ご自身のボディラインに対して常に研鑽を重ねている女優業のかたにとってみれば、このようなヒモ・ビキニ = おしり丸出し姿こそ、自身の研鑽・努力を発表するまたとないチャンスではないかと拝察致します。

          ま、私個人としては、研鑽・努力されたスリムな肢体よりも、ムチムチ・ボインボインのグラマー・ボディが好みですけど。

         

        ***

         

          ところが、世には〜っと大胆なビキニがある様です。

         

             それが、コチラ

         

              

                         

         

         

                           

         

                                              

          これらこそまさしく、“弩ビキニ”です。 俗に“極小ビキニ”とか、 “マイクロビキニ”、などと呼称されている様です。

          その呼び方はともかく、もはや“水着スイムウェアー”とは言えません。

          こんなので泳いだら、ポロンとかペロンとかスルンとか、してしまいます。

          “ビーチウェアー”と区分すべきでしょう(布地の面積が極めて小さいにもかかわらず“ウェアー=衣類”と呼ぶのは抵抗がありますけど)。

          いずれにしても、機能性を無視して“隠すべきトコロを最小限に隠した弩ビキニ”です。

          とにかく、ジェームス・ボンドの周りで..プールサイドなどでたむろするチョイ役のモデル・女優さん方たちにとっては、この隠すべきトコロを最小限に隠した弩ビキニで出演=“出世チャンス”であります。

          次回作では、製作側としても新進気鋭のモデル・女優さん達にこういった“衝撃の弩ビキニ”で登場させて世間の注目を促すチャンスの場を提供する事こそ、後進の育成と云う映画界への貢献がなされるのでは、と考えます。

         

        ***

         

          通常、“ヒモ・ビキニ”と言ったら上に載せた様に、“布地部分がヒモでつながっているビキニ”です。

          ところが、世には“ほとんどヒモ”、“ほぼヒモ”、と究極に向けて進化した“ヒモ・ビキニ”がある様です。 これこそ“真のヒモ・ビキニ”と呼べましょう。

         

              それが、コチラ

         

         

                         

         

         

                         

                                   ドヒャ〜、かなりの衝撃。

                                         

          “超・弩ビキニ”です。 まさに“真のヒモ・ビキニ”でありましょう。

          この様な“超・弩ビキニ”であればビーチで、じゃなかったスクリーンで注目を集める事はまちがいありません。

          やはり、メインのボンドガールの女優さんは、“衝撃の弩ビキニ”で出演。 プールサイドガールの皆さんは、この様な“超・弩ビキニ”で出演。 と、これこそ007シリーズの王道ではないでしょうか。

          えッ、あたしスケベですか。

          そうではありません。 007映画自体が、隠れたスケベ性を持っているとは、数々の拙著で検証してきました。

          ヒワイな妄想をかき立てられた高校生は、映画館を出るとガールフレンドの胸や腰を、ついジロジロと見てしまいます。 妙齢の女性はこういった我々男子の視線には敏感だ。

          かくして、純情な高校生の恋は風前の灯と化す。

          それこそが007シリーズの王道でなければならないのです。

         

        ***

         

          ところが、世には“水着の常識を覆す”過激なビキニがありました。

          水着がビーチウェアーとなり布地面積がどんなに極小となろうとも、“透けない”は常識であると思っていました。

          やっぱ、透けちゃマズイでしょ。 しかしその常識を覆すのが“透けヴァージョン”なのであります。

         

                  それが、コチラ

         

                                               

                              

        スゴくエッチ。 スゴくヒワイ。 でも、スゴ〜く楽しい

        ***

         

          しか〜しッ!、世にはもっとスゴイ“常識を覆すビーチウェアー”がありました。

          上記した“透けちゃうビーチウェアー”は、「透けて見えちゃってもイイ」です。

          で、「見えちゃってもイイ」から、「見せちゃうと進化したビーチウェアー、すなわち、“大事なトコロを隠さない(みせびらかす?)ビーチウェアーです。

         

            それが、コチラ

                                                                       

                               

                              

                              

                                                                                                                 

         

        コチラは真ン中がファスナーになってまして、最小限に隠すかオープンにするか、この様にお好み次第になっております。

         

                

                    キャ〜、かなり過激。 チョー過激です。

           こういったデザインはこまで来るとビキニと言うよりも、ボディアクセサリーと呼ぶに相応し

           い様に思います。

           しかし、アクセサリーの類いは装飾品としての自己主張があります。 

           が、これらはの場合は多少の自己主張はありましょうが、その目的はあくまで主役の引き立て

           役にしか過ぎません。

         

          もー、ビックリ仰天。 

          この様な“透けヴァージョン”“見せちゃうヴァージョン”外国のビーチでは“あり”でしょうが、我が国では“あえな〜い”です。 

          日本でこんなカッコウをしていたら、お巡りさんに捕まってしまいます。

         砂浜での弩ビキニは大歓迎なのですが、どうもこの“隠すべきトコロを隠さないビーチウェアー”はヒワイ感が拭い切れません。

          でも、スゴ〜く楽しい

          そうです。 この様なヒワイ感タップリのどこがイケナイのか。 

          「ワイセツのどこが悪いッ!」は故・大島渚監督の有名なセリフでもあります。

         

          いずれにせよ、これらはまさしく“過激ビキニ” 。

          次回作でボンドガールもしくはプールサイドガールのお嬢さんたちが、この様な“過激ビキニ” でご登場されたならば、かなりの衝撃、かなりの話題作となる事は間違いありません。

          この衝撃があってこそ、『ドクター・ノオ』のウルスラ・アンドレスさんのオマージュが完成するのではないでしょうか。

          さて、 読者諸兄は如何にお考えでしょうか。

         

        ***

         

              

         

         

             

         

         

             

         

         

                            

                 

         

                    【 以上、あっちゃこっちゃから画像をお借りしました

         

         

         いや〜、実に皆さん楽しそうです。 ヒワイ感は感じられません

          それはともかく、若い読者諸兄が新婚旅行で訪れたビーチで、この様な姿のお嬢さん達に遭遇しない事を祈ります。

          男子であればどんな朴念仁であろうとも、こんなお嬢さん達がビーチを歩いていれば、当然のごとく目が追ってしまいます。

        「アンタッ、どこ見てんのよッ」と、なりまして、成田離婚にもなりかねません。

          旅行先でグラマー・ボディーが目に入る事もありましょう。

          それでも、決して視線を泳がせたりせず、新妻の笑顔だけを見つめる。

          これは新郎の責務です。

          しかし、こりゃ拷問ですな

         

         

        『007おしゃべり箱』 will return

         

        月末の金曜日は『007おしゃべり箱の日です。

        お忘れなく

         

        『掲載一覧〔1st〕 『掲載一覧〔2nd〕 『掲載一覧〔3rd〕 『掲載一覧〔4th〕

        があります。ぜひご覧ください。

         

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        Vol.4  18歳未満の閲覧を禁ず

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        『KarmannFishにうってつけの日』を紹介致します。 当『〜おしゃべり箱』と違ってヒネクレたところが無い、素直な楽しい記事が満載です。 ぜひ、ご覧下さい。

        『英語学習お助けサイトを紹介いたします。 「映画/ドラマで学ぶ」のカテゴリーでは、基本的なフレーズを基本に戻って解説されています。

        For James Bond 007 lovers Only』を紹介致します。
        この様に、さまざまなマニアが多くいらっしゃいます。 ぜひ拙著と合わせてご覧ください。


        『ジェームズ・ボンドの部屋&007の武器庫』を紹介致します。
         各コーナー共に写真が豊富ですから、読んで、見て、楽しい内容となっています。 ぜひご覧ください。
        007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007

        007おしゃべり箱 コメント御礼 (8)

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          「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

           

          007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

          コメント御礼(8)

           

          by 紅 真吾

           

            カルマン・フィッシュ 殿

            拙著ブログにコメント頂き、ありがとうございます。

            読者諸兄からのコメントは、涙が出るくらいウレシイです。

            カルマン・フィッシュ殿からは、3月30日に掲載の『Vol.46−8 原作紹介/ドクター・ノオ』について、下記のコメントを頂戴しました。

           

          カルマン・フィッシュです。
          お世話になっております。
          さきほど『原作紹介/
          ドクター・ノオ』を完読いたしました。
          前回も大作でしたが、更にボリューム・アップされていたことにまず驚かされました。
          その力量に圧倒されました。

          嬉しかったのは、前回の「ロシアから愛をこめて」の一件を鑑み、Mより銃をベレッタからワルサーに替えるようボンドに指示が出る、あの場面について詳細に記述があったことです。
          1ヶ月前に読んだ続きでしたので、連載小説のように「待ってました」という気分を体感いたしました。
          例の毒ナイフ靴にフグの毒が仕込まれていたこと、フランス人(←マティス?)が人工呼吸で的確な応急処置をしたことでボンドが九死に一生を得たことなど、映画では描かれていない背景を知ることができまして感謝いたします。

          ハニー・ライダーは私の知っているハニーより遥かに野生児でして、あの美しきウルスラ・アンドレスの姿は脳裏に一度も現れませんでした。
          小説のハニーは親しみやすく、蟹の生態を熟知している生物通で、賢く、勇敢で、とてもチャーミングな女性でした。
          百科事典を読んでいるというコトは既に知っておりましたが、ただ読んでいたワケではなかったんですね。

          一方、ボンドも誰というわけでもないのですが、少なくともショーン・コネリーは消え、小説固有のキャラクターとして、私の中で活躍しておりました。
          紅さんの原作シリーズを読んでいていつも思うのですが、毎回傷だらけになりますよね。疲労困憊もしますしね。
          文字通り「体を張っている」ヘヴィな職務であるので、「がんばれ〜」と言いたくなります。
          おかしいですよね?
          私がボンドに「がんばれ〜」なんて・・・
          読み手それぞれにそれぞれの解釈はあると思いますが、もう、勝手に世界を変えて楽しんでおります。
          ごめんなさい m(__)m

          しかしヒール役のドクター・ノオはというと、不思議なことに最初から最後までワイズマンでありました。
          映画で見たジョセフ・ワイズマンのインパクトが強すぎたからでしょうか?
          (はじめて見た時、怖かったし・・・)
          小説において意外な最期だったのにもかかわらず、また決してフレミングがワイズマンに当て書きしたキャラクターでもないのに、ノオ=ワイズマンが方程式になっております。

          とまぁ、おかげさまで、午後はカフェで充実した読書タイムをとることができ、よい休日となりました。
          本当にありがとうございました。

           

            重ね重ねお礼申し上げます。

            さて、カルマン・フィシュさんがおっしゃる通り、特に冒頭のMの部屋でのシーンは、書き込んでしまいました。 お楽しみ頂けて何よりです。

            が、当初の予定ではサラッと書き飛ばすつもりでした。

            Mが語るピーター・スタイン博士の“人間が体から取り除かれても生きていかれる部分のリスト”のくだりは、完全にスキップするちもりでした。

            ところが、そりゃマズイ、と気が付きまして、イロイロと一歩踏み込んだ記述となってしまいました。

            何故マズイのか。

            これは解説編でも記しましたが、当ストーリー紹介が終わった際にご説明致します。

           

            実を言うとですね、“そりゃマズイ”と思って書き込まざるを得なかった箇所が多くなってしまったものですから、“残しておきたいナ”と思っても割愛した箇所が多くあります。

            その1つが、カルマン・フィシュさんが記された“九死に一生”の箇所です。

            原作でのジェームス・モロニー卿のセリフは、

          「奇蹟だぜ。 何よりも感謝するのは、一緒にいたフランス人だね。 倒れているあの男を見つけて、溺れかけた人間にやるように人工呼吸をやらせたんだ。 医者の来るまで、どうやら肺の機能を持ちこたえさせたんだね。 運が良かった事には、医者がまた南米で仕事をした事のある男でね、クラレの毒と診立ててそのつもりで手当てをしたんだ。 しかしそんな偶然は百万に1つというほどないぜ。 それはそうと、あのロシアの女はどうなった?」 でした。

            この中の、駆け付けた医師の診立てを入れる事で、まさに“九死に一生”感が出るではありませんか。

            でも、拙著では割愛しました。

            ただでさえ長くなっちゃってましたから、編集の段階で「どこか1行でも削れるトコロはないかいな」、と添削し、泣く泣く削ったのでありました。

            と、ゆーワケでェ、残したかったけれどもはしょった部分は何箇所もあります。

           

            また、悪役の描写は全くスキップです。

            フレミング氏が書いた悪役は、誰もが皆“魁偉”と表現するに相応しい風貌です。

            当初は、こりゃ書かんとマズイだろう、と思ったのですが、この形容だけで5〜6行は費やしてしまいそう。

            ま、悪役については映画によるイメージが先行しておりますから、あえて原作の容姿を塗り重ねる必要も無いだろう、と勝手に判断した次第です。

           

            次回の『原作紹介』は、「ゴールドフィンガー」です。

            掲載予定は6月30日(金)。 (まだ草稿は半分しか上がっておりませんが)

            次回4月28日の『〜おしゃべり箱』は、『Vol.47 ビキニ Part2』です。

            今までとはチョット趣向を変えております。 ご期待下さい。

            文末になりましたが、カルマン・フィッシュ殿のご健勝とますますのご活躍をお祈り申し上げます。

           

           

          『007おしゃべり箱』 will return

           

           

          『掲載一覧〔1st〕 『掲載一覧〔2nd〕 『掲載一覧〔3rd〕 『掲載一覧〔4th〕

          があります。ぜひご覧ください。

           

          007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007007


          007おしゃべり箱 Vol.46−1 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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            「007おしゃべり箱」は映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

             

            007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

             

            Vol.46-1

             

            『原作紹介/ドクター・ノオ』

            Ian Fleming’s Dr. No

             

            【ストーリー編 1/8

             

            by 紅 真吾

             

              007号=ジェームス・ボンドが活躍する原作小説の6作目『ドクター・ノオ』(1958年)の紹介です。

              特別編(3)『原作リスト』で記した通り、「読んでいない人も、読んだ気になれる」、「読んだのははるか昔で内容を忘れてしまった人も、記憶が甦る」、を目指して、あらすじを詳しく踏み込んでいきます。

             

             

            6時きっかり、夕陽はブルーマウンテン連山の彼方に最後の黄色い夕映えを残して沈んだ。ジャマイカのメインストリートであるリッチモンド通りにも紫紺の影が覆いはじめてきた。

              リッチモンド通りの突き当りのT字路の向こう側には、総督官邸が建っている。 すなわちこの通りは、ジャマイカ最高の人の邸宅へ向かう道なのだった。

              このT字路の手前に建っているがっちりした2階建ての建物がクィーンズ・クラブで、ジャマイカのみならず、カリブ海一帯で最高の料理と酒が揃う社交の中心なのであった。

              この時刻、クラブの前の通りにいつも決まって4台のクルマが並ぶのに気が付く。 毎夕きちんと5時に集まって真夜中までブリッジをやる4人組のクルマだった。

              いま歩道に並んだ順にその持ち主をいうと、そのクルマはカリブ海防備隊の准将、キングストンきっての有力弁護士、キングストン大学の数学教授、最後が英国海軍の退役中佐にしてカリブ海域調査官−ずばりと言えば英国秘密情報部の地区責任者ストレングウェイズの黒のサンビーム・アルパインだった。

             

              6時過ぎ、この静かなリッチモンド通りを3人の盲目の乞食が歩いてた。

              3人共チグロ−中国系ニグロ−で、先頭の男がブリキのコップを前にしながら白い杖で歩道の縁をコツコツとやっている。 2人目は先頭の男の肩に右手をかけて、3人目も右手を前の男の肩にかけ、そうしてひとかたまりになって4台のクルマの方へと歩いて来ていた。

              クラブのカード室ではストレングウェイズが、「毎度の事ですまないが、20分ほど失敬するよ」と、言って席を立った。

            「早く切り上げてくれよ。 こっちに調子がついてくると、君は決まって水を差すんだからね」、と准将。

              残った3人はイスに座り直すとウェイターを呼んで、それぞれに酒を注文した。

              毎晩6時15分になると、ストレングウェイズはオフィスで電話をかけに戻ってしまうのだ。 まったく興ざめな話しだが、ストレングウェイズはクラブでも人気者であったので、3人は辛抱していた。

              彼の中座が20分以上になった事は無く、その間の飲み物は彼の奢りと云う事で話はついていたのである。

              確かにこの時刻は、ストレングウェイズにとっては一番大切な時刻だった。

              ロンドンの本部と日に1回の定時連絡をとる時刻なのである。

              受け持ちの他の島へ調査に出かけたりして連絡を休む場合も、必ず前日の連絡で休むと断りを入れなくてはならないのだった。

              6時きっかりに彼が無線に出ないと、7時に“青信号”と呼ばれる2度目の連絡が入る。 7時半には最後の“赤信号”が入る。 それでも応答が無い場合は、“緊急事態”となってロンドンの直接管理機関である第3課が、すぐに異常の有無を確かめる仕事に取り掛かるのである。

              たとえ“青信号”の時に無線に出ても、筋の立った理由が認められないとその情報部員にとっては大きな黒星となる。 ロンドンでの無線連絡の時間割は、全世界の情報部員を相手に恐ろしくぴったりと詰まっているのだった。

              ストレングウェイズはこれまで赤信号はもとより青信号を受ける様な不始末をした事は無いし、これからもそんなヘマをするつもりは無かった。

              ストレングウェイズは毎晩6時15分にはクィーンズ・クラブを出て、キングストン港を見下ろすこじんまりとしたバンガローへとクルマを飛ばすのだった。 奥の事務室では、ミス・トルーブラッドが書類キャビネットに見せかけた無線機の蓋を開けているだろう。

              彼女は表向きはストレングウェイズの秘書と云う事になっているが、実は元英国海軍婦人部隊の将校で、彼の右腕とも言うべき情報部員である。 

              彼女は既にイヤホーンを付けて、14メガサイクルで最初の呼び出し符号のWXNをモールス信号で叩いているに違いない。

              これが鋼鉄の様にゆるぎない日課なのだった。

              しかし、こうした判で押した様な性格な行動は、敵に読み取られた場合には致命的な結果を招くものである。

             

              締まった体で背の高いストレングウェイズは、クィーンズ・クラブのマホガニー貼りの玄関を足早に通り過ぎると、道路に駆け下りた。

              彼の頭の中は、先ほどゲームで作った手の快い後味しかなかった。

              差し当たっての事件と云えば、Mから命じられた調査で中国人社会に探りを入れた結果、奇妙な手掛かりが浮かんできた程度だった。 それすらもまだ手掛かりの気配、と云う程度であるが。

              ストレングウェイズの視界の隅に3人の乞食が入った。

              クルマにつく前にすれ違いそうだったので、ストレングウェイズはポケットの中の小銭を探った。 指先でそれがフロリン銀貨である事を確かめると、銀貨を出した。

              おかしいぞ、3人共チグロだ!  そう思いながらストレングウェイズは、銀貨をブリキのコップに落とした。

            「おありがとうございます旦那様」 先頭の男が言うと、後ろの2人も声をそろえた。

              ストレングウェイズの手には、既にクルマのキーが握られていた。 彼は背後のステッキが歩道を叩く音が止んだのに気が付いた。 しかし、もう手遅れだった。

              3人の乞食は一斉にふり返り左右に広がると、ボロの下からサイレンサーを付けたオートマチックを取り出し、訓練の行き届いた正確さでストレングウェイズの背中を撃った。

              1人は肩の間、1人は腰、1人は骨盤。

              3つの銃声はほとんど同時で、ストレングウェイズは蹴とばされた様に歩道に倒れ込んだ。

              6時17分。 タイヤを軋ませながら1台の霊柩車がT字路からリッチモンド通りに走り込んでくると、歩道に固まって立っている3人の前で停まった。

              後ろの2枚の扉が開く。 3人はストレングウェイズの死体を中の棺に押し込むと、霊柩車に乗り込んだ。

              同じ中国系ニグロの運転手が、心配そうにふり返って見る。

            「さあ、早く出せ!」 殺し屋の中で一番図体の大きい男が叫んだ。 男は腕時計をのぞく。 6時20分。 計算通りの殺しだった。

             

            「WWWこちらWXN・・・WWWこちらWXN・・・」 メリー・トゥルーブラットがモールス信号のキーを叩いた。 6時28分。 1分遅刻だ。 黒のサンビームのオープンカーがすっ飛んで来る様子を思って、トゥルーブラットは笑みをこぼした。

            「すまん。 あのボロ車め、なかなかエンジンがかからなくってね」 とか、「今頃はクルマのナンバーが警察に通報されてるぜ。 かなり飛ばしてきたからね」 とか言いながら、隣りのイスに腰を降ろすだろう。

              6時半、いよいよだ。 しかし、やっと廊下に足音が聞こえてきた。

            「WXNこちらWWW。 WXNこちらWWW。 感度はどうか? 感度はどうか?」

              ロンドンの呼び出しがイヤホーンから流れた。

              彼女はキーを叩いた。 「感度良好。 明度良好」

              その時、彼女の背後で何かがはじける音がした。

              トゥルーブラットが振り返ると、戸口に大柄な黒人が立っていた。 銃口に太い筒の付いた拳銃を持っている。

              彼女は悲鳴を上げようと口を開けた。

              男は相好をくずして笑うと、楽しそうに拳銃を上げて彼女の左胸に3発撃ち込んだ。

              トゥルーブラットはイスから崩れ落ちた。

              殺し屋はいったんドアから出ていったが、今度は発火剤の箱とテイト&ライト商会のマークの付いた砂糖袋を持って来た。

              男は袋に死体を詰め込むと、書類やカーテンを部屋の真ん中に積み上げる。 そして、発火剤をその山に押し込んで火を付けた。

              男は死体の入った袋を軽々と担ぐと、玄関を通って表に出た。 表に停まっていた霊柩車の後ろのドアが開く。 中の2人が袋を受け取り、棺の中のストレングウェイズの上に押し込んだ。

              最初の炎が2階の窓に見え始める頃には、霊柩車はモナ貯水池へ向けて走り出していた。

              2人の死体が入った棺は、貯水池の水深50尋の底へとそっと沈められるのだ。

              こうして僅か45分で英国情報部カリブ海支局は、いっさいが完全に消滅してしまうのだった。

             

            *****

             

              3週間後のロンドン。 3月はガラガラ蛇の様な嫌な天気でやって来た。

              1日の夜明けから凍り付くような氷雨で、強い風が追いかけてくる。

              朝の氷雨はロンドンの街をたたき起こし、冷たい風は勤めに出ていく人達の顔に赤いブチを作った。 実に嫌な天気で、誰もが愚痴をこぼしていた。

              日ごろ天気などに頓着しないMまでもが、今日ばかりは嫌な天気だと認めていた。

              何も書いていないナンバープレートを付けた旧式の黒いシルバー・ロールスが、リージェント・パークの背の高い建物の前に止まった。

              ぎこちなく歩道に降り立ったMの顔に、あられが散弾の様に降りかかる。

              Mはクルマを回って運転手の窓のそばへ行った。

            「スミス、今日は地下鉄で帰るからクルマはいらん。 この天気ではクルマを走らせてもつまらん。 戦争中のあの囮船よりもひどいぞ」

              機関兵あがりのスミスは嬉しそうに笑顔を見せた。

            「アイアイ・サー。 ではそうさせて頂きます」

              スミスは初老のMが建物の中に入っていくまで見守ると、クルマを出した。

              Mはエレベーターで9階に上がると、厚い絨毯を敷いた廊下を通って自分のオフィスへと向かった。

              部屋に入るとコートとマフラーを脱いで、花柄模様の絹のハンカチでごしごしと顔を拭く。 そしてデスクの前に腰を降ろすと、インターフォンのスイッチを入れた。

            「ミス・マネペニー、出てきたよ。 暗号電報があったら持って来てくれ。 それからジェームス・モロニー卿に電話してくれんか。 あと、主任に007とは30分以内に会う、と伝えてくれ。 それから、ストレングウェイズの書類を持って来てくれ」

              Mは、金属的な「はい」と言う返事を待ってからスイッチを切った。

              イスに座り直すとパイプを取り出して、何か考え込みながらタバコの葉を詰める。

              秘書のマネペニーが書類の束を持って来てもMは顔を上げなかった。

              インターフォンに黄色の光がまたたいた。 Mは受話器を取り上げた。

             

            「ああ、ジェームス卿か? 5分ほど時間をさいてくれんか?」

            「君が相手なら6分にまけるよ」 電話の向こうで高名な神経学者がくすくすと笑った。 「また閣僚の誰かの精神鑑定をしろ、とでも言うのかね?」

            「今日はそうじゃ無い」 Mはむっと苦い顔をした。 海軍上がりのこの古武士は、政府に対して敬意を払っている。

            「君の治療を受けていたうちの男の事だ。 あの男はもう仕事に使えるかな?」

             相手はしばらく黙っていた。 今度は医者らしい分別くさい声になる。

            「そう、肉体的にはピンピンしてるし、後遺症も残らんはずだし・・・ただねえ、M、あの男はひどい緊張状態を経てきたんだ。 だいたい君のところは人使いが荒すぎるぞ。 最初は楽な仕事をあてがうとかわけにはいかんのか?」

              Mは乱暴な口調で応じた。 「彼が給料を貰えるのは、情報部の仕事をしているからなんだ。 まだ仕事に使えるのかどうかは、私が判断するよ。それに、神経までやられたのも、なにもあの男が初めてじゃないからね。 ところで、今の話しによると、体の方はもう充分らしいな」

            「しかし、苦痛というものは第三者には見当がつかんものだよ。 どこか体の一部が壊れていないからといって、一概に軽く考えるのは・・・」

            「そんな事は十分に承知しているよ」 Mはモロニー卿の言葉をさえぎった。 そもそもはボンドがヘマをやったその報いなのだ。

              Mは部下の扱いに他人から指図されるのが大嫌いだった。 たとえ相手が世界一流の高名な医者だとしても、だ。

            「ピーター・スタイン博士を知っているかね?」 Mはだしぬけに言った。

            「いや、知らないな。 何者だね?」

            「アメリカの医者でね、彼が書いた本の中に人間が体から取り除かれても生きていかれる部分のリストが出ていた。 メモを取っておいたんだが読んであげよう。 いいかい、胆嚢、扁桃腺、虫垂、腎臓の片方、肺の片方、4〜5クォートある血液のうち2クォート、肝臓の2/5、胃袋の大部分、23フィーある腸のうち4フィートまで、脳の半分」

              Mはここで一息ついた。

              電話の向こうから、あきれた声が聞こえてきた。

            「腕1本とか脚1本とかも書いてなかったかね? いったい、どういうつもりだか解らんが」

            「私の言いたいのは、うちの男はこれに比べればかなり軽いという事だよ」

              ここでMは口調をやわらげた。

            「しかしその事で議論するのはよそう。 実は私が考えているのは、彼をちょっと休ませてやろうと云う事なんだ」

              Mは雨が滝の様に流れる窓に視線を向けた。

            「とにかく休暇仕事みたいなもんでね、うちの人間が2人行方不明になったんで例の男をその調査にやろうと思ってるんだよ。 陽光輝くジャマイカへね」

            「それはいい考えじゃないか。 しかしね、人間の勇気というものには限度があるからね」

            「そうかもしれんね」 Mはこんな話しはもうたくさんだと思った。 「だから外国にやろうと思ってるんだよ。 それはそうと、例のロシア女があの男に注射したのが何だか解ったかい?」

            「昨日やっと解答があった」 モロニー卿も話題が変わって、ほっとした様子だった。

            「調べるのに3ヶ月かかったよ。 つきとめたのは熱帯医学研究所のやつでね、フグのテトロドキシンという毒だった。 中枢神経が麻痺するんだ。 一発打たれただけで運動神経が麻痺して呼吸筋肉も動かなくなってしまう」

            「よく助かったな」

            「奇跡だよ。 その場に居たフランス人に感謝するんだね。 医者が来るまで人工呼吸をやって肺の活動を持ちこたえさせたんだ。 それはそうと、あのロシア女はどうなったんだい?」

            「ああ、死んだよ」 Mはそっけなく言った。 「どうもありがとう。 それから、この患者の事は心配いらんよ。 ゆっくりと現場に慣れさせていくつもりだから」

              Mは電話を切ると、冷たい無表情な顔に戻った。 次に、何冊もある暗号電報のファイルに目を通していく。 いくつかにはメモを書き入れ、ときおりどこかの部署に電話をかけたりした。

              そうして目を通し終わると、ファイルの山を既決の箱に放り込んでパイプに手を伸ばす。

              目の前に残っているのは、表紙に“カリブ海支局 ストレングウェイズおよびトゥルーブラット”と書かれたファイルだけだった。

             

              インターフォンのランプが点滅した。 「何だね?」

            「007が参りました」

            「こっちに寄こしてくれ。 それから兵器係に5分以内に来る様に言ってくれ」

              ジェームス・ボンドがドアを開けて入ってきた。 デスクの前の、Mと向かい合ったイスに腰を降ろす。

            「おはよう、007」

            「おはようございます」

              静まり返った室内には、Mのパイプのジュージューいう音と、窓をひっかく氷雨の音がハーモニーとなっていた。

              病院から病院へとたらいまわしにされていた何か月もの間、ボンドが心に思い描いていたMとその部屋だった。 この部屋に呼ばれる事こそ、ボンドが長い間待ち望んでいた回復のシンボルだったのだ。

              ボンドは、雲の様なタバコの煙ごしにMの灰色の瞳を見つめた。 今度の仕事は何だろう? 以前の様な数々の修羅場をくぐる様な仕事だろうか? それとも、あっさりとどこかの部署の書類仕事に回されてしまうのだろうか? それとも、Mはボンドが仕事に戻れるのを待って、何か素晴らしい事件を温めておいてくれたのではないだろうか?

              Mはマッチ箱をデスクの上に放り出すと、イスの背にそっくり返った。

            「どうだ? 退院できて嬉しいか?」

            「ええ、嬉しいです。 それに張り切ってます」

            「この前の件について何か言いたい事はあるか? 私が査問を命じたから、主任が君にいろいろと聞き取りしたと思うが、他に何か付け加える事はないか?」

             Mの声は冷ややかだった。 ボンドは不安な気持ちになった。

            「何もありません。 あの女を近づけたのが失敗でした。 今後は気を付けます」

              Mは両手をデスクの上に拡げた。

            「その通りだ」 Mの声は穏やかだったが、嵐をはらんでいた。 「確か拳銃が引っ掛かって間に合わなかったそうだな。 007、失敗のもとはそこだぞ。 ダブル0の番号を持つ諜報員がそんな失敗をするとは、もってのほかだ。 あきらめて並みの勤務に戻るか?」

              ボンドはぎょっとして恨めしそうにMの目を見つめた。

              ダブル0の番号は必要とあらば人を殺してもよい許可証で、大変な名誉なのだ。 この番号のおかげで、ボンドは大好きな危険な仕事ばかりをやれるのだ。

            「いえ、嫌です」

            「では君の装備を変えねばならんな。 査問委員会で判明した事の1つだ。 私も同じ意見だよ」

            「あの拳銃は使い慣れてるんです。 この前みたいな場合は、誰でもああなると思います」

              ボンドは強情をはった。

            「私はそうは思わん。 査問委員会もそうだ。 だからこれは決定なんだ。 問題は替わりに何を使うか、と云うだけの事だ」

             

             Mはインターフォンの上にかがみこんだ。 「兵器係は来とるか? すぐ寄こしてくれ」 Mはまた座り直した。

            「007、君は知らんだろうが、ブースロイド少佐は小火器については世界的な権威なんだ。 ここで彼の話しを聞こう」

              ドアが開いて背の低い華奢な男が入って来た。 あまり顔を合わせた事は無いが、澄んだ灰色の目には見覚えがあった。

            「おはようございます」 と言った声は平板で感情が無かった。

            「おはよう。 ちょっと訊ねたい事があるのだがね」 Mはなにげなく声をかけた。 「ベレッタの.25口径を君はどう思う?」

            「婦人物ですね」

             Mはボンドに向かって眉を上げて見せた。 ボンドもかすかに笑顔を浮かべる。

            「ほほう! それはまた、なぜだね?」

            「殺傷力が弱いですよ。 もっとも、扱いは楽ですがね。 ちょっと恰好もしゃれてるし、お解りでしょう? ご婦人うけするアクセサリーですよ」

            「サイレンサーを付けたらどうだ?」

            「もっと威力が弱くなりますね。 それに私はだいたいサイレンサーと云うのは好かんですね。 重くてかさばります。 ベレッタにサイレンサーを付けるなんて、私には勧められませんな。 少なくとも仕事に使う場合は反対です」

             Mは楽し気にボンドの方を向いた。 「007、何か言う事はないか?」

            「承服できませんよ。 私はこれまで15年間ベレッタ.25口径を使ってますが、撃ち損じた事は1度もありません。 仕方なしに他の大型拳銃を使った事がありますが、接近して撃ったり目立たない様に持ち歩くには、今のベレッタが一番です」

            「だがな007、問題は慣れだけだ。 すぐに新しいやつに愛着を覚える様になるさ。 気の毒だが私の肚はもう決まっとるんだ。 ちょっと立ってみたまえ。 兵器係に君の体格を見せるんだ」

              ボンドは立ち上がって兵器係と向かい合った。 ブースロイド少佐はまるで医者みたいな態度でボンドの体を眺めると、「拳銃を拝見」と、言った。

              ボンドは上着の下から革紐を付けたベレッタを取り出した。

              少佐はその拳銃を仔細に眺めると、デスクの上に置いた。 「ホルスターは?」

              ボンドは上着を脱ぐと、鹿革のホルスターと付属品を外す。

              少佐は手にしたホルスターを調べると、ベレッタの横にバカにした様な態度で投げ出した。

            「もっとマシなものを装備できると思います」

              ボンドは腰を降ろした。 仏頂面になるのを必死でこらえて、平然とMを見つめる。

            「それで? 何を推薦する?」 Mはそんなボンドの態度を無視して少佐に質問した。

              ブースロイド少佐は専門家らしい口調になった。

            「実は今、小型拳銃を一通り当たってみたところですが、ワルサーPPK 7.65ミリを選びますね。 日本のM114、ロシアのトカレフ、ソーサーM38などより命中精度に劣りますが、引き金が軽いのと握りの後ろが張っているのが007の手加減に丁度いいでしょう。 それにワルサーの弾丸なら世界中どこでも手に入ります。 この点、日本やロシアの拳銃はダメですね」

              Mはボンドの方に向き直った。 「何か言う事はあるかな?」

            「いい拳銃ですね」 ボンドも認めた。 「しかし、ベレッタよりかさばります。 持ち運びはどうするんです?」

            「バーンズ・マーティンの三挙動ホルスターがいいと思います」 ブースロイド少佐は簡潔に答えた。 「ズボンの内側に差すのが一般的ですが、脇の下に吊ってもいいんです。 これよりもっと早く抜けるでしょう」

            「では話しは決まった」 Mは結論付けた。 「ところで、もっと大きいやつは何がある?」

            「大きいのと言うと1つしかありません。 スミス&ウエッソンのセンチニアル・エアウエイトです。 リヴォルバーの.38口径で服に引っ掛からない様に無撃鉄です。 軽量化の為に輪胴には5発しか入りません。 しかし.38口径の威力ですからね。 弾頭のエネルギーは・・・」

            「それで結構だよ」 Mが苛立った口調で遮った。 「そいつは書類にまとめておいてくれ。 とにかく君がいいと言うなら、それが1番いいんだろう。 で、そのワルサーとスミス&ウエッソンを007に届けてくれ。 射撃練習の世話もしてやってくれんか。 一週間もすれば充分に使いこなせる様になるだろう。 ご苦労だった。 もう下がっていいよ」

            「失礼します」 ブースロイド少佐はそう挨拶すると、固い足取りで部屋から出ていった。

             

              しばらく沈黙が続いた。 氷雨が窓をかきむしる音だけが部屋に響く。 Mは窓ガラスに流れる雨を眺めている。

              ボンドはデスクの上のベレッタとホルスターに目を移した。

              これの一発で何度命を救われた事か。 世界のあちこちのホテルで、ベッド・カバーの上に1発ずつ弾を出して動きを確かめる。 それが済むと小さなホルスターに収めて、明暗の分かれ道になる最後のデートに出かけていったのだ。

              Mはイスを回してボンドと向き合った。

            「ジェームス、気の毒だな」 しかしMの口調には同情している様子など影も形も無かった。 「こいつに君がどんな気持ちを持っているか、私にだって解るよ。 しかし、これを持たせておく訳にはいかんのだ。 ダブル0の番号を持つ部下に、危ない橋を渡らせるわけにはいかん。 まともな装備をしてもらわねばならんのだ。 わかるかね? 君の仕事では、手足の1本よりも拳銃の方が大切なんだぞ」

              ボンドはかすかに笑顔を見せた。 「解ってます。 もう文句は言いません。 ただこいつと別れるのが辛いだけです」

            「それならよろしい。 この話しは終わりにしよう。 ところで、君に仕事をしてもらうぞ。 ジャマイカへ行ってもらう。 人事的な問題だが、あるいはそれは上べだけなのかもしれん。 月並みな調査でいいんだ。 南の陽光は君の体にもいいだろう。 ちょっと休暇を兼ねて行って来てくれ」 

            「何か遊びみたいですね。 休暇はもう充分に取りましたが、どうしてもと言うのなら・・・、ご命令なら・・・」

            「そうだ。 命令だ」 Mは言った。 

             

              続きは【ストーリー編2/8】へどうぞ。

             

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            007おしゃべり箱 Vol.46−2 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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              「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

               

              007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

               

              Vol.46-2

               

              『原作紹介/ドクター・ノオ』

              Ian Fleming’s Dr. No

               

              【ストーリー編 2/8

               

              by 紅 真吾

               

                【ストーリー編 1/8】の続きです。

                

                窓の外の空模様は、ますますひどくなっていた。 部屋の中が薄暗くなってくる。

                Mはデスクの上のスタンドを点けた。 部屋の中央に温かそうな黄色の光があふれた。

                Mはぶ厚いファイルを手前に引き寄せた。 ボンドは始めてそのファイルに気が付いた。

                表紙の文字はさかさまだが、彼には難なく読めた。 あのストレングウェイズがどうしたと云うんだろう?

                Mはデスクの上のボタンを押した。

              「この件の詳しいところは、主任に話してもらおう。 つまらん事件らしいんだがな」

                主任が入ってきた。 工兵大佐までいった男で、齢はボンドと同じくらい。 ボンドはこの男とは本部で一番仲良く付き合っている。 2人は笑顔を交わした。

                Mは主任をもう1つのイスに座らせると、ボンドに向き直った。

              「007、君はストレングウェイズを知ってたな。 5年ほど前の、例の宝島事件で一緒に仕事をしただろう? 彼をどう思う?」

              「いい男です。 ちょっと短気なところがありましたが、今では角も取れているでしょう」

              「秘書のメリー・トゥルーブラットは? 彼の右腕だったんだが」

              「その女には会った事はありませんね」

              「海軍婦人部隊の士官からこっちに入ってきたんだ。 なかなかの経歴の様だぞ。 写真で見ると、なかなかの別嬪だな。 どうだね? ストレングウェイズは女道楽が過ぎてはいなかったかな?」

              「かもしれません」 ボンドは昔の彼の派手な振る舞いを思い出したが、彼に遠慮して、そう答えた。

              「しかし、いったいその2人がどうしたんです?」

              「それが知りたいのだ。 3週間前の同じ晩に2人とも消えてしまったのだ。 支部のバンガローを灰にしてな。 女のアパートからは何一つ持ち出されておらん。 パスポートまでそのままだ。 ま、ストレングウェイズにしてみればパスポートなんぞどうにでもなる。 飛行機は何便も出てるから、フロリダだろうが南米だろうが、その気になれば2人はどこへでも行かれる。 そうだろう?主任」

              「はあ」 しかし、主任の返事は歯切れが悪かった。 「しかし、私はあの最後の無線連絡が引っ掛かります。 日課の無線が始まったところで途絶えてしまったんです。 駆け落ちするような2人のする事じゃありません。 それにストレングウェイズと一緒にゲームをやっていた友人達にも、いつもと同じ様に20分程で戻る、と言って出ていっています。 が、自分のクルマは置きっ放しです。 どうも妙です」

               Mは曖昧に鼻を鳴らした。

              「人間ってのはホレたハレたとなると時には正気の沙汰とは思えん様な事を仕出かすからな。 それでは他に考えようがあるかね? まったくあそこは平穏無事なところなんだ。 ストレングウェイズが何か大きな事件にぶつかったとは思えん。 007、君はどう思う?」

                ボンドの考えははっきりしていた。

              「ストレングウェイズがそんなふうに仕事を放り出しちまうとは考えられませんよ。 それにお話しによると女の方も婦人部隊の士官だったそうじゃないですか。 それほどの女がそんな血迷った事をするでしょうか?」

              「007、君の意見はわかったよ」 Mは感情を抑えた声で言った。 「私もそう考えてはみた。 いきなり結論に飛びついたりせんよ」

                Mは座り直してボンドの反応を待った。 パイプに手を伸ばしてタバコの葉を詰め始める。

                そもそもMはこの事件にうんざりしていた。 部下の人事的な問題よりも、解決せねばならない問題は山ほどあるのだ。

                Mとしてはボンドをジャマイカへやるのは、これも一応仕事の内だとボンドに思わせる方便に過ぎなかったのである。

               

                ボンドはいい加減に誤魔化されるつもりは無かった。 主任の言う事はもっともだ、と思った。

              「ところで、ストレングウェイズが最後に手がけていた事件は何だったのです? 何か報告があったんじゃありませんか?」

              「別に何も無かったな」 Mがきっぱりと言った。 パイプを主任の方にむけて、「そうだろう?」

              「はあ」と、主任は言った。 「鳥についてのバカらしい話しがあっただけです」

              「おう、そうだった」 Mがバカにした様に言った。

              「動物園が言って来たたわごとだったな。  確か6週間前の植民省からの依頼だったな」

              「そうです。 しかし動物園では無く、オーデュボン協会と云うアメリカ人の団体です。 希少になった鳥を絶滅から防ぐ活動をしているんです。 かなり力を持った団体の様ですね。 何でも何とか云う鳥の巣をダメにするからと、原爆実験をウェストコーストの方へ移させたくらいですから」

                ボンドは興味を持った。 「そのオーデュボン協会はどうしろと言ってきたんです?」

                Mはイライラとパイプを振った。 ファイルを主任の方に押しやる。 「君から説明してやってくれ」

                主任はファイルを手にすると、パラパラとページをめくりだした。

              「ベニヘラサギと云う鳥についてだね。 絶滅したと思われていたのが、ジャマイカとキューバの間のクラブ礁島に生息しているらしいんだ」

                そこはジャマイカ保護領、すなわち英国領である。 昔はグアノ採掘の島だったが、採算が取れずにかれこれ50年ほど無人島だった。  オーデュボン協会は島に一部を借りて監視員を2人常駐させていた様だ。 戦争になってグアノの値段が上がったので、頭のいい奴が島を買い取ってグアノの採掘を再開したらしい。

              「その島を手に入れたのは何者なんです?」 とボンド。

              「中国人だ。 いや、半分中国で半分ドイツだね。 ふざけた名前の男だよ。 ノオ博士と自称している。 ジュリアス・ノオ博士だ」

              「ノオ? イエス・ノオのノオ?」

              「そうだよ」

              「その男について解っている事は?」

              「人付き合いを全くしないと云うだけで、何も解らないんだ」

                島を買い取って以来、外とは没交渉らしい。 貴重なグアノを作ってくれるグアノ鳥を人が来て驚かしてもらいたく無い、といった言い分のようだ。 ところが、去年の暮れに事件が起きた。

              「例の監視員の1人がジャマイカの海岸にカヌーで流れ着いたんだ。 体中が大やけどで4〜5日で死んでしまったんだが、死ぬ前に火を吹く竜にキャンプが襲われた、と言ったんだ」

                竜が相棒を焼き殺してキャンプを焼き払い、本人は命からがら逃げてきた、という。

                オーデュボン協会はそんな報告を受けると、お偉方2人をビーチクラフト機で島へと向かわせた。  ところが、そのビーチクラフト機が着陸に失敗して、協会の2人は死んでしまった。

              「これで協会は大騒ぎになってね、カリブ海域の合衆国艦隊から一隻のコルヴェット艦をその島へ向かわせたんだ。 これを見てもかなりの圧力団体だと判るだろ?」

                コルヴェット艦の艦長はノオ博士に丁重に迎えられたそうだ。 滑走路や飛行機の残骸を見せてもらった後で、丁重に防腐剤を詰められた棺をうやうやしく引き渡された。 例のキャンプ跡へも案内された様で、艦長は荒涼とした沼地を見て、2人がノイローゼになってしまったとしても無理はないと思ったらしい。

                結局、彼は丁重に艦に送り返されて帰って来た様だ。

                ここで主任は両手を広げてみせた。

              「まあ、こんなところだね。 最後に艦長が、ベニヘラサギは5〜6羽ぐらいしか見なかった、と報告したのがオーデュボン協会に火を点けちまったんだな。 連中はこのつまらん鳥がいなくなってしまった事に腹を立てて、それ以来全て調べ上げろと、やいのやいの言い出したんだ。 植民省だってジャマイカの出先機関だって、こんな事は少しも興味無いやね。 そこで結局こっちにおっかぶさってきた、と云うわけさ」

                主任は、これで終わりだ、という様に肩をすくめた。

               

                Mは不機嫌そうにボンドを見た。

              「どうだ、007。 ああいう婆さまたちの集まりが騒ぎ始めると始末に終えん。 どこから集めるのか知らんが、金も充分に持っとるしな。 しかも厄介なのは政治家まで巻き込んでの大騒ぎだと云う点だよ。 しかし誰かが婆さま連中を黙らせねばならん。 今回はそこがイギリス領だと云う事で、こっちの仕事だと言う。 わしにどうしろと言うんだ? その島に潜水艦でも送るか? 何のためだ? ピンクのコウノトリの一族がどうなったか調べるためにか?」 

                Mは鼻を鳴らした。 「とにかく007、ストレングウェイズの最後の事件は何だと訊ねたが、これがそれだ」

                Mは挑む様に前に乗り出した。

              「何かまだ聞きたい事はあるか? わしは忙しいんだぞ」

                ボンドはかろうじて笑いをこらえた。 Mの癇癪はいつもの事だ。

              「ファイルを拝借させて下さい」 ボンドは下手に出た。 「4人もの人間が鳥に関係して死んだ、と云うのはちょっと驚きですね。 もしかしたらストレングウェイズと秘書の女性もそうかもしてません。 何か裏がありそうに感じませんか?」

              「持ってけ、持ってけ」 Mは、いい加減にしろ、とでも言う様に怒った声で言った。 「早く片付けてこい。 君は聞いとらんだろうが、世界はちょっとした混乱状態になっとるんだぞ」

                ボンドは腕を伸ばしてファイルを取り上げた。 ついでにベレッタとホルスターも取り上げる。

                しかしMは見逃さなかった。

              「いかん、置いていけ。 いいか007、今度呼ぶ時までに2挺の拳銃の扱いを吞み込んでおくんだぞ」

                ボンドはMの目を見つめた。 初めてこの男が憎らしいと思った。 Mがこんなに頑固で意地悪なのは、この前の失敗の懲らしめなのだ。 おまけにMにとっては、部下をのんびりさせる事など耐えられないのだ。 老いぼれ親父め!

                ボンドは怒りを身内に逆立てさせながら、「やっておきます」と、言った。 そしてくるりとふり返ると、部屋を出た。

               

              *****

               

                ジャマイカ空港で飛行機から降り立ったボンドは、出入国管理局の建物に向かって歩き出した。

                南国の暑さがボンドを包み込むが、ロンドンのあの刺すような寒さの後では逆に心地よかった。

                ボンドのパスポートには、“貿易商”となっている。

              「どちらの会社です?」

              「ユニバーサル貿易です」

              「こちらへはお仕事で?」

              「いや、休暇でね」

              「では、せいぜいお楽しみください」 黒人の管理官は無造作にパスポートを返してきた。

                ボンドが税関へ入っていくと、柵に寄りかかった男が目に入った。

              「クォーレル!」 ボンドが声をかける。

              「元気かね、キャプテン」 ケイマン諸島生まれのその男は、顔中に笑いを浮かべた。

                税関の役人はクォーレルとは顔見知りらしく、ボンドのカバンは蓋も開けずに、チョークで検査済みの印を付けた。

                2人は出口に向かって歩き出した。 その時、どこからかフラッシュが閃いた。

                柱の横で、ジャマイカ服を着た可愛らしい中国娘が構えていたカメラを下した。

                娘は2人のもとへやって来ると笑顔を作って、「デイリー・グリーナー社です。 写真を撮らせて頂きましたわ。 ボンドさんですね、ジャマイカへは何日ぐらいご滞在ですの?」 と言った。

                これはさい先が悪いぞ、とボンドは思った。 「なに、ちょっと立ち寄っただけだよ。 あの飛行機にはもっとニュースになりそうな人が乗っているだろうに」

              「そんな事ありませんわ。 あなたは偉そうだし。 それで、ホテルはどちらですの?」

                ボンドは肚の中で舌打ちした。 「マートル・バンク」と言い捨てると歩き出す。 「どうもありがとう、ミスター・ボンド」 娘は鈴を鳴らすような声で言った。

                ボンドとクォーレルは外へ出ると駐車場へ向かった。 「あの女を空港で見かけた事はあるかい?」 歩きながらボンドはクォーレルにたずねる。

              「知りませんね。 でもグリーナー社には女のカメラマンは多いですよ」

                ボンドは漠然とした不安を感じた。 自分の写真を新聞社が欲しがる理由など無いはずだ。

               

                駐車場まで来ると、クォーレルが1台のクルマを示した。

                黒のサンビーム・アルパインだった。 ストレングウェイズのクルマだ。

              「クォーレル、このクルマはどこから持って来たんだい?」

              「総督の副官がこれを使えって言ってきたんです。 どうしたね? いけなかったかね?」

              「ふむ、まあいいさ」 ボンドはあきらめて言った。 「さあ乗ろう」

                助手席に乗り込んだボンドは、自分の失敗に呆れていた。

                こんなクルマに乗っていたら、それこそ、我こそはストレングウェイズの仲間でござい、と言いふらしている様なもんだ。 ふり出しからこんな事では、敵に先手を打たれてしまう。 

                しかし、実際にそんな敵と云うのは居るのだろうか? 自分の思い過ごしではないだろうか?

                暮れなずむ街道ぞいの景色を眺めながら、ボンドは暗澹とした。

                虫の知らせか、ボンドはふと後ろを振り返った。 100ヤードばかり離れて、スモールライトだけ点けたクルマが走っている。 ジャマイカ人は大抵こんな時刻ならヘッドライトを煌々と点けるものだ。

              「クォーレル、次の突き当りでキングストンへ向かうのと反対の右に曲がって直ぐに停めて灯りを消してくれ。 そこまではうんと飛ばすんだ」

              「合点でさ」 クォーレルは楽しそうに応える。

                やがて直線道路が終わって大きなカーブに入った。 クォーレルはギヤを目まぐるしく変えて、突き当りを右に曲がった。 すぐにクルマを停めると、ライトを消す。

                ボンドは振り返ってクルマが通るのを待った。 すぐに目の前を、大型タクシーがキングストン目指して通り過ぎていった。 一瞬だったが、運転手以外は誰も乗っていないのが分かった。 2人はそのまましばらく黙って座っていた。

              「クォーレル、空港から客を乗せずに街へ帰るタクシーなどあり得ないよ。 あいつはこっちを尾行していたんだ。 さ、気を付けてホテルまでやってくれ。 まかれたと気付いて、どこかで待ち伏せしているかもしれないからな」

              「そんな事、言われるまでもありませんやね」 クォーレルは笑って答えた。

               

                2人の乗ったサンビーム・アルパインはキングストンの街並みを抜けて、ブルー・ヒルズ・ホテルの車寄せに滑り込んだ。 格式のある居心地のいいホテルだ。

                総督官邸から予約が来ていたと云う事で、ボンドは丁重に迎えられた。

                案内された部屋は、キングストン港が見下ろせるバルコニーが付いている部屋だった。

                ボンドはさっそくシャワーを浴びてロンドンの生活の垢を落とすと、ルーム・サービスでジン・トニックのダブルとライムを1個取り寄せた。 ライムは半分に切ってそれぞれを大きなグラスに絞ると、氷を入れてジン・トニックを注ぐ。

                グラスを手にしてバルコニーに出ると、キングストンの夜景を眺めながら、程よい酔いを楽しんだ。

               

                約束通り7時にクォーレルが夕食の迎えに来てくれた。 ボンドはもうあきらめたサンビーム・アルパインに乗ると、「どこがいいんだい」 とクォーレルに問いかけた。 「あたしはキングストンでは波止場の近くのナイト・クラブに行くんです。 普通の店ですよ。 でも、料理と音楽はいいんです」

              「そりゃ楽しみだな」

              「実は古くからの友人がやってる店なんですよ。 “タコ斬り”って仇名なんですけどね、昔し大タコと格闘したところからそう呼ばれているんです」

                クルマは洒落たレストランやナイト・クラブの前を素通りして、住宅地に入った。 そこも通り過ぎると、あたりは貧民街になる。

                やがて道路がカーブして、海から引っ込んだあたりに金色のネオン看板が現れた。

                クォーレルはそこの駐車場にクルマを停めた。 ボンドは門をくぐって店に入って行くクォーレルに続いて、芝生に棕櫚を植え込んだ庭に入った。

                洒落た白のタキシードを着た大男がやって来た。

              「よお、クォーレル。 久しぶりだね。 どの席にしようか?」

              「やあ“タコ斬り”、今日はこの旦那と話しがあるから、バンドから離れた席の方がいいな」 大男は2人を波打ち際に近い、棕櫚の木の下の静かな席に案内した。

              「お飲み物は?」 ボンドは例のジン・ライムを注文し、クォーレルはビールを注文した。

                数ヤード先では砂浜に打ち寄せる波が単調な音を立てている。 頭上では棕櫚の葉が夜風に静かにそよいでいた。 ロンドンでの生活とは別世界だ。

              「この店は気に入ったよ」 ボンドがそう言うと、クォーレルは嬉しそうに笑った。

              「あの“タコ斬り”はあたしの親友なんですよ。 キングストンの事は何でも知ってます。 あいつもケイマン諸島の生まれでしてね、あたしと一緒にボートに乗ってた事もあったんです。 その頃、あいつはカツオ鳥の卵を採りにクラブ礁島まで出かけて行きましてね、離れ岩へ泳いでいくところで大ダコに捕まったんです。 クラブ礁島はこの辺りと違って、キューバ海溝の近くなんで海が深いせいか、タコもバカでかいのがいるんですよ。 あいつはだいぶひどい目にあったみたいです。 なんとかタコの足を斬り払って抜け出せたようですが、肺が片方つぶれちまったんです。 そんなこんなでボートの権利の半分をあたしに売ると、キングストンに来ちまったんです。 戦争前の事ですけどね。 今ではちょっとした金持ちですよ。 こっちは相変わらず漁師をやってるってのにねえ」 ここでクォーレルは苦笑いした。

              「クラブ礁島ってのは、どんな島なんだい?」

              「近頃じゃ魔の島ってことになってますぜ」 クォーレルはボンドを鋭く見返した。 「戦争中に中国人の金持ちが島を手に入れて、人夫を運び込んで鳥の糞を掘り出し始めたんですがね、それ以来誰も島に近づけさせないし、誰も島から出さないんです。 みんな触らぬ神に祟りなしって言ってますよ」

              「そりゃまた、なぜだね?」

              「向こうは監視を大勢雇ってるんです。 機関銃まで装備してるんですよ。 レーダーも持ってるみたいです。 あたしの仲間でもあの島に行って帰ってきたのは居ませんや。 正直なとこ、あたしもあの島はおっかないです」 そう言うクォーレルは、確かにおびえていた。

                料理が来た。 ボンドは食べながら、今回の発端であるストレングウェイズの事件をクォーレルに話した。

                クォーレルは熱心に聞いていた。 火傷を負った監視員の事や飛行機が墜落した事は、特に関心を抱いた様だ。

                食事が終わると、「ねえ、キャプテン」と、静かに言った。 「鳥だか何だかがクラブ礁島に居て、その中佐がその事に首を突っ込んでいたとすれば、中佐もその女の子も奴らに消されたに決まってますよ」

              「なぜそうはっきりと言えるんだい?」

                クォーレルは両手を広げてみせた。

              「判り切った事ですよ。 あの中国人は自分の島が覗かれるのをとても嫌ってますからね。 あたしの友達も、島に近づこうとしたために殺されたのが判ってます」

               

                その時、フラッシュの光がボンドをとらえた。

                ふり返ると、空港にいた中国娘が棕櫚の木の陰に立っていた。

              「クォーレル、あの女を捕まえろ」

                クォーレルはすばやく立ち上がると、女の所へ行って手を差し伸べた。 「こんばんは、お嬢さん」

                女はライカから手をはなしてクォーレルの手を取った。

                その瞬間、クォーレルは身体をくるっと回して、女の手を背中にねじ上げた。

              「何すんのよ。 痛いじゃないの」

              「うちのキャプテンがあんたと一緒に飲みたいとさ」

                クォーレルは女を連れてテーブルに戻ると、足先でイスを引き出して自分の横に女を座らせた。

              「こんばんは、お嬢さん。 なぜまた私の写真を撮るんだね?」

              「夜のスナップを撮ってたんです。 最初の写真は失敗だったんです。 この人に手を離せと言って」

              「新聞社の仕事かね? 名前は?」

              「言いたくないわ」

                ボンドはクォーレルに片方の眉を上げてみせた。

                クォーレルは女の手首をねじ上げた。

                女は体をくねらせながら「あっ」と喘いだ。

              「言うわ。 アナベル・チャンよ」

                ボンドはクォーレルに、「おやじを呼べ」と、言った。 クォーレルは空いている手でフォークを取ると、グラスをカンカン叩く。 大男があわててとんできた。

                ボンドはおやじを見上げて「この女を知っているかね?」と、訊ねた。

              「へい旦那、時々来てますよ。 この女が何か?」

              「いや、実は私のポートレートを撮らせてくれ、と言うんだが・・・」と言って、本当にグリーナー新聞社のカメラマンか、新聞社に電話して確かめてくれ、と頼む。

                亭主が下がると、ボンドは女に向き直った。

              「上司の部長が、キングストンでは気を付けろ、と言ってたんでね。 なぜ私の写真を撮りたがるのか、訳を話してくれないかな」

              「言ったでしょ。 仕事よ」 女は不貞腐れたまま答えた。

                亭主が戻ってきた。 「確かにアナベル・チャンは新聞社のフリーランスのカメラマンですね。 なかなか上手い写真を撮るそうですよ」

                ボンドは亭主に礼を言って下がらせた。

              「フリーランサーか。 では私の写真を撮れ、と依頼してきたのは誰だね? いいかげんに白状しろよ」

              「いやよ」 女はそっぽを向いた。

              「よしクォーレル、やれ」 ボンドはそう言うと、イスに楽々とすわり直した。 この答えによっては、何週間もの手間がはぶけそうだ。

                クォーレルの右肩がぐっと沈んだ。

                女は苦痛に顔をゆがませながら、身を足でよじらせた。 脚がバタバタと床を蹴る。 顔には玉の汗が吹き出していた。

              「誰だね?」 ボンドは穏やかに問いかけた。

                と、その時、女の左手がクォーレルの左の頬を叩いた。 バシャンという音と共に、フラッシュバルブのガラスがテーブルに飛び散る。

              クォーレルは頬に手を当てて手に付いた血を見ると、「あれま」と言って、感心した様な笑顔を見せた。

              「この女は相当しぶといですね。 腕を折りますか?」

              「いや、離してやれ」

                女は後ずさりしながら2人を罵った。 「嫌な奴。 あの人にひどい目に会うからね」 そう言うと棕櫚の木の間を走り去って行った。

              「我々も勘定を済ませよう」 ボンドはそう言って立ち上がった。

               

               続きは【ストーリー編 3/8】へどうぞ。

               

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              007おしゃべり箱 Vol.46−3 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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                「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしておます。

                 

                007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                 

                Vol.46-3

                 

                『原作紹介/ドクター・ノオ』

                Ian Fleming’s Dr. No

                 

                【ストーリー編 3/8

                 

                by 紅 真吾

                 

                 

                 

                  【ストーリー編 2/8】の続きです。

                 

                  翌朝、ボンドは部屋のバルコニーで朝食をとっていた。

                  女カメラマンからは情報は引き出せなかったが、1つだけ収穫があった。

                  女の捨て台詞の「あの人にひどい目に会うからね」、とは、自分を監視対象としている人物が居る、と云う事だ。

                  今ではボンドは、ストレングウェイズとトゥルーブラットは殺されたのだ、と確信していた。

                  そして、2人の殺害を命じた人物は、ボンドがやって来た目的も知っているに違いない。

                  ボンドが2人の死の手掛かりを掴んだら、ボンドも消してしまおうとするだろう。

                  果たして、どんな手をくり出してくるか・・・。

                  ドアにノックの音がした。 ボンドは立って錠を開ける。 クォーレルが入って来た。

                「おはようございます、キャプテン」 2人はバルコニーに出て腰を下した。

                「さて、と」 ボンドがきり出す。 「私の今日の1日は総督官邸と他を回って潰れちまうだろう。 その間に君にやっておいて貰いたい事があるんだ」

                「いいですとも。 何なりと」

                「まず第一に今のクルマだ。 あのクルマは何とかしなくては」 ボンドはそう言うと、波止場あたりで我々と似たような2人を雇ってモンテゴのガレージまで届けさせるように言った。 我々のクルマは別にレンタカーを借りる。 それと、アジトとして、この前の時みたいなバンガローをひと月ばかり借りる。

                  ボンドはポケットから札束を出すと、「200ポンドある。 これで準備してくれ」と、クォーレルに手渡した。

                  クォーレルが出かけていくと、ボンドはタクシーを呼んでもらって、総督官邸へと向かった。

                 

                  植民省に居る友人から、ジャマイカの総督に挨拶に行くのは堅苦しいだけで何の役にも立たない、と聞いていたが、一応顔だけは出しておかねばならないだろう。

                  15分ばかり控えの間で待たされた後、副官に案内されて総督の書斎に入った。

                  総督は部屋に入って来たボンドに、笑顔も見せなければ立ち上がりもしない。

                「おはよう。 えーと、ボンド君とかいったな。 まあ掛けたまえ」

                  ボンドは如才なく挨拶を口にするとイスに腰掛けた。

                  総督はボンドを胡散臭そうに見つめた。

                  総督の話しぶりからすると、2人は駆け落ちした、で終わりにしているようだった。 暗に、情報部内の痴話騒ぎに、総督府を巻き込まんで欲しい、といったスタンスである。

                  早く厄介払いをしたいのか、「それはそうと、私の部下に会いたいそうだね」と、言った

                「ええ、司政部長とちょっとお話ししたいんです。 クラブ島の事も調べる様にと部長から言われてますので」

                  総督は話題が変わった事でほっとした様に口を開いた。 「いいとも。 ブレイデル=スミス君に会わせよう」

                  そして副官を呼ぶと、ボンドを司政部長の部屋へ案内する様命じた。

                  ボンドは総督と握手をして、部屋を後にした。

                 

                  司政部長はボンドと握手した手を元気よく振った。

                「ボンド、ボンド・・・どこかで聞いた事のある名前だね。 そうだ、何年か前の宝島事件だ。 あの時の資料が2〜3日前にそこらへんに出てたな。 いや、全く面白い。 喜んで手を貸すよ」

                  ボンドの顔に笑みがこぼれた。 ようやく話しの合いそうな男が見つかった。

                「実は私はストレングウェイズの件で来たんです」 ボンドは神妙に言った。 「でもその前にちょっとお伺いしますが、宝島事件の書類が目に入ったとおっしゃいましたが、どんな具合だったのですか? ぶしつけな質問ですいませんが」

                「いや、それが君の仕事なんだろうさ。 あれは確か新しく来た秘書のデスクの上だったな。 書類を整理すると言って、他の書類もいっぱい出てたよ。 たまたま私の目に止まっただけさ」

                「そういう事でしたか。 失礼しました」 「実は私がジャマイカに来た事に、かなり関心を持っている人物が居る様なので」 ボンドは弁解がましく笑ってみせた。 そして、クラブ島やその島を買ったノオ博士、グアノの採掘について聞かせて欲しい、と言った。

                  司政部長は、「書類を持って来させよう」と言うと、デスクの上のベルを鳴らした。

                  ボンドの後ろでドアが開く音がする。

                「ミス・タロ、クラブ島の書類をたのむ。 それと去年の監視員の件のやつも」

                「はい」、と声がしてドアが閉まる音。

                  司政部長はデスクの上で両手を組むと、改めてボンドに向き直った。

                「ところでグアノだが、君も知っている通り、あれは2種類の鳥のフンだ」 司政部長はそう言うと、語り始めた。 2種類の鳥とは、覆面カツオドリとグアノドリだが、クラブ島にいるのはグアノドリだけだと言う。 グアノは1850年頃、絶好の天然肥料として注目された

                「こうなるとグアノドリというは、人間の手で届かない魚を肥料に変える機械みたいなものだね」

                  ただ、このあたりの海の水は太平洋側とは少し違う様で、グアノの成分が少し劣るので安かったらしい。 そのうちにドイツで人工肥料が発明されると、クラブ島のグアノ採掘は採算が合わなくなってすたれてしまった。

                  ところが、人工肥料が土壌を弱らせると云う欠点が明らかになってくると、グアノの値が上がりはじめた。 が、多くの国は自国の農産業向けにグアノ採掘を管理し始める。 そうなって、クラブ島のグアノも陽の目を見る様になった。

                「戦争の初期の頃だよ、とにかくこの中国人は抜け目がなかったんだな。 1万ポンドかそこらで島を買うと、人夫を送り込んでグアノの採掘を始めたんだ。 品物はヨーロッパはベルギーのアントワープへ直送だ。 向こうから月に1回船が来るんだよ」

                「しかしねえ」 と、ここでプレイデル=スミスは口をはさんだ。 どうやらアントワープでの売値からすると、採算がとれているかあやしいらしい。

                「人夫にどれくらいの給料を払っているのやら。 ま、一種の強制労働キャンプなんじゃないかな。  妙な噂は耳にするが、とにかくあの島から出てきた人間はいないから、皆目解らないんだ」

                 

                「それにしても」 司政部長はそう言ってベルを鳴らした。 ボンドの後ろでドアが開く。 「おいおいミス・タロ、書類はどうなったんだ?」 ブレイデル=スミスは苛立し気に言った。

                「すいません。 どこにも見つからないんです」 静かな声が答えた。

                「どういう事だ? 最後に見たのはだれだ?」

                「ストレングウェイズ中佐です」

                「しかし彼がここへ返しに来たのははっきりと覚えているぞ。 それからどうなったんだ?」

                「わかりません」 女の声は平然としていた。 「表紙はありますが、中身が無いんです」

                ボンドはちらっと後ろを振り返った。 彼は心の底でニヤリと笑った。 書類がどうなったか解ったのだ。 また、宝島事件の書類がなぜ秘書のデスクの上に出ていたかも解った。

                  角縁眼鏡をかけた有能そうな秘書は、中国人だったのだ。

                 

                *****

                 

                  司政部長はボンドをクィーンズ・クラブへ連れて行くと、昼食をご馳走してくれた。

                  食事の間中、ブレイデル=スミスはジャマイカの噂話しをしてくれた。

                「ユダヤ人やシリア人、インド人も多いが、一番多いのは中国人だね」 ブレイデル=スミスはそう言った。

                「その中国人が黒人の娘と遊んだ結果が、町中にゴロゴロしているチグロ、つまり中国系ニグロだよ。 彼らは世間から見捨てられているが、なかなかどうして、しぶとい人種だぜ」

                「あなたの秘書もそうでしょう?」

                「そうなんだ。 頭のいい子で仕事もよくできる。 募集に応募してきた中ではずば抜けていたね」

                「そういった連中は、何か組織でも作っているんですか? 誰か中国系ニグロ社会の指導者といった人物は居るんですか?」

                「いや、まだだね。 しかし、いずれは誰かがまとめるだろう。 そうなると、ちょっとした圧力団体だね」

                  ブレイデル=スミスはチラッと腕時計を見た。

                「そろそろ戻らなくては。 いったいあの書類はどうなっちまったんだろう? とは言っても、あの書類には通り一遍の事しか記録してなかったがね。 そうそう、君を博物館まで送っていって、地図の係の男を紹介しよう」

                 

                  ボンドは博物館まで送ってもらい、陸地測量部が作ったクラブ島の地図を描き写した。

                  島は50平方マイルぐらいだ。 東側の2/3ぐらいが湿地と浅い湖になっている様だ。

                  湖からはゆるやかな河がうねうねと南側の海に向かっていた。

                  島は西の方に向かって高くなっていて、500フィートぐらいの山になり、急に断崖の様になって海に下っていた。

                  ボンドは地図を返却すると博物館を出た。

                  まだ4時になったばかりだったが、早々にホテルに帰って休む事にする。

                  ホテルのフロントに、クォーレルからの伝言が来ているだろうと思ったが、「おことづけはありません」、だった。 が、「総督官邸から果物カゴが届いてます。 お昼チョッと過ぎでした」

                  ボンドは部屋の鍵を受け取ると、階段を上った。 ありそうも無い話しだ。

                  部屋のテーブルの上に、大きな果物の飾りカゴがのっていた。 タンジェリン蜜柑、グレープフルーツ、ピンク色のバナナ、サワーソップ、インド林檎、さらに温室ものの桃まで2つ入っている。

                  カゴの柄の太いリボンに、白い封筒が付いていた。 ボンドは封筒を光に透かしてみてから封を開いた。 贅沢な白い無地の紙に、タイプで打ってあったのは、「総督からのお見舞い」

                  ボンドはフンと鼻で笑った。

                  耳をカゴのそばに寄せてみる。 次にカゴを手にすると、中身を床にばらまいた。

                  カゴの中は果物だけだった。 となると、調べる事は1つだけだ。

                  ボンドは桃を1つ取り上げた。 意地の汚い男なら、真っ先に食べそうなやつだ。 浴室に持って行くと、洗面槽に投げ入れる。

                  次に寝室へ行ってスーツケースを調べた。 2つの錠の周りにふりかけておいたタルカムパウダーの粉がこすれている。

                  今度の相手は、ボンドがこれまで相手にしてきた連中よりも、慎重さが欠けている様だ。

                  ボンドはスーツケースの中の“道具箱”から、時計職人が使う様な拡大鏡を取り出した。

                  浴室に戻ると拡大鏡を目にはめて、桃を調べる。

                  桃を回すボンドの手が止まった。 小さな針の穴を見つけたのだ。 桃のスジの所にあったので、拡大鏡が無かったら気が付かなかっただろう。 穴の周りがかすかに茶色く変色している。

                  ボンドは桃を置くと、鏡に写っている自分に笑いかけた。

                  では戦闘開始なのだ! こいつは面白い事になるぞ。 やはり自分の勘は当たっていたのだ。 ストレングウェイズと秘書は殺されたのだ。 2人が際どい所まで探り当てたからだ。

                  そこへボンドが来る事になったのだが、ミス・タロによって敵はボンドの到着を待ち構えていたのだ。 あのタクシーの運転手や、女カメラマンのアナベル・チャンを使って、ボンドのホテルを突き止めた。

                  そして、この果物カゴだ。 これはクラブ島からボンドへの遠距離の狙撃なのだ。 引き金の背後に居るのは、もちろんノオ博士に違いない。

                  他の果物も、全てつけ根のくぼみやスジに隠されて針を突き刺した穴があった。

                  ボンドはフロントに電話してダンボール箱を1つ頼んだ。 次に総督官邸の司政部長に電話をかけた。 先ほどの礼を言ってから、チョッと調べてもらいたい物がある、と果物の分析を依頼する。 タクシーを呼んで、ダンボール箱に詰めた果物を総督官邸に届けさせた。

                  そこまで片付けてからボンドはシャワーを浴びて着替えをし、今日最初の酒を注文した。

                 

                  グラスを手にしてバルコニーへ出ようとした時、電話が鳴った。 クォーレルからだった。

                「キャプテン、全部片付きましたよ」

                「じゃ、バンガローもOKかい?」

                「万事OKです。では明日の朝、また」

                  ボンドは受話器を置くとバルコニーへ出た。

                  ここジャマイカのキングストンに着いたのは、昨日の丁度今ごろだ。 まだ1日しかたっていないのに黒幕が浮かび上がってきた。

                  Mに、事態は予想とはだいぶ違っている、と報告すべきだろうか?

                  しかし、何て報告する?

                  ノオ博士が毒入りの果物を届けてきた、か? 届けてきたのが確実にノオ博士だとは言い切れないし、毒入りかどうかも分析待ちだ。

                  ボンドには暗号電報を読むMの姿が目に見える様だった。

                  Mはインターフォンのレバーを押すと、「主任か?007はやはりダメみたいだな。 ナンやかんやと言っ後で、誰かが毒入りバナナを食わせようとしてきた、とかぬかしているぞ。 早く呼び戻してくれたまえ」

                  ボンドはMへの報告の件は頭から追い出した。

                  酒のお代わりを注文して、明日からの計画をじっくりと検討する。

                  客のまばらになった食堂で夕食をとり、明日の出発のために荷造りをすませると、その晩は早めにベッドに入った。

                 

                  次にボンドが気が付いたのは、夜明け前の3時だった。 頭のすぐ横に置いた腕時計の夜光盤が3時を示している。

                  何で目が覚めたのだろう?

                  ボンドはすぐにでもベッドから滑り出せる様にと、そっと体を動かした。

                  ボンドは動くのを止めた。

                  右の踵で何かがモソモソと動いている。 そいつが脛の内側を這い上がってくるのだ。

                  何かの種類の虫だ。 それもかなり大きくて長い。

                  ボンドは髪の毛が逆立つのを感じた。

                  こいつはムカデだ。 ボンドは凍り付いた様にじっとする。

                  博物館の標本で、熱帯のムカデのアルコール漬けを見た事があった。 5インチから6インチもある長い奴で、ごつい頭の左右に曲がった毒の牙が出ていたのを思い出す。 その標本ビンの下には、毒が動脈に入ると死に至る、とあった。

                  ムカデは膝の上を進んで、太腿の方に上がってきた。 ボンドの全神経が、ゆっくりと這い上がる2列のムカデの足に集中する。

                  ムカデは脇腹のあたりまで来ると、股ぐらの方に方向転換してしまった。

                  そんな所にもぐりこまれたら一大事だ。

                  しかし、また向きを変えて、胸の方へ上がってくるのが分かった。

                  心臓の上に来た。 そんな所を嚙み付かれたら、ひとたまりもあるまい。

                  ムカデはゴソゴソと胸毛をかき分けながら、鎖骨の所に来た。 そいつが止まった。

                  何をしてるんだ? そいつの頭が前後左右に探り回っているのが分る。

                  ボンドは少しずつシーツを下げて、そいつが這い出らる隙間を作った。

                  ムカデは首の横に来た。 もしかしたら脈拍の動きに引き寄せられたのかもしれない。

                  おい、何でも無いよ。 早くいい空気を吸いに出てってくれ!

                  これがムカデに通じた様に、そいつは顎を登ってボンドの顔の上を歩き出した。

                  瞼の上を2列の足が通り過ぎていく。 が、髪の生え際で止まってしまった。

                  頭の先を額にこすり付けているのが分る。 額に浮き出た塩辛い汗を舐めているのだ。

                  ボンドにはそれがはっきりと分った。 気が遠くなりそうになる。

                  ムカデはまた動き出した。 髪のジャングルに分け入って行く。

                  髪の中が気に入っちまいやしないか? そこで落ち着いてしまうのではなかろうか?

                  ムカデはボンドの頭とシーツの境の所に来た。 枕の上に降りるか、髪の中に居座るか? ムカデが止まった。 ボンドの神経は“出てってくれ!”と悲鳴を上げていた。

                  ムカデが動き出した。 そいつはゆっくりと髪の毛から枕に移る。

                  今では2列に並んだ足が木綿の生地をカサカサと引っかく様に歩く音が聞こえる。

                  ボンドはベッドから床に飛び出した。

                  ドアに駆け寄り部屋の灯りを点ける。 ボンドはヨロヨロとベッドの傍に寄った。

                  居た居た。 ムカデは枕の下側にゴソゴソと入り込むところだった。

                  ボンドは反射的に枕をはたき落とした。 神経が静まるまで自分を抑えて待つ。

                  それから枕を部屋の真ん中に放り出した。

                  ムカデは枕の下から這い出して、カーペットの上を歩き出した。

                  ボンドはもう平気だった。

                  靴を片方持ってくると、無造作にムカデを叩き潰した。 固い殻が潰れるグシャっという音。 ムカデは右に左にもがいている。

                  5インチはあるくすんだ茶色の死神。 ボンドはそいつをもう1度ひっぱたいた。 そして靴を放り出すと、浴室に飛び込んで、激しく吐いた。

                 

                *****

                 

                  翌朝、ボンドはクォーレルが借りてきたレンタカーを運転して、ホテルを後にした。

                「ところでクォーレル、ムカデを知ってるかい?」

                  クォーレルはこの質問の意図をはかりかねたようで、横目でボンドを見た。 が、ボンドは何食わぬ顔をしながら運転を続ける。

                「そうですねえ、ジャマイカには凄いのが居ますよ。 4インチから5インチなんてのは、ざらですね。 腐った木やジメジメした所に居ます。 噛まれると人間でも死ぬですよ。 どうしたんです? ムカデが出ましたかね?」

                  クォーレルは土性骨の座った男だが、変に不安を感じさせる事も無い。

                「では新しい建物に居る事はあるかい? 引き出しの中とかベッドの中とか」

                「それは無いですね」 クォーレルはきっぱりと言い切った。 「誰かが入れれば話しは別ですけど」

                「なるほどね」 ボンドはそう言うと、話題を変えた。 「それはそうと、サンビームを預けた2人はちゃんと乗っていったかい?」

                「大丈夫。 2人共大喜びでしたよ。 それにあの2人はあたし達によく似てますよ」 クォーレルは笑った。 ただ、あまり素性の良くない連中だ、と言い足した。 白人は淫売宿で帳簿付けていた男で、黒人は乞食を拾った、と言った。

                「まあクルマが運転できるだけで充分だよ。 ただ無事にモンテゴまでたどり着ければ良いがね」

                「心配ありませんよ。 向こうのガレージにちゃんと入れなかったら、警察に盗難届を出す、と脅しておきましたから」 クォーレルはボンドの心配を勘違いしているようだった。

                  ボンドはボー・デゼールのバンガローに向かって街道を走らせていく。

                「ねえキャプテン」 クォーレルが口を開いた。 「すいませんが、これからどうするのかプランを聞かせちゃもらえませんか? 旦那の肚の底が、イマイチ解らないんです」

                「実は自分でもよく解っていないんだ」 ボンドはギアをトップに入れて、のんびりと街道を走らせていく。

                「私がここに来たのは、ストレングウェイズ中佐とその秘書が失踪した件の調査なんだ。 みんなは2人は駆け落ちしたと思っている様だが、私は2人は殺されたと思ってる」

                「なるほどね。 で、誰がやったと思うんです?」

                「君と同じだよ。 ノオ博士さ。 ま、そうは言っても、単なる憶測に過ぎないけどね。 しかしキングストンに着いてからの24時間で、いろいろとおかしな事があってね。 そんな訳で行方をくらます為にサンビームをモンテゴにやったんだ。 バンガローに2〜3日隠れるのも、その為なんだ」

                「バンガローでは何をするんです?」

                「まず第一に私のこの体を鍛え直す。 この前の時みたいにね。 覚えているかい? 手伝ってほしいんだ」

                「覚えてますとも。 それぐらいの事ならできますよ」

                「それから2人でクラブ島へ行ってみようと思ってるんだ」

                  クォーレルはヒューっと口笛を鳴らした。

                「ちょっと探ってみるだけだよ。 監視員のキャンプがどうなったのか、この目で見たいんだ。 怪しいふしがあったらさっさと逃げ出して、今度は正面から堂々と行く。 軍隊をいくらか連れていってもいいな。 とにかく、何か手掛かりが欲しいんだ」

                  クォーレルはズボンのポケットからタバコを取り出した。 火を点ける手が震えている。

                「キャプテン、あの島に忍び込むなんて正気の沙汰じゃ無いって事は、承知の上ですね」

                  クォーレルはすっかり固くなっていた。 ボンドは何も言わない。

                  クォーレルはボンドの黙りこくった横顔を見つめながら、「一つだけお願いがあります」と、早口で言った。 「あたしにはケイマン島に親兄弟が居ます。 出発前に、あたしに生命保険を掛けてくれませんか?」

                  ボンドは逞しい褐色の顔を見つめた。

                「いいともクォーレル。 明日ポートマリアで手続きするよ。 目いっぱい掛けよう、5千ポンドぐらいな。 ところで、島へ行くのはカヌーかい?」

                「そうですね」 クォーレルの声は渋りがちだった。 だが、新月の晩が良いだろう、と言った。

                「どれぐらい島に居るつもりです? 食料はそんなにたくさん持って行けませんよ」

                「3日ぐらいは覚悟してるんだ。 天気がくずれて一晩やそこら足止めを喰うかもしれない」 「拳銃は私が持っていくよ。 どんな事になるか分からないからね」

                「ええ」 クォーレルは力をこめて言った。 が、それっきり黙り込んでしまった。

                 

                  ポートマリアの街を通り過ぎると、街道からそれた。

                  キビ畠の中をしばらく走ると、ボー・デゼール荘園の巨大な廃墟が現れる。

                  クルマは目指すバンガローの門に着いた。 クォーレルがクルマを降りて錠を開ける。

                  バンガローに入ると、ボンドは半ズボンにサンダルと云うなりに着替えた。

                  クォーレルがベーコンを焼く旨そうな匂いが漂ってきた。

                  2人は朝食を食べながら、ボンドの体を鍛えるメニューを詰めていく。

                  朝は7時に起床。 1/4マイルの水泳、朝食、日光浴1時間、1マイルのランニング、また水泳。

                  昼食の後は昼寝、日光浴、1マイルの水泳。 夕方は温浴とマッサージ、夕食、9時に就寝。

                  ボンドは朝食を済ませると、さっそく日課を始めた。

                 

                  それからの1週間の間、訓練をじゃまするものは無かった。

                  ボンドがこの訓練キャンプから出かけたのは、買い物とクォーレルの保険の契約だけだった。

                  ただその間、チョッと気になった事が2つあった。 デイリー・グリーナー紙に載っていた短い記事と、ブレイデル=スミスからの電報である。

                  グリーナーの記事は、サンビーム・タルボットの事故を伝えていた。

                  事故が起きたのは、キングストンからモンテゴに通じるスパニッシュタウンとオコ・リオスの間の曲がりくねった道だとの事。

                  カーブを曲がったサンビームに、運転を誤った大型トラックがぶつかった、とあった。

                  車は両方とも谷底に落ち、サンビームに乗っていたハーバー街のベン・ギボンズ氏と住所不定のジョシュア・スミス氏の死亡を伝えていた。

                  記事は警察のコメントとして、サンビームの持ち主である英国人旅行者ボンド氏に、参考人として最寄りの警察署に出頭してもらいたい、で終わっていた。

                  ブレイデル=スミスからの電報は、「ウマヲモコロスセイサンイリ ヤオヤヲカエロ ウマクヤレ スミス」と、あった。

                  ボンドは新聞も電報も燃やしてしまった。

                 

                  クォーレルがカヌーを手に入れてきて、2人は3日ばかりカヌー航海の稽古をした。

                「この調子なら島まで7時間か8時間ですよ。 島に近づいたら帆を下して漕いでいきます。 レーダーに引っ掛かりたくないですからね」

                  いよいよ最後の夜、ボンドは自分が気負い立っている事が分かっていた。 今回の事件は冒険なのだ。 謎、そして残忍な敵。 それに「日向ぼっこの休暇仕事」なんて言っていたMの度肝を抜いてやる、といった満足感があった。

                  ボンドは寝室に入って、2挺の拳銃を取り出した。 どっちを持っていこうか?

                  2挺を代わりばんこに手にしてみる。 重いスミス&ウエッソンの方が良いだろう。 もし撃ち合いになったとしても、接近戦ではあるまい。 無骨でずんぐりした、このリヴォルバーの方がワルサーより射程が長いから勝手が良さそうだ。

                  ボンドはホルスターをズボンのベルトに留め、拳銃を収めた。

                  バンガローの外では、島の奥から海に向かう“葬儀屋の風”が吹いていた。

                  ボンドはクォーレルと共にカヌーを海に押し出した。 クォーレルが船尾に乗り、ボンドは前の縁と舳先の間に乗り込む。

                  2人は櫂を使って岩礁の間の水路を進んだ。 岩礁の外の海は穏やかだった。 クォーレルがキャンバス地の帆を上げた。

                  カヌーは風を受けて、滑る様に進んでいく。 ボンドが舵を交代する真夜中頃が中間地点だろう。 ボンドはため息をつくと、膝の上に頭を伏せて目をつぶった。

                  ボンドが目を覚ました時、腕時計の夜光盤は12時15分だった。 ギクシャクと脚を伸ばして、ゆっくりと縁をまたいだ。

                「ごめんごめん、もっと早くに起こしてくれればいいのに」

                「何でもありませんよ」 クォーレルは白い歯を見せて笑った。

                  ボンドはクォーレルと場所を交代して、舵を握った。

                  夜の海はますます暗く寂しくなっていくばかりで、何の変わった事も起こらない。

                 

                  トビウオの一群が舳先の前で水を切ってバラバラと散っていった。 しばらくカヌーと並んでついてくる奴もいる。 何かもっと大きな魚に追われているのだろうか?

                  ボンドはカヌーの下、何百尋の深みを想像した。 サメやバラクーダ、バショウカジキなどが静かに泳ぎ回っているのだろう。

                  それよりもっと下の暗い深海には、1フィートの大目玉を持った50フィートもある大イカ。 クジラの胃袋から発見された断片から推測されるだけで、誰も見た事の無い海の怪物が飛行船の様に悠然と海中を漂っているに違いない。

                  1時、2時、3時、4時。 クォーレルが目を覚まして伸びをした。 「陸の匂いがしますよ」

                  水平線近くに、ひと際暗いところが見える。 淡い月がゆっくりと背後に昇っている。

                  2人はまた場所を交代した。 クォーレルが帆を降ろして舵を握る。

                  やがて目指す島は、目の前の2マイルばかり向こうにはっきりと姿を現した。

                  夜明けが近いので急がねばならない。 ボンドは櫂を取って一心不乱に漕いだ。

                  カヌーはいつの間にか島の周りの環礁に達していた。

                  クォーレルは環礁に沿ってカヌーを進め、水路を探す。

                  島の砂浜が途切れて、水が島の奥へと続いている所があった。 河だ。 クォーレルはカヌーほ舳先を河口に向けた。

                  カヌーは渦潮に乗って、何度も船底を環礁にガリガリとぶつけたが、いきなり静かな水面に入った。

                  カヌーが浜に着いた。

                  2人は急いでマングローブの茂みのはずれまで押し上げる。 それから乾いた海藻や流木などでカヌーを覆った。

                  それが済むと、クォーレルは棕櫚の葉の長いのを切って来て、砂浜に残った足跡を掃いて均していく。

                  5時になっていた。 まだ暗かったが、程なく夜が明けるだろう。

                  2人はくたくたに疲れていた。 2人は二言三言声を掛け合うと、クォーレルは岬の岩の間に姿を消した。

                  ボンドもホンダワラの大きな株の下で、乾いた砂を掘って横になった。

                 

                 続きは【ストーリー編4/8】へどうぞ。

                 

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                007おしゃべり箱 Vol.46−4 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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                  「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                   

                  007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                   

                  Vol.46-4

                   

                  『原作紹介/ドクター・ノオ』

                  Ian Fleming’s Dr. No

                   

                  【ストーリー編 4/8

                   

                  by 紅 真吾

                   

                   

                    【ストーリー編 3/8】の続きです。

                   

                    ボンドはぼんやりと目を覚ました。 腕の時計を見ると、10時だった。

                    砂浜で何かが動いた。 クォーレルだろうか? ボンドは身をひそめていた草のすき間から砂浜を窺う。

                    次の瞬間、ぎょっとして息が止まった。

                    動きの主はこっちに背をむけている裸の女だった。 もっとも全裸では無かった。 幅広の革のベルトを腰に付け、ナイフを入れた革鞘を吊っている。

                    渚から5ヤードのところに立って、手に持った何かを見ていた。

                    なだらかな背中の曲線はくっきりとしていて、尻のあたりも少年の様に引き締まって丸々としている。

                    この女は、どこからここへやって来たのだろう? 何をしているのだろうか?

                    ボンドは砂浜を見まわしてみた。 左の20ヤードほどの所で、砂が溝の様にえぐれている。 カヌーを引き上げた跡だろう。 女一人で引き上げたとすれば、かなり小さなカヌーに違いない。

                    いや、彼女一人ではないのかもしれない。 しかし、砂浜の足跡は女が立っている所まで1組しか並んでいない。

                    それにしても、女はこんな所で何をしているんだ?

                    そんなボンドの疑問に答える様に、女は手にしていた物を足元に放り出した。

                    紫がかったピンク色の貝だった。 浜には点々と同じ様な貝が散らばっている。

                    女は誰に聞かせるでも無く口笛を吹き始めた。 その音には嬉しそうな、勝ち誇ったような気分がのっている。 哀愁をおびたそのカリプソは、今では大流行でジャマイカ中に知れわたっている。

                    女は腕を伸ばして大きなあくびをした。 口笛が途切れる。

                    ボンドはニヤッと笑うと次のリフレインの部分を口笛で吹いた。

                    女の背中が緊張でこわばる。 女はためらいがちに口笛を吹き始めた。 が、音が震えてすっと消えた。

                    ボンドがその後を続けると、女はくるっと振り返った。

                    片手は下の方を隠したが、もう一方の手は胸を隠す代わりに顔に上げて目の下を隠している。

                  「誰っ!」 その目は不安で大きく見開かれていた。

                    ボンドは立ち上がって茂みから砂浜に出た。 何も持っていない事を示す様に、両手を広げて笑いかける。

                  「誰でもないさ。 君と同じ無断侵入者だよ。 怖がらなくていいよ」

                    女は顔に上げた手を下してベルトのナイフを掴んだ。

                    ボンドは女の顔を見て、なぜ反射的に手を顔に上げたか分かった。

                    なかなか綺麗な顔立ちで、きまじめな表情で口元をきっと結んでいる。 自分の身は自分で守ろうと云う女の顔だった。

                    だが一度だけ守りそこなった事があった様だ。 鼻が拳闘選手の様に潰れて曲がっていたのだ。

                    女はボンドを睨み付けながら、「あんたは誰? こんな所で何してんの?」 と鋭く声を上げた。

                    高飛車な物言いに慣れている様だ。

                  「イギリス人さ。 この島にいる鳥を調べに来たんだ」

                  「そうなの?」 胡散臭そうな声だ。 「どのくらいあたしを見てたの? この島には何で来たの?」

                  「10分ぐらいかな。 もう1つの質問には君が何者か言ってくれなければ答えられないな」

                  「ジャマイカから貝を採りに来たのよ」

                  「こっちはカヌーで来たんだが、君は?」

                  「あたしもカヌーよ。 でもあんたのはどこ?」

                  「マングローブの茂みの中に隠したんだ。 相棒がいてね」

                  「カヌーを上げた跡なんか無いわよ」

                  「こっちは抜かり無いさ。 跡は掃いて消したんだ。 ところで、この島に来るのに帆を使ったかい?」

                  「当たり前じゃない。 いつだってそうだわ」

                  「では向こうは君が来たのを知ってるな。 奴らはレーダーを持っているんだ」

                  「でもあたしは捕まった事なんて無いわ」 女はナイフから手を離したが、まだボンドを値踏みする様な目で見つめている。

                    が、いくぶん表情をやわらげて「あんた、名前は?」と、言った。

                  「ボンド、ジェームス・ボンド。 君は?」

                  「ライダーよ。 ハニーチャイル・ライダー。 みんなはハニーと呼んでるわ」

                  「では、どうぞよろしく、ハニー」 ボンドは笑顔を見せて言った。

                    月並みな挨拶をすると、彼女は自分が裸なのに気が付いたらしく顔を赤らめた。

                  「あたし、服を着なきゃ」と言ったが、足元に散らばっている貝が気になっている様だ。 貝を拾い集めるには、体から手を離さなければならない。 「あたしがあっちへ行っている間、これに手を出さないでね」 と鋭く言った。

                    ボンドはそんな子供っぽいセリフに笑ってしまった。 「心配しなさんな、大丈夫だよ

                    彼女は疑い深そうにボンドを見つめていたが、足早に岩陰に姿を消した。

                   

                    ボンドは散らばった貝の所まで歩くと、1つを手に取ってみる。 何の変哲も無い貝にしか思えなかった。 貝を砂浜に戻す。

                    ボンドには、彼女の堂々とした態度や攻撃的なところが刺激的だった。 ナイフに手をかけた時など、まるで子供を脅かされた雌豹のようだった。 どこか野性的なところがある、あの女は何者なんだろうか?

                    砂を踏む足音が聞こえてきた。 彼女は、袖が破れて色あせたシャツに、膝までのつぎはぎだらけのスカートを穿いていた。 その上にナイフを差したベルトをしめている。 ボロ同然の服で、まるでロビンソン・クルーソーに出てくるフライデーみたいだった。 しかし、態度はご主人さまだ。

                    彼女は片膝をつくと、手にしたリュックに貝を入れ始めた。

                  「それは珍しい貝なのかい?」

                  「誰にも言わないって約束する? 誓う?」

                  「約束するよ。 誰にも言わない」

                  「じゃ、教えてあげるわ。 これ、マイアミでは1つ5ドルになる珍しい貝なのよ」 そう言うと、急に警戒心をのぞかせた。 「でも深い所だし、あんたなんかには見つけられないわ」

                  「私は貝を採ったリしないさ。 こっちは鳥を調べに来たんだからね」

                    貝を全部リュックに収めると、彼女は砂浜に腰を下ろした。

                  「あんたのその鳥はどうなの? やっぱり高く売れるの? あたしも聞いた事は秘密にするわ。 あたしは貝しか採らないから」

                    ボンドも隣りに腰を下ろす。

                  「ベニヘラサギっていうんだ。 嘴の平たいコウノトリみたいな鳥でね、見た事あるかい?」

                  「ああ、あれね」 彼女はバカにした様に言った。 「以前は何千羽といたわ。 でも今は少ないわよ。 あいつらが脅して追っ払っちまったのよ」

                    彼女の口調には、自分の方がよく知っているんだといった優越感が漂っていた。

                  「へえ、そうなのかい。 誰がそんな事をしたんだろう?」

                  「島の連中に決まってるじゃないのさ」 彼女は癇癪を起して肩をすくめた。 「どんな連中か知らないけど、中国人よ。 きっと鳥が嫌いなんだわ。 そいつは竜を飼っていて、竜に鳥を追い払わせたのよ」

                  「竜だって? 君は見た事あるのかい?」

                  「ええ、見たわよ」 そう言うと、去年の暮れに河を遡って探検した時の事を語った。 監視員のキャンプがあった所まで、行ってみたらしい。

                    夜になったのでメチャメチャになったキャンプ跡で身をひそめていた時、真夜中に竜が現れた、と言う。

                  「大きなギラギラ光る目をしていて、長い嘴をしてたわ。 短い翼みたいのがあって、尻尾がピョンと突き出してるのよ。 体は黒と金色をしていたわ」

                    満月の夜だったのではっきりと見えた、と言った。 竜は沼地のマングローブの茂みを楽々と乗り越え、口から火を吹いて鳥の巣を焼き払っていった。

                    彼女は小首を傾げて、ボンドの顔をうかがった。

                  「あんたがあたしの言う事を信じていないのは分かるわ。 どうせあんたは町の人間ですものね」

                  「ハニー、この世に竜なんていないよ。 竜そっくりの何かだったんだ」

                    彼女は怒りだした。

                  「島のこっち側は誰も住んでいないのよ。 こんな所だったら竜も楽に生きていけるわ。 それに、あんた動物の事をどれだけ知っているっていうの? あたしは子供の時からヘビやサソリなんかと一緒に暮らしているんですからね。 あんた、カマキリの雌が交尾の後雄を食べちゃうの、見た事ある? マングースのダンスを見た事ある? カラスはトカゲの死体を1マイルも先から嗅ぎ付けるって知ってる?」

                    彼女はここまでまくしたてると、息が切れたのか口をつぐむ。 「でも、どうせあんたは町の人間だものね」

                  「ねえハニー、確かに君はそういった事をよく知っているだろうし、私は町の人間さ。 でも他の事で知っている事もあるよ」 ボンドはそう言ったが、彼女の話しほど面白い事が思い付かなかったので、諦めて話題を変えた。

                  「たとえば、その中国人は君が島に来た事を知っていて、今度は執拗に追いかけてくるよ。 もっとも私が目的なんだけどね」

                  「あら、そうなの? でも平気よ。 前にも犬を連れて追われた事があったし、飛行機で探された事だってあったわ。 だけど捕まらなかったんですからね」 「追われているのは、あんたなの?」

                  「まあ、そうだね。 こっちはレーダーに引っ掛からない様に2マイルも手前から帆を降ろして来たんだ。 例の中国人は、私が来るのを待ち構えているからね。 君のカヌーをレーダーで見たら、きっと私がやって来たと思うに違いないのさ」

                  「だとしたら悪い事をしちまったみたいね。 でも、そんな事知らなかったのよ」

                  「大丈夫さ。 ただ、君にとってはチョッと運が悪かったね。 中国人は君の足跡や何やらを調べて、一人で貝を採りに来た女だって事は知っているさ。 でも、大して気にしていないと思うよ。 でも、私の事は別だよ。 本腰を入れて私を狩り立てるだろうな。 そしたら、君も奴らの網にかかっちまうよ。 とにかく相棒に相談しなくては。 ケイマン島生まれの男で、クォーレルっていうんだ。 チョッとここで待っていてくれ」

                    ボンドはそう言うと、岬に沿って歩きながらクォーレルを探した。

                   

                    クォーレルは岩の間に上手く隠れていて、見つけ出すのに5分ほどかかってしまった。

                    ぐっすりと眠っている彼の横で、ボンドは口笛を吹いた。 クォーレルはあわてて立ち上がる。 「おはようございます。 ぐっすり眠ちゃいました。 あの中国娘の夢を見ましたよ」

                  「別の娘が出てきたよ」 ボンドはそう言うと、腰を下ろしてハニーチャイル・ライダーの事を話した。

                    クォーレルは頭をかきながら、横目でボンドを見た。

                  「その女は放っといちゃどうなんです? こっちには何の関係もありませんぜ」

                    クォーレルはそう言ったとたん、顔を上げるとじっと海を見つめた。 黙って、と言う様に手を上げると、耳を澄ます。

                    ボンドも息を殺した。 東の方から、かすかにエンジンの唸る音が聞こえてくる。

                    クォーレルは走り出した。 「早くッ」と急き立てる様に叫んだ。 「奴らが来ます」

                   

                  *****

                   

                    10分後、砂浜には人影は無く、足跡も消えていた。 クォーレルはさっきの岩陰に、ハニーはボンドの近くに隠れていた。

                    ディーゼルエンジンの音が大きくなる。 どんな奴らがやって来るのだろう?

                    傍らのハニーは、捜索隊がやって来る事など、何とも思っていない様だ。 これまで彼女がやってきたかくれんぼと同じつもりなのだろう。

                    岬の突端から、ナイフの様な白い舳先が出てきて、船が姿を現した。

                    どこかの海軍から払い下げられた魚雷艇のようだ。

                    後ろのデッキに2人の男が立っていた。 2人とも中国系ニグロだ。

                    1人は手にハンドスピーカーを持っている。 もう1人は三脚の上の機関銃に手をかけていた。 スパンドウ機関銃の様だ。

                    スピーカーを持った男が双眼鏡で砂浜を観察し始めた。 男がキャビンに向かって何か怒鳴った。 すると魚雷艇は停まって、少しバックした。 双眼鏡がハニーのカヌーを隠したあたりで止まる。

                    男は機関銃手に双眼鏡を手渡すと、浜を指さす。 そしてハンドスピーカーを持ち上げた。

                  「さあ、観念して出てこい。 素直に出てくれば痛い思いをしないですむぞ」

                    教養のある人間のしゃべり口だ。 わずかにアメリカなまりがある。

                  「早く出てこい! お前たちが上陸した事は分かってるんだ。 隠したカヌーも見つけたぞ。 おとなしく出て来るんだ!」

                    ボンドは彼女の袖を引いて囁いた。 「少しでも砂の中にもぐるんだ」

                    男が再びスピーカーを持ち上げた。

                  「ようし、ただの脅しじゃ無い事を見せてやろう」 男はそう言うと、機関銃手に親指を上げてみせた。 機関銃手は銃を構えると、ボルトを操作する。

                    銃口がピカッと光ったと思うと、バリバリと凄まじい音が浜辺に響き渡った。 そして静寂。

                  「さあ、これで分かっただろう。 ケガをしない内に出て来るんだ」

                    ハニーの手がボンドの腕をぎゅっとつかんだ。 「大丈夫だよ、ハニー。 すぐに終わるから」

                    次の銃撃は凄かった。 弾丸がうなりを上げて岬の一画に当たる。

                    やがて弾丸がブスブスと砂地をぬって、こっちに迫って来た。 少し通り過ぎると、今度は頭上の茂みをズタズタにし始めた。 小枝が降り注いでくる。 弾丸の雨は海岸線にそって移っていって、突然やんだ。

                    ハニーが泣き出している。

                    ハンドスピーカーが大声を上げた。 「すぐに戻ってくるぞ! 今度は犬を連れて来るからな!」

                    ディーゼルエンジンの唸りが大きくなり、魚雷艇は去って行った。

                    ボンドとハニーは立ち上がった。 ハニーはボンドの顔を見ると、「怖かった。 殺されたかもしれなかったわ」 と呟いた。

                   

                    クォーレルが岩の間から降りてきた。 足元を見て立ち止まっている。

                    2人が近づくと、そこには機関銃で真っ二つにされたハニーのカヌーがあった。

                    ハニーが、わっと泣き声を上げた。 クォーレルが彼女に優しく声をかける。 「心配ないさ。 キャプテンが新しいのを買ってくれるよ。 それに帰りは俺たちと一緒に乗ればいい。 こっちのは念入りに隠しておいたから無事だったよ」 そしてボンドに向き直ると、「でもキャプテン、連中の言った事は覚えてますか? 奴ら、犬を連れてやって来ますぜ。 何かいい知恵を出さないと」

                  「そうだね、クォーレル。 でもその前に何か食べよう。 ろくに見もしないうちに脅かされて島から逃げ出すなんて、まっぴらだよ。 ハニー、君は私たちと一緒にいた方が良さそうだね」

                  「他にどうしようもなさそうだわね。 ねえ、この島を調べるのに、どれぐらいかかるの?」

                  「たいしてかからないよ。 鳥の監視員がどうなったのか、なぜそんな事になったのか、調べたらすぐに帰るさ」

                   

                    3人は簡単な食事を済ませると、河口へ向かった。 

                    河口には砂洲があって、長い澱んだ深みがあった。 ボンドとクォーレルはズボンを脱いだ。 クォーレルが2人のズボンをリュックサッ  クに詰め込む。

                    3人は河の中へ入っていった。 クォーレルが先頭で、ボンド、ハニーの順だ。

                    頭上にはマングローブの茂みが覆い被さっていた。 しばらくは涼しいトンネルの中を進む。

                    やがて川幅が広がって、深い運河の様なところになった。 海からだいぶ遠ざかってきていて、腐った卵の様な硫黄の臭いが鼻につく。

                    マングローブがだんだんとまばらになってきて、河幅も狭くなってきた。

                    やがて、大きく流れがカーブしていて、そこを通り過ぎると、見通しがよく効く所へ出た。

                    ハニーが後ろから声をかけた。 「ここから先は気を付けた方がいいわ。 見通しが良いから見つかり易いのよ。 あと1マイルばかりはこの調子だわ。 それからは河幅が狭くなって湖に出るの。 監視員のキャンプもそのあたりだったわ」

                    ボンドはマングローブの陰から先をうかがった。

                    河の西岸は身を隠せる様な茂みは少ない。 河岸から岩だらけの地面がだんだんとせり上がっていって、2マイルばかり先でそそり立った山になっている。 グアノに覆われた山だ。

                    その山裾を取り巻く様に、カマボコ型の小屋が点在している。 そこから湖のあたりまで1本の道が通っているの様だった。

                    ボンドは東に目を向けた。 マングローブが茂った沼地が広がっている。

                    その時、突然クォーレルが叫んだ。 「奴らが来ます!」

                    ボンドはクォーレルが指し示す方向を見つめる。 大きなトラックがカマボコ小屋の間を通って下りて来る。

                  「きっと河を下って来ますよ」 クォーレルが言った。 「河を下って、海岸をしらみつぶしに探す肚ですよ」

                  「この前あたしが来た時もそうだったわ」 ハニーが言った。 「大丈夫よ。 竹を切って、連中が行っちまうまで水に潜って竹で息をするのよ」

                    ボンドはクォーレルに笑ってみせると、「隠れ場所を探しに行くから、竹を切ってきてくれ」と、言った。 そしてハニーの手を引いて、マングローブのトンネルに引き返す。

                    やがて思い通りの場所を見つけた。 びっしりと茂ったマングローブの根元にすき間があり、奥行もありそうだ。 水は澱んでいて、足元の泥は柔らかくて深い。

                    クォーレルの口笛が聞こえた。 ボンドは応えて、ゆっくりとそっちへ向かった。 クォーレルが竹を手にやって来た。

                    3人はマングローブの奥に入って行った。 クォーレルは体が触れたマングローブの枝に水をすくってかけてくる。 「匂いをけしとかないと」

                  「これが本当のかくれんぼね」 ハニーがふるえる声で言った。 そう、命がけのかくれんぼだ。

                    3人は底の泥をかきまわさない様に静かにしながら、連中が来るのを待った。

                   

                  *****

                   

                    捜索隊がどんどん河を下ってくる。 海水パンツに長グツ姿の2人の大柄なチグロだ。 汗びっしょりの肩に、拳銃のホルスターを吊っている。

                    2人の前には一団のドーベルマン・ピンシャーが狂った様に吠えながら、河面をバシャバシャ泳いで来る。

                    2人はマングローブのトンネルを見つけると、先の男が呼子笛を鳴らした。 ドーベルマンが集まって来た。 男は1頭の首輪をつかむと、そのトンネルに放り込んだ。 犬は熱心に鼻を鳴らして、バシャバシャと奥へ泳いでくる。

                    犬と男は澱みの行き止まりまで来た。 そして注意深くあたりを見回す。

                    ひとしきり眺めまわすと、犬の首輪をつかんで河へと戻って行った。 そして茂みの入り口で待っていた男に顎を振ると、2人は河を下っていった。

                    犬どもの吠え声がだんだんと遠ざかっていき、やがてすっかり静かになった。

                    マングローブの澱みの中は、何一つ動くものは無かった。 が、隅の根っこの間から竹の筒が水面に現れると、ボンドが顔を出した。

                    ボンドはじっと耳をすました。 物音ひとつしない。 いや、何か聞こえた様な気がした。

                    ボンドはそっと2人の体に触れた。 2人の顔が水面に出ると、すかさず指を唇に当ててみせる。 が、クォーレルが咳をして唾を吐きだしてしまう。

                    3人は聞き耳をたてた。 かすかに水を掻く静かな音が聞こえてくる。 誰かがこの茂みに入って来るのだ。 3人は再び竹筒を口にして澱みの中に潜った。

                    さっきはバシャバシャと泳ぐ犬のおかげで水が濁って見つからずに済んだが、もうだいぶ濁りは流れてしまっている。 今度も見つからずに済むだろうか?

                    ボンドはじっと横になって神経を澄ませた。

                    その時、男のゴム靴がボンドの脛を踏みつけてツルッと滑った。 奴は木の根か何かだと思うだろうか? ボンドは運まかせにはしなかった。 一気に立ち上がったが、目の前に大きな体がのしかかる様に立ちはだかっていて、ライフルの銃床を振りかぶっていた。

                    慌てて上げた左腕に銃床がぶつかる。 ボンドは拳銃を男の胸に押し付けると、引き金を引いた。

                    男は朽木の様にのけぞって水の中に倒れた。

                    ボンドは身震いして振り返った。 2人が水を滴らせながら立っていた。

                    クォーレルは笑顔を浮かべていたが、ハニーは拳を口に当てて青い顔をしていた。

                    ボンドは彼女の手をつかむと河の方へ歩き出した。

                    ハニーがボンドの袖をつかんで、怒った様に言った。 「どういう事? なんで殺し合いまでするの? それに、鳥を調べるのに拳銃を持っているなんて、あんたは何者? さっきの鳥の話しなんて、信じられないわ!」

                  「ハニー、すまなかった。 君を厄介事に巻き込んでしまったらしい。 今夜、キャンプ跡に着いたら説明するよ。 実は、私はこの島の連中とチョッとした戦争をやっている様な状況なんだ。 奴らは私を殺そうとしているんだよ。 でも、だいぶ手掛かりはつかんだからね。 とにかく、3人で無事にここから抜け出して、次は正面から来るつもりだよ」

                  「どういう意味なの? あんたは警察の人なの?」

                  「まあ似た様なものかな。 ところでキャンプ跡まで、あとどれぐらいだい?」

                  「そうね、あと1時間くらいかしら」

                    その時、クォーレルがマングローブの中から飛び出してきた。 手にはライフル銃を持っている。

                  「鉄砲がもう1挺あってもいいでしょう?」

                    ボンドはその銃を手に取ってみる。 アメリカ軍が使っているレミントン・カービン銃.300口径だった。

                    この島の連中は、ちゃんとした装備をしている様だ。 ボンドはカービン銃をクォーレルに返した。  クォーレルはカービン銃を胸の前で構えながら、「油断のならない連中ですよ」と、言った。 「ワン公どもが行っちまったらこっちが顔を出すだろうと読んで、今の奴は後からそっとやって来たんですよ。 まったく、そのナントカいう博士ってのは、マングースみたいに抜け目のない奴ですね」

                  「確かに、一筋縄ではいかない相手の様だね」 ボンドは言った。

                   

                    3人は西岸の藪に身を隠しながら河を進んだ。

                    河端が次第に狭まってきて、やがて平たい沼地に出た。 そこは入江の様になっていた。

                    その先は浅い湖だった。 

                    3人は河から上がり、水際の藪をかき分けながら進んでいく。

                    突然、クォーレルが立ち止まって地面を指した。 土の上に深い溝が2本刻まれている。

                    ハニーが「竜が通った跡よ」と、ことも無げに言った。

                    ボンドはその溝に沿って歩きながら考えた。 タイヤの跡の様だが、かなり大きい。 一直線に湖の方へと走っている。

                    そいつが通った藪は、まるで戦車が通った跡の様に踏み潰されている。

                    ハニーが後ろからやってきて、「だから言ったでしょ」と、ささやいた。

                  「うんハニー、竜で無いとしても、見た事も無い何かだろうな」

                    さらに進むと、今度はハニーが「ほら」と言って、ボンドの袖をつかんだ。

                    タイヤの跡のそばの茂みが焼かれていた。 黒焦げになった鳥の巣が見える。

                  「竜が火を吹いて焼いたのよ」 ハニーが気負いこんで言った。 「そうらしいね」と、ボンドも認める。

                    だが、なぜ選りによってこの茂みを焼いたのだろうか? 何から何まで、奇妙だった。

                   

                    グアノの山に陽が沈んでいく頃、後ろのハニーが前の方の茂みの間を指差した。

                    湖の岸から100ヤード程の所に、わらぶき小屋の残骸が見えた。

                    夜を明かすには、かなり良い場所の様だ。 3人は残骸のある砂地に出た。

                    巨大な謎のタイヤの溝が岸から上がってきて、砂地を通ってあたりの藪を焼き払っていた。

                    何物にせよ、その怪物が小屋を襲い、あたりの藪を焼き払ったのだ。

                    3人は小屋があった跡を調べてみた。 クォーレルはハインツ印の豚肉と豆の缶詰を2つ掘り出した。 ハニーはしわくちゃの寝袋を見つけた。 ボンドは小さな革の財布を見つける。

                    2人の監視員は、かなり慌てて逃げ出したのは間違い無い。

                    クォーレルが缶詰を開けて、3人はささやかな夕食を摂った。

                   

                   続きは【ストーリー編 5/8】へどうぞ。

                   

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                  007おしゃべり箱 Vol.46−5 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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                    「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                     

                    007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                     

                    Vol.46-5

                     

                    『原作紹介/ドクター・ノオ』

                    Ian Fleming’s Dr. No

                     

                    【ストーリー編 5/8

                     

                    by 紅 真吾

                     

                     

                     

                      【ストーリー編 4/8】の続きです。

                     

                      とっぷりと夜が暮れると、あたり一面でカエルが鳴きだした。

                      空き地の向こうで、黒い影になったクォーレルがカービン銃を分解して拭いている。

                      ハニーは見つけた寝袋の中に入っている。

                    「ジェームス、事情を話してくれる約束よ。 話してくれなければ眠れないわ」

                      ボンドは声を上げて笑った。 「そうだね、じゃあ話そう」 砂の上に座ると、膝をかかえた。 「私は一種の警官みたいなもんでね、世界のどこかで妙な事件が起きると、そこへ派遣されるんだ」

                      ボンドはそう言うと、今回の事件のあらましを解り易く説明した。

                    「ずいぶん面白いお仕事ね。 でも、留守ばかりで奥さんは嫌がってるでしょう? それにあんたが怪我でもしないかと、心配してるんじゃないかしら?」

                    「女房はいないよ。 私の身を心配してくれるのは、保険会社ぐらいだよ」

                    「でも、ガールフレンドはいるでしょうに」

                    「特に深い付き合いをしてるのはいないよ」

                    「まあ」

                      ちょっと沈黙。

                    「本当にあんたは私の事を聞きたいの?」 ハニーが口を開いた。 「あんたの話しほど面白くないわよ」

                    「いや、もちろん聞きたいさ。 すっかり聞きたいな」

                    「私の一生なんて簡単なものよ。 だってジャマイカから出た事なんてないんですもの。 私、モーガン港の近くのボー・デゼールという所でずっと育ったのよ」

                    「それは奇遇だな。 私たちもそこの海岸のバンガローでこの島に来る準備をしていたんだ。 でも、君を見かけた事は無かったな」

                    「私、そっちの方へは行った事無いのよ。 グレイト・ハウスに住んでの」

                    「でも、あそこには家なんて残ってないぜ。 キビ畠の中の廃墟じゃないか」

                    「そこの地下室に住んでるのよ」

                      ハニーはそう言うと、自分の身の上を語り始めた。

                      5歳の時に家が焼かれて、両親が殺されてしまったのだと言った。 その後は黒人の婆やと一緒に暮らしていたのだが、その婆やも15歳の時に亡くなってしまったのだそうだ。 「それ以来はこの5年間ずっと一人暮らしよ」

                    「驚いたねえ」 ボンドは本当に驚いて言った。

                    「婆やはとても素晴らしい人だったわ」 幼いハニーを養女にしてくれる人を、何人も探してくれたらしい。 が、婆やが焼け跡に住居を作って落ち着いてしまったので、一緒に暮らす事に決めたのだそうだ。

                      ハニーは、焼け残った古い本の山から百科事典を一揃い見つけると、8歳の時からAから順に読んでいるという。 「もうTの真ん中ぐらいまで読んだわ。 きっとあなたより私の方が物知りよ」

                    「きっとそうだろうな」 ボンドは感心してしまう。

                      ハニーの話しでは、屋敷跡の周りの畠のキビは、年に2回刈り取られて工場へ送られているそうだ。 その時は、キビ畠に住んでいる動物や虫たちは大混乱になって、大部分が巣を潰されたり殺されたりしてしまうらしい。 だから刈り入れ時期になると、屋敷の廃墟に逃げ込んで来るのが沢山いるのだそうだ。

                    「婆やは怖がっていたわ。 だってマングースやヘビやサソリも来るんですもの」

                      ハニーは地下室の部屋を2つ、そういう連中のための避難所にしてやったのだそうだ。

                    「キビが育ってくるとみんなゾロゾロ出て行って、畠での生活に戻っていくのよ」

                      地下室に来ている間は、ハニーが面倒を見てあげていたそうだ。 「私にはとても馴れてしまって、新しく生まれた子供たちもそうなのよ」

                      だから動物や虫の事をよく知っているのだと言う。

                     

                      15歳の時に婆やが亡くなると、農園の監督をしていた男がハニーにちょっかいを出してきたらしい。 ハニーはその男が大嫌いだったので、そいつの馬の音が聞こえると、さっさと隠れていたと言う。

                    「だけどある晩、そいつは馬でなく歩いてやって来たのよ。 だから気が付かなかったの」

                      男はハニーが言う事をきかないと言って襲いかかってきた。 思いっきり顔を殴ると、気絶した彼女に乱暴していったのだった。

                    「次の日に鏡を見て、それにどんな事をされたのか分かって、死にたくなったわ」

                      しかし、ハニーは計画を立てた、と言った。 「次のキビ刈りで、黒後家クモが地下室にやって来るのを待ったのよ」

                      このクモの雌は特にタチが悪いらしい。 ハニーは一番大きな雌を捕らえて、箱に閉じ込めてしまう。 そして数日の間、餌をあげずにいたのだそうだ。 ある晩、ハニーはその箱を持って男の家に行き、バルコニーを登って男の寝室に忍び込んだ。

                    「あいつは蚊帳を吊ったベッドで裸で寝ていたわ。 私は蚊帳の裾をめくると箱を開けて、黒後家クモをそいつのお腹の上に放り出したの」

                    「凄い事をしたね」 ボンドは驚きの連続だった。 「それで、どうなったんだい?」

                      ハニーは、いい気味だ、とばかりに「あいつは一週間苦しんで死んだわ。 あのクモにやられるとそうなるのよ」

                      ハニーはボンドが黙ってしまったのを見て、心配そうに言った。 「ねえ、私のした事、悪いと思う?」

                    「ちょくちょくやっていいような事じゃないね」 ボンドは穏やかに言った。

                      その後は鼻の形を治すためにお金を貯めたかった、と続けた。

                      百科事典に、貝を集める人が居る、と出ていたのをきっかけにして、貝の収集家の雑誌を手に入れると、マイアミの業者と連絡を取った、と言う。

                      何回か貝を送ったりしているうちに業者の欲しがっている物が判ってきて、効率が良くなってきた。

                    「この前、凄い幸運にぶつかったのよ」 このクラブ島で見つけた紫色の貝を送ったところ、この貝なら1つ5ドルでいくらでも買い上げる、と返事が来たらしい。 その手紙には、この貝が棲んでいる場所は絶対秘密にしろ、とあったようだ。 他の人間まで採りだすと、市場が荒らされて値が下がるのだそうだ。

                    「だからあの浜であなたを見かけた時、てっきりあなたも貝を採りに来たと思ったのよ」

                    「こっちだってギョッとしたよ」 ボンドはそう応えると、ハニーの身の上に思いをはせた。

                    「ねえ、あなたも寝袋に入ったら? あなたの入る余裕は充分あるのよ」

                    「いや、いいよ。大丈夫だよ」

                      ハニーはしばらく黙っていたが、やがてささやく様に言う。 「もしあなたが、私の事を可愛がれないんだったら、背中を向けて寝ればいいのよ」

                    「そうしたいのは山々だが、今夜はダメだよ。 おやすみハニー」

                    「わかったわ。 だけどジャマイカに帰ったら、一緒に寝袋に入ってね」

                    「たぶんね」

                    「約束して。 約束してくれるまで眠れないわ」

                      ボンドは破れかぶれで言った。 「もちろん約束するさ。 さあ、おやすみ」

                    「約束よ、ジェームス。 おやすみなさい。

                     

                    *****

                     

                      ボンドはクォーレルに激しくゆり動かされて目を覚ました。

                    「キャプテン、何かが湖の上を渡って来ます! きっと竜ですよ!」

                      ハニーも目を覚ました。 「どうしたの?」 心配そうに言う。

                    「ここでじっとしているんだ」 ボンドはそう言うと、砂地に出て行った。

                      湖の中ほどを不格好な怪物が渡って来る。

                      煌々オレンジ色に光る2つの目玉。 嘴のあたりから青い焔をチロチロさせている。 コウモリの様な翼の間に、丸い頭があった。

                    「やっぱり竜ですよ」 クォーレルが叫んだ。

                    「いや、竜なんかじゃ無いよ。 何かは解らんが、コケ脅しの偽装を施したトラクターか何かだろう。 ディーゼルエンジンで走っている」 「逃げてもしょうがないな。 向こうの方が早いし、マングローブだろうが沼地だろうが、平気でやって来る。 ここで一戦交えるとしよう」 ボンドはクォーレルに向き直った。

                    「クォーレル、運転手だ。 200ヤードまで来たら頭の部分を狙って撃ちはじめろ。 私は50ヤードあたりからヘッドライトをやっつける。 タイヤも狙ってやろう」 「ビクビクするな。 あれは竜なんかじゃ無い。 ノオ博士がこしらえた大道具に過ぎないんだ。 運転手をやっつけてあいつを分捕っちまえば、海岸まで楽に戻れると云うもんさ。 いいか?」

                      クォーレルは、ちょっと白い歯を見せた。 「O K、キャプテン」

                      ボンドはハニーの所へ戻ると、海岸の時と同じ様に砂を掘ってもぐっていろ、と命じる。 「あれは竜なんかじゃ無いよ。 ノオ博士の手下が乗っている、ペンキを塗りたくった自動車にすぎないんだ。怖がる事は無いさ」

                    「あたしは大丈夫よ。 でも、気を付けてね」 そう言ったハニーの声は、しかし恐怖に上ずっていた。

                      ボンドは藪の中で、砂地に片膝を付くと拳銃を構えた。

                      怪物は湖を渡り切って、砂地に上がって来た。 嘴からチロチロと出ている青い焔は、火炎放射器に違いない。

                      ボンドも恐ろしい光景だと、心底から思った。 ディーゼルエンジンのうなりが無かったら、誰だって震え上がるに違いない。 しかし、そんなコケ脅しにのらない相手に対しては、どれだけの威力が示せるのか。

                      答えはすぐにあらわれた。

                      クォーレルがカービン銃を撃ち始めたのだ。 丸い頭のキャビンに弾が当たって火花が散っている。 立て続けにキャビンに当たっているが、怪物はお構いなしに向かって来る。

                      ボンドは慎重にヘッドライトに狙いを付けた。 一発目で片方が割れた。 もう片方も弾を入れ替えての5発目で当たった。 だが、怪物はそのまま進んで来る。

                      ボンドは弾を詰め替えると、巨大なタイヤを狙って撃ち始めた。

                      何発も当たっている事がはっきりと分るのだが、何の変化も無い。

                      その時、嘴の焔がクォーレルが潜む茂みに向かって矢の様にのびた。 茂みが燃え上がり、恐ろしい悲鳴があがった。

                     

                      怪物はボンドの方に向きを変えて止まった。 嘴の青い焔が、まっ直ぐにボンドを狙っている。

                      ラウンドスピーカーのガーガーとした音が響き渡った。

                    「そこまでだ、イギリス野郎。 出てこい。 女もだ。 さもないと相棒みたいに黒焦げにしちまうぞ」

                      チロチロとした焔がちょっと大きくなってボンドの方に向かって来た。

                      ボンドは背中にハニーが寄り添っているのに気が付いた。

                    「じっとしていられなかったのよ」 うわずった声でハニーが言った。

                      ボンドは肚を決めた。 たとえ後で殺されるとしても、これほど酷い殺され方はあるまい。 ハニーの手を取ると、砂地に出た。

                    「ようし、そこで止まれ」 ラウンドスピーカーが叫んだ。 「その豆鉄砲を捨てろ」

                      ボンドは拳銃を放り投げた。 Qが推薦したスミス&ウエッソンも、所詮はこの程度にしかならなかったのだ。 ベレッタと似たり寄ったりだ。

                      後ろのハニーが泣き出してしまった。

                      怪物の後ろからガチャンと音がして、男が1人現れた。 手に拳銃を持っている。 嘴の焔が男の顔を照らした。 中国系ニグロの大男だ。

                    「両手を出せ。 手首をそろえるんだ」

                      ボンドは言われた通りにする。 男がボンドに手錠をかけた。

                      ボンドは男に背を向けて歩き出した。 一言クォーレルに別れを告げずにはいられなかったのだ。

                      グヮンと銃声がして、足元の砂がはじけた。

                      ボンドは振り返って言った。 「ビクビクするなよ。 お前たちに殺された友人を弔いに行くだけさ」

                    「なら2分待ってやる。 供える花が無いのが気の毒だがな」

                      ボンドはまだ煙の出ている茂みに近づいた。 「クォーレル、すまない」 と静かにつぶやくと、両手で冷たい砂を一つかみして彼の遺体にかけた。

                      ボンドはしばらく立ちすくんでいたが、気を取り直して怪物の横に戻った。

                      男が拳銃を振って、2人を怪物の後ろに促した。

                      そこには小さな扉が開いていた。

                    「中に入って座れ。 おとなしくしているんだぞ」

                     

                      2人が入ると、男も入ってきて扉を閉めた。 「O Kだ、サム。 戻ろう。 焔を大きくすればヘッドライトが無くても運転できるだろ」

                      男が助手席に座ると、運転手がギヤを入れ替えて、車が動き出した。

                      ハニーが肩を押し付けてきた。 「どこへ連れていかれるのかしら?」

                    「きっとノオ博士のところだろう」 「心配しなくていいよ。 この連中はただのチンピラさ。 向こうに着いたら何もしゃべってはいけないぜ。 私がしゃべるから。 君は黙っていろよ」

                      前の座席の2人の男は、こっちに背を向けて座っている。 ボンドが手も足も出ない事を充分に承知しきっているのだ。 癪に障ったがどうしようも無かった。

                      車が坂を上り始めた。 カマボコ小屋に近づいているのだろう。

                      運転手がダッシュボードに手を伸ばした。 すると車の前の方からパトカーの様なサイレンが鳴った。 運転手は車を止めると、傍らのマイクを手にした。

                    「O Kだ。 イギリス野郎と女を連れて来た。 もう1人の男は死んだよ。 扉を開けてくれ」

                      ローラーの引き戸が動く音がボンドの耳に入った。

                      車が数ヤード進んで止まった。 鉄の扉が開かれて、何本もの腕がボンドを引きずり出した。 脇腹に銃を突きつけられる。

                      ボンドはあたりを見回した。 そこは油と排気の臭いがたちこめた車庫兼工作場の様だった。

                      運転手と助手席の男が車体を調べている。

                      車庫の中にいた中国系ニグロの男が、助手席の男に声をかけた。 「中に連絡しといた。 すぐに通せ、とさ」 助手席の男が、ここでは頭株のようだ。

                    「聞こえただろ。 こっちへ来い」 男は車庫の奥の方へ手を振る。

                    「お前が先に行けよ」と、ボンドは応えた。 「それから、このエテ公どもに拳銃を下す様に言ってくれ。 暴発でもされてらかなわんからな。 どいつもこいつも、それぐらいの事はやりかねないマヌケ面をしてるぜ」

                      男達がグッと近寄って来た。 先頭の男は憎悪に目を血走らせながら、大きな拳をボンドの鼻先に突き付ける。

                    「イキがってんじゃねえ。 俺たちだってお楽しみにありつけるんだぜ」

                      男はそう言うと、目をボンドからハニーに移した。 他の男たちの目も残忍な光に燃えている。

                    「分った、分ったよ。 こっちは手錠をかけられているんだ。 好きにしろよ。 でも、あまり私たちをいたぶると、ノオ博士は喜ばないだろうな」

                      ノオ博士の一言で、男たちの顔色が変わった。 男はボンドを胡散臭そうに見つめると、思い直した様に言った。 「O K。 チョッとからかっただけだよ」 そして他の連中に向き直ると、「そうだよな」 と念を押す。

                      男は先に立って、車庫の奥の粗削りの扉へ歩いていく。 ボンドも後に続きながら、ノオ博士の名前の威力に驚いていた。 ノオ博士は、徹底した規律でこの島を支配しているようだ。

                      男は扉の横のボタンを押した。 カチンと音がして扉が開く。 向こう側はカーペット敷きの廊下が続いていた。 突き当たりは洒落たクリーム色のドアだ。

                      男は脇に下がると、「真っすぐ行って向こうのドアをノックしな。 後は受付の連中が引き受けるからよ」

                      ボンドはハニーを連れてカーペットの上を進んだ。 後ろで扉が閉まる音がする。

                    「さあ、次は何んだ?」 ボンドは言いながら、ハニーの手を強く握りながらノックした。

                      ドアが開いた。

                      ドアをくぐったボンドは、目の前の信じられない光景にギョッとして立ちすくんでしまった。

                     

                    *****

                     

                      その部屋はニューヨークの摩天楼にある一流会社の秘書室の受付、といった様な部屋だった。

                      床にはワインレッドのふかふかしたカーペットが敷き詰められていて、壁と天井は落ち着いた淡紅灰色だった。 照明も流行のデザインの濃緑の絹シェードをかけたハイカラな自然色の背の高いものだ。

                      ボンドの右側には、緑の革を張った大きなマホガニーのデスクがあり、最高級のインターホンが載っていた。 部屋の反対側にもテーブルがあって、雑誌が何冊も載っている。 デスクの上にもテーブルの上にも、芙蓉の花を挿した花瓶が置いてあった。 空気は新鮮で涼しく、かすかに高価な香料の香りがした。

                      部屋には、角縁メガネをかけた中国人の女性が2人いた。 受付嬢のお定まりの、いらっしゃいませ、と云った笑顔を浮かべている。

                      2人とも高級美容院の助手の様な、真っ白い服を着ていた。 ストッキングも白、靴も白、だった。 めったに外に出ないのか、2人とも透きとおる様な白い顔をしている。

                      ドアを開けてくれた女性が、歓迎の言葉を並べた。

                    「まあまあ、お気の毒に。 いついらっしゃるか、見当が付かなかったんですのよ。 こちらにお見えになる途中だとは何度も聞かされていたんですよ。 でも、最初は昨日のお茶の時間だろうと云う事で、それが夕食の頃だろうと云う事になって、朝食に間に合う頃にいらっしゃると聞かされたのがつい30分前でしたわ。 さあこちらへ」

                      彼女は静かにドアを閉めると、ボンドとハニーをデスクの前へと導いた。 2人をデスクの前のイスに座らせる。

                    「私はシスター・リリーで、こちらはシスター・ローズです。 ところで、おタバコはいかが?」

                      彼女は革の箱を取り出して蓋を開いて2人の前に置くと、高価な卓上ライターに手をかけた。

                      ボンドは手錠をはめられた手を上げて、箱からタバコを取った。

                    「あらまあ、どうしましょう」 シスター・リリーは金切り声を上げた。

                      彼女の口調は本当に当惑している様だった。 「シスター・ローズ、鍵を早く。 お客様をこんなふうにお連れしちゃいけないって、何度も言ったのに」 半ば癇癪を起している。

                      シスター・ローズも同じ様に怒っていた。 「本当に表の連中ときたら! 今度こそしっかりと言ってもらわなければ」 そう言うと引き出しの中をかき回して鍵を取り出すと、2人の手錠を外した。

                    「ありがとう」 ボンドはそう言ってタバコに火を点けてもらう。

                    「さて・・・」 シスター・ローズがデスクの上の書類を開いて、「お手間はとらせません。 まず、お名前をどうぞ」 と言った。

                    「ブライス。 ジョン・ブライスです」 ボンドは応えた。

                    「ご職業は?」

                    「鳥類研究科」

                    「おいでになった目的は何でしょう?」

                    「鳥です。 オーデュボン協会はこの島の一部を借りていますから」

                    「ああ、そうでしたわね」 ボンドは女が言われた通りに書類に書き込んでいくのを見ていた。

                    「それから、奥様ですわね? お名前は?」

                    「ハニーチャイル」

                    「まあ、かわいらしいお名前ですこと」 せわしなく名前を書き込む。 「それで、あとは一番身近な親族を伺えばお終いです」

                      ボンドはMの本名を言い、叔父でユニバーサル貿易の専務だと言った。

                      シスター・ローズは書類を綴じた。 「ではブライスさん、ご滞在中のお幸せをお祈りしますわ」

                    「ありがとう」 ボンドはそう言って立ち上がる。 ハニーも立ち上がったが、その顔は無表情だった。

                     

                      シスター・リリーが、「どうぞこちらへ。 お部屋にご案内致します」と言って、奥のドアを開けた。

                      ボンドとハニーは、彼女に続いて、廊下を歩いた。 廊下は受付の部屋と同じ作りだった。

                      シスター・リリーが時々振り返りながらしゃべり続けるのに、ボンドは行儀よく受け答えする。

                      しかし頭の中は、この異様な迎えられ方を考えるのにせいいいっぱいだった。

                      受付の2人の女が本気な事は、ボンドは疑わなかった。

                      彼女たちの口ぶりからすると、彼女たち内部の人間は外の連中とは没交渉で、たぶん外の連中がどんな人間かは知らないのだろう。

                      怪奇趣味だ。 廊下の突き当りのドアに近づきながら、ボンドはそう思った。

                      シスター・リリーはドアの横のベルを鳴らした。

                      待ち受けていた様にドアが開いて、花模様のキモノを着た妖艶な中国娘が姿を現した。

                      ボンドに向かって中国式のおじぎをする。 彼女もその表情には温かい歓迎の色しか浮かんでいない。

                    「メイ、やっとお見えになったわ! ジョン・ブライスご夫妻よ。 お2人ともお疲れなの。 すぐにお部屋にご案内して、朝食をさしあげて休んでいただかなくては」 彼女はボンドの方に振り返ると、「こちらはメイです。 彼女がお2人のお世話をします。 何かご用でしたらベルを鳴らしてメイを呼んで下さい」 と告げた。

                      ボンドは愛想よくメイに笑顔を見せた。 「どうぞよろしく。 そうだね、2人とも早く部屋に落ち着きたいな」

                      ドアの向こうは廊下が左右にのびていた。

                      メイが先に立って右の廊下を進む。 突き当りにドアがあり、その向こうも廊下だった。

                      今度の廊下には、番号が付いたドアが左右に並んでいる。

                      メイが14号室のドアを開けて入っていった。 ボンドたちも続いて入る。

                     

                      そこは最新式のマイアミのホテルの様な続き部屋だった。 壁は濃緑色。 床は黒っぽく磨き上げられたマホガニーで、ところどころに白いふかふかの絨毯が敷いてある。

                      最新流行のホテルの部屋そっくりだったが、ただ窓が1つも無く、ドアの内側には把手が無かった。

                      ボンドはハニーに、「気持ちのいい部屋だね。 どうだい?」と言って笑顔を見せた。

                      ハニーはボロのスカートの裾をつまんでもじもじしている。 ボンドの顔も見ずに黙って頷いた。

                      ドアにノックの音がして、もう1人の中国娘が入って来た。 料理を載せた盆を手にしている。 彼女は盆を中央のテーブルに置くと、そそくさと出て行った。

                      メイとシスター・リリーがドアに引き下がった。 シスター・リリーが振り向く。 「では私たちは失礼します。 何かご用がありましたら、ベッドの脇のベルをどうぞ。 そうそう、お召し物はクローゼットに沢山入っています。 どれも中国服ばかりですけど」 ここで彼女は言い訳でもするように言った。 「でもサイズは合っています。 衣装部では寸法を聞いたのが昨日の晩だったそうで。 先生が、お2人の邪魔にならない様に寸法を採れ、とそれは厳しいお言いつけだったんですのよ。 で、今日の夕食にお越し頂けたら、先生はきっとお喜びになりますわ」

                      彼女はここで一息つくと、問いかける様にボンドとハニーの顔を見比べた。 「それとも・・・」

                    「いや、いいですよ」 ボンドは言った。 「喜んで夕食の招待を受ける、と博士に伝えて下さい」

                    「まあ、きっとお喜びになりますわ」 シスター・リリーは笑顔を見せると、ドアの向こうに姿を消した。

                      ボンドはハニーの方へ振り返った。 彼女は途方に暮れた様な顔をしている。

                      ハニーにとっては、こんな贅沢な部屋を見るのは初めてだろうし、この様なもてなし事態が恐ろしいに違いない。

                      ボンドは励ます様に笑顔を見せると、ハニーの手を取った。 「さあ、問題は1つだ。 朝食を温かいうちに食べるのが先か、それともこのボロを脱いでひと風呂浴びてさっぱりするのが先か。 他に考える必要は無いよ」

                      ハニーは心細さそうな笑顔を浮かべた。 「私たちがどうなるか心配にならないの? この部屋は罠だと思わないの?」

                    「罠だとしてもどうせ出られないんだ。 中のチーズを齧るより他にどうしようもないさ。 さ、食事が先か風呂が先か、君はどっちにする?」

                    「じゃ、私、先にさっぱりしたいわ。 でも、ああいったお風呂って、どうすればいいの?」

                    「造作もないこった。 入れる様に支度しといてあげるよ」 ボンドはそう言うと浴室に入った。

                      そこには何から何まで揃っていた。 殿方用にフロリンス・ライム浴剤、ご婦人用にゲールランの固形浴剤。 四角い固形浴剤をバスタブの中でつぶすと、浴室中にランの香りがたちこめた。

                      石鹸はゲールランのサボチュディ。 洗面台の戸棚には、歯ブラシと歯磨き、バラのうがい水、口腔用の脱脂綿に硬化マグネシュウムの乳剤が並んでいた。 さらに電気シェーバーとレンセリックの髭剃りローション。 どれも新品だった。

                      バスタブの湯加減をみていると、後ろからハニーが首に腕を巻き付けてきた。

                      ふり返ると、白タイルの浴室に黄金色の裸体が眩いばかりだった。 彼女は激しく不器用な接吻をしてきた。 ボンドはハニーを抱きしめる。 

                      ハニーが下肢をボンドにピッタリと押し付けながら、「とにかくあなたはさっきの女に、あたしの事を奥さんだと言ったわ」 とささやいた。

                      ボンドは湧き上がる欲情を抑えて言った。 「ハニー、お尻をぶたれる前にお風呂にお入り」

                      ハニーはにっこりと笑って、バスタブに身を沈めた。

                     

                      ボンドは居間に戻ると、部屋の中を調べた。 武器になりそうな物はないか? 隠しマイクはないか? 丹念に見て回ったが、何も無かった。

                      次にドアを調べてみる。 全体重をかけて当たってみたが、ビクともしない。 この部屋は牢獄なのだ。 それも数奇を凝らした牢獄だ。

                      罠に落ちたネズミにとっては、せいぜい中のチーズをご馳走になるだけだ。

                      ボンドはテーブルに着くと、朝食にとりかかった。

                      10分程して、浴室のドアが開く音がした。

                      ボンドはマーマレードを付けたトーストを皿に置くと、両手で目を覆った。

                      ハニーのカラカラと笑う声がして、部屋を横切ってクローゼットの中をかき回す音がする。

                    「ねえジェームス、薄藍の鳥が飛んでいる白地のキモノは似合うかしら?」

                    「ああ、好きにすればいい」 ボンドは目を隠したまま答えた。 「さあ、早くこっちへ来て朝食を食べろよ。 私は少し眠くなってきたよ」

                      ハニーは頓狂な声を上げた。 「あら、ベッドに入る時間だと言うのなら急ぐわよ」

                    「ハニー、ふざけてないで、早く朝食を済ませてしまえよ」

                    「なぜダメなの? あたし、ハネムーンごっこがしたいのに」 ハニーはテーブルに着くと、そう言った。

                    「今はダメだよ。 こっちは汚らしいままだからシャワーを浴びるよ」 ボンドは立ち上がると彼女の額に接吻して浴室へ足を向けた。 「今のハネムーンごっこだけど、私だってしたいさ。 だが今はダメなんだよ」 ボンドはそう言うと返事を待たずに浴室に入った。 髭を剃ってシャワーを浴びる。

                      どうしようもなく眠くなってきた。 一服盛られたに違いない。

                      浴室を出る時は、千鳥足になっていた。 ハニーはベッドの中で眠っている。

                      壁のスイッチを探って灯りを消す。 隣りの寝室まで行くのに、ボンドは床を這っていかなくてはならなかった。

                      どうにかベッドまでたどり着くと、最後の力を振り絞ってその上に体を投げ出した。

                     

                      10時頃、この続き部屋のドアが静かに開いた。

                      暗い廊下を背にして、背の高い人影が入ってくる。

                      男は滑る様に歩くと、ハニーが寝ているベッドの脇に立った。 静かな彼女の寝息に耳をすます。

                      しばらくそうしてから、男はシーツをつまむと足元まで引きおろした。 その手は人間の手では無かった。 黒い絹の袖口から出ていたのは、義手だったのだ。

                      男はかなりの間彼女の裸体を見つめていたが、やがて再びシーツをつまむと彼女の体を覆った。

                      次に男は隣りの寝室に向かう。

                      ボンドのベッドの脇では、もっと長い間立っていた。 そして同じ様にシーツを剥ぐと、克明にボンドの体を観察する。

                      男はボンドを充分に調べると、ゆっくりとシーツを戻した。 しばらくそのまま立っていたが、やがて音も無く部屋を横切って廊下に出た。

                      ドアがカチンと閉まった。

                     

                     続きは【ストーリー編 6/8】へどうぞ。

                     

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                    007おしゃべり箱 Vol.46−6 『原作紹介/ドクター・ノオ』

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                      「007おしゃべり箱」は、映画007シリーズについてのあれこれをおしゃべりしています。

                       

                      007おしゃべり箱 Talking BOX of 007

                       

                      Vol.46-6

                       

                      『原作紹介/ドクター・ノオ』

                      Ian Fleming’s Dr. No

                       

                      【ストーリー編 6/8

                       

                      by 紅 真吾

                       

                       

                        【ストーリー編 5/8】の続きです。

                       

                        ボンドは快適なベッドの上で目を覚ました。

                        一服盛られた睡眠薬のせいで少し頭痛がしたが、ぐっすりと眠ったので元気が出た。

                        クローゼットに行き、最初に手に触れたキモノを羽織ってしまう。

                        隣りの部屋ではハニーがベッドの上にキモノを積み上げて、1枚1枚体に当てていた。

                      「それがいいよ」 ボンドが声をかけると、ハニーが振り向いた。

                      「5時になったら、いいかげん起こそうと思っていたのよ。 今4時半よ。 あたし、お腹が空いたわ。 何か食べ物を頼めないかしら?」

                      「いいとも」 ボンドはハニーのベッドまで行くと、“ルーム・サービス”のボタンを押した。 “マニキュア”、“ヘア・メイク”のボタンもある。 「どうせだから、おもてなしにあずかろうじゃないか」 ボンドはそう言うとそれらのボタンも押す。

                        改めて部屋の中を見回した。

                        2人が眠っている間に、朝食の後片付けがされていた。

                        壁に寄せた飾り棚に、カクテル用の盆が置いてあった。 棚の中には、かなりの酒瓶が並んでいた。

                        ノックの音がして、メイが2人の中国娘を従えて入って来た。

                        ボンドはメイに、ハニーのためにお茶とバター・トーストを頼み、後ろの2人にハニーの髪と爪の手入れを頼んで、浴室へ向かう。

                        シャワーを浴びて出て来ると、メイが夕食の希望を尋ねてきた。

                        ボンドは、キャビアと子羊の焙り肉にサラダを注文し、飲み物に馬上の天使と云うカクテルを注文した。 ハニーは自分では選べないと言うので、イギリス風ローストチキンとメロンにチョコレートをかけたバニラアイスを注文してやった。

                      「かしこまりました」 メイが答えた。 「それから、先生が夕食は7時45分から8時でよろしいかと申しておりましたけど」

                      「構わないよ」 ボンドは応えた。

                        ボンドは化粧台の前でおめかしをして貰っているハニーの所へ行ってみた。

                        何か武器になる物を手に入れようと思っていたのだが、無駄だった。

                        ハサミやヤスリなどは、全て彼女たちの手首に鎖でぶら下がっていたのだ。

                        ボンドはカクテル・セットの盆の所へ行くと、バーボン・ウィスキーのボトルを取り、グラスに注ぐと炭酸を加えて、自分の部屋に入った。 そしてベッドに腰を下ろすと、陰気な考え事と酒に耽る。

                        中国娘たちが帰っていった。

                        ハニーが様子を見に来たが、ボンドが顔も上げないので、黙って戻って行った。

                        ボンドは酒のお代わりを注ぎに立ち上がった。 「ハニー、綺麗になったよ」と、お義理で声をかけ、チラッと時計を見てから、部屋に戻って酒を飲んだ。

                       

                        やがてドアにノックの音がして、メイが迎えに入ってきた。

                        2人は部屋を出ると、メイの後に続いて廊下を歩いていく。

                        突き当りにエレベーターがあった。 その扉を別の中国娘がうやうやしく開けて待っている。

                        2人が入りとドアが閉まり、エレベーターはどんどんと下がっていった。

                        ボンドはこのエレベーターがウェイグッド・オースティン社製なのに気が付いた。

                        まったくこの牢獄の中は何から何まで贅を尽くしている。 腹の底からの嫌悪に身震いが起きた。

                        エレベーターがスッと止まった。 どれぐらい降りたのか見当も付かない。

                        ドアが開き、2人は目の前の大きな部屋に足を踏み入れた。

                        天井が高く奥行きが60フィートばかりの部屋で、三方の壁は天井まで書棚になっている。 もう一方の壁は、濃紺のはめころしのガラス窓の様だった。 その部屋には誰もいなかった。

                        一面のガラス窓の向こうで、何かがスッと動いた。 何だろう? ボンドは部屋を横切ってガラスの側まで行ってみた。

                        銀色に光る小さな魚が大きな魚に追われて、ガラスの向こうを横切った。 これは何だろうか? 水族館の様な水槽だろうか? ボンドは上の方を見上げた。 ガラスに小さな波が打ち寄せている。 波の合間から、オリオン座の3つの星が見え隠れしていた。

                        これは水槽なんかじゃ無い。 ガラスの外は本物の海なのだ。

                        ボンドもハニーも、その場に立ちすくんでしまった。

                        いったいどうやってこの部屋を作ったのだろう? このガラスはどこへ注文して作らせたのだろう? そして、どうやって運んできたのだろう? 一体全体、いくらかかったんだ?

                       

                      「百万ドル」

                        部屋の中にこだまする様な声が響いた。

                        ボンドはゆっくりと振り返った。

                        長身の男が1人、唇に薄笑いを浮かべて立っていた。

                      「いくらかかったのかと考えていると思ってね。 ここへ来るお客は15分もすると、たいていそう考える様だが、君はどうかな?」

                      「その通りですな」

                        博士はデスクの後ろからゆっくりと2人の方に歩いて来た。 歩くというより、滑るという様な足取りだ。

                        博士の年齢は全く見当が付かなかった。 顔にはしわが1つも無い。

                        漆黒の目玉は拳銃の銃口を2つ並べた様で、まばたきもしなければ、表情も無く、ひたと相手を見据えている。 口元には絶えず微笑みらしきものを浮かべているのだが、そこから受ける印象は、居丈高な残忍さだけだった。

                        ノオ博士は2人の傍まで来ると立ち止まった。

                      「握手は出来ないので勘弁してもらうよ」 抑揚の無い、腹の底から出る様な声だった。 「手が無いのでね」

                        左右の袖口からピカピカの義手を2人の目の前に突き出した。

                        ハニーが、はっと息をのむ。

                      「ところで、いろいろと話したい事は多いのだが、残念ながら時間があまり無い。 まあ、掛けなさい。 一杯飲むかね? タバコはそのイスの横にあるよ」

                        ノオ博士はそう言うと、自分も背の高い革張りのイスに収まった。

                        ボンドは博士と向かい合ったイスに、ハニーはその間のイスに腰を下ろす。

                        ボンドは背後に気配を感じて振り返った。 いつの間にかレスラーの様な体格の中国系ニグロの男が立っていた。

                      「私のボディーガードだ」 ノオ博士が言った。 「この男は他にもいろいろな特技を持っているのだよ。 いきなり現れた様に思うが、私が呼んだのだ。 私はここに携帯無線機を付けていてね」 そう言うと博士は顎の先でキモノの懐を指してみせた。

                      「それで、その女の子は何を飲むかな?」

                        ハニーは目を丸くしてあっけに取られていたが、「コカ・コーラを頂くわ」と言った。

                        ボンドはその言葉を聞いてほっとした。 少なくとも彼女はこの芝居がかった演出に参ってしまってはいない。

                      「ボンド君、君は?」

                      「私はあまり強くないウォッカのドライ・マティーニがいいですな。 レモンの皮を一切れ添えて下さい。 ステアーで無くシェークで。 ウォッカはロシアものかポーランドものがいい」

                        ノオ博士は口元をほころばせた。 「なる程、君もなかなか通だね。 それくらいの事ならご希望に添えるだろう。 ここには大抵の物が揃えてあるし、それは君も解ったと思う」 ノオ博士はそう言うと、ボディーガードの男に中国語で命じた。

                       

                        飲み物が来るのを待って、ノオ博士が口を開いた。

                      「君は、欲しい物は何でも手に入れてきた様だね。 実は私もそういう信条なのだよ」

                      「私の場合は、ささやかな物ばかりでしたけどね」

                      「大きな物を手に入れそこなうと云う事は、それだけ大きな野心を持っていた、と云う事だよ。 ま、こんな無駄話はよして、まともな話しをしよう。 ところで、そのマティーニは口に合ったかね? サムサム、シェーカーはこの人の横に置いて、女の子にはコカ・コーラのお代わりを置いといてやれ。 もう8時過ぎだろう。 夕食は9時きっかりに始めたい」

                        ノオ博士はチョッと居ずまいを正して座り直した。 室内に静寂がみなぎる。

                      「ところで、英国秘密情報部のジェームス・ボンド君、お互いに秘密を打ち明けようじゃないか。 先ず、私の方から話そう。 それが終わったら今度は君が君の秘密を話すんだ」 ノオ博士の目が陰険に光った。 「嘘はいかんよ。 嘘をついてもこれが見破るからな」 博士はそう言うと、自分の目を指した。 「この目は何でもお見通しなんだ」

                       

                      *****

                       

                        ボンドは考え込みながら、マティーニのグラスに口を付けた。 自分の正体はもうバレてしまっているのだ。 こうなってしまっては、ハニーを守るのが最優先だ。

                        ボンドはノオ博士に笑顔を見せた。

                      「総督官邸にスパイが居る事は解っていましたよ。 ミス・タロはあんたの手先ですね。 その事はもう報告してあるんです」

                        博士は平然としたままだった。 ボンドは、そんな博士の態度が癪にさわった。

                      「まあ、それは別として、お互いに話し合うのなら、これ以上の芝居気は抜きにしましょう。 あんたが面白い人物だとは認めますがね、こんな芝居気を出す必要はありませんよ。 お気の毒に両手を無くした、だから義手を付けている。 メガネの代わりにコンタクトレンズをはめ、召使を呼ぶのにベルの代わりに携帯無線機を使っている。 それだけの事でしょう。 他にもそんな手品めいた道具立てはあるでしょうが、そんな三文芝居などに驚きはしませんよ。 私はあんたの所のグアノ採掘夫とは違いますからね」

                        ノオ博士はチョッと首をかしげた。

                      「ほほうボンド君、なかなか思い切った事を言うな。 素直に承っておこう。 どうも猿どもと長く暮らしていると、つまらん癖が付いてしまう様だ。 しかしこの癖は何もハッタリでは無いのだよ。 私は技術者だ、必要な物を自分で揃える能力があると云うだけなのだよ」

                        ノオ博士はそう言うと、両手をチョッと広げてみせた。 「しかしまあ、さっきの話しを続けよう。 私にとっては、君の様な教養ある聞き手を得る事など、めったに無い喜びでね。 私の話しを興味を持って聞いてくれる人間は君ぐらいなものだろう」

                        博士はここで改めてボンドを見つめながら続けた。

                      「それに、君なら私の話しを人に話したりせんからな。 まあ、その点ではその女の子も同じだが」

                        では、そうだったのか。 ボンドはノオ博士の事を、単にギャングもどきの親分程度にしか考えていなかったが、どうやら一枚も二枚も上手の様だ。

                      「この娘にそんな話しを聞かせても無意味ですな。 私には何の関係も無い、ただのジャマイカ娘ですよ。 貝を採りに来ただけでね。 あんたの手下にカヌーを壊されてしまったから、仕方なしに私に付いてきただけなんだ。 すぐに返してやるんですね。 この娘は何もしゃべらないし、そう約束するだろう」

                      「しゃべるわ! みんなしゃべるわよ! あたし、あなたと一緒にいるから!」 ハニーが叫んだ。

                      「迷惑だな。 君になんか付き合ってもらいたく無いね」 ボンドは冷ややかに言い放った。

                      「ボンド君、つまらん侠気を起こしなさんな。 この島に来て帰れた者はいないのだ。 それが私の方針でね」

                        ボンドは肩をすくめると、ハニーに笑いかけた。 「ごめんよ、ハニー。 今のはウソだよ。 本当は私だって君と一緒にいたいさ」 ボンドがそう言うと、ハニーは嬉しそうに頷いた。 「さ、一緒にこの偏執狂の話しを聞こうじゃないか」

                       

                      「ボンド君、君の言う通りだな」 ノオ博士は相変わらずの穏やかな声で言った。 「私は確かに偏執狂だよ。 だがね、偉人と呼ばれる人物はみな偏執狂なのだよ。 彼らはその偏執であるがゆえに目的に向かって邁進し、だから結果を残したんだ」 ここでノオ博士はチョッと胸をそらした。 「私は力に対する偏執狂と言えるだろう。 私の人生の意義はそこだ。 この島がこうして存在するののも、それによるのだ」

                        ボンドはグラスを上げてマティーニを飲むと、シェーカーからお代わりを注いだ。

                      「少しも驚きませんね。 自分がイギリスの王様だとか、アメリカの大統領だと思い込んでいる人間などは、精神病院にはいくらでも居ますよ。  あんたは自分で病院を作って、その中に閉じこもっているだけなんだ」

                      「ボンド君、力とは主権の事だよ。 私はこの島で、絶対的な主権を持っているのだ」

                        ボンドは肩をすくめた。

                      「ノオ博士、そんな物は力の幻影にすぎませんよ。 だいたい力なんて本質的には幻にすぎないんです」

                      「ボンド君、そんな様に言えば、美も然りだね。 芸術も金も全て幻だ。 君がそんな言葉の遊戯をくり広げても、私は何とも思わんよ。 そんな空論はよそう。 それにボンド君、30分やそこらの会話で、私の生き方が変えられるわけは無かろう。 それよりも、私が力の幻影をたどってきた半生を聞いてもらうとしよう」

                      「どうぞ、ご随意に」

                        ボンドはその時、全てが滑稽なものに感じた。 人工的に造られた地下深くの部屋の光景、座り心地のいいイスに座っている3人、書棚の本、贅沢な絨毯、それらが全て茶番である様に思われた。

                       

                      「私はドイツ人宣教師と中国の良家の娘との間に生まれた。 私生児として厄介者として育てられた」 ノオ博士は淡々と語り始めた。 厄介者として育てられた彼は、長じると上海に飛び出した、と語った。

                      「上海に出ると、裏社会である“党”に入った。 詐欺、強盗、何でもやったよ。 人殺しもね。 その内に“党”の中でゴタゴタが起こって、私は粛清されそうになった。 そこで幹部の紹介でアメリカへ密航したんだ。 ニューヨークでは暗号の紹介状を持っていたので、アメリカでの2大“党”の1つに入れてね、頭目であるヒップ・シンの秘書に雇ってもらえたんだ。 私が30になる頃には、“党”の会計係を任される様になった。 会計係と言ったって、100万ドル以上のカネを動かしていたんだよ。 私はこのカネが欲しかった。 やがて1920年代の末の、例の中国人ヤクザの抗争が始まった。 何週間にも渡って双方数百人の死者が出た。 その内に暴徒鎮圧の手入れだ。 ニューヨーク中の警官が集まって来た様な騒ぎだったよ。 双方の本部は急襲されて、幹部は全て投獄された。 私はいち早く手入れの情報をつかむと、金庫から100万ドルをかっさらってハーレムに身を隠したんだ。 私も迂闊だったよ。 外国へ高飛びすれば良かったんだ。 夜中に連中に襲われたんだ。 連中は私を拷問にかけて、カネのありかを聞き出そうとした。 私は白状しなかったよ。 すると連中は諦めたのか、私の両手を切り落とすと、私の心臓に1発撃ち込んで帰っていった。 しかし、私は百万人に1人という、心臓が右側にある珍しい体だったのだよ。 私は生き延びた。 意志の力だけで、手術と何ヶ月もの入院生活を生き抜いたのだ。 しかもその間も、手に入れたカネをどう守るか、考えに考え抜いたのだ」

                        ここで博士はひと息ついた。 思い出に酔っているらしい。 博士は落ち着こうとしたのか、目を閉じた。

                        チャンスかもしれない。 ボンドは一瞬そう思った。 グラスを割って、博士の首筋に切りつける。

                        博士の目が開いた。

                      「退屈かね? ボンド君。 今チョッと君の注意が脇にそれたようだが?」

                      「いや」 チャンスは去ってしまった。

                      「ボンド君、そうして私は確固たる方針を立てたのだ。 退院すると、ニューヨークの切手商の所へ行ってね、世界で最も高価な切手にカネを換えたんだ。 たった封筒一つ百万ドルが入ってしまったのだよ。 そして整形手術をして姿をすっかりと変えてしまったのだ。 名前もジュリアス・ノオと変えたよ。ジュリアスは父の名を継いだのだが、ノオと云うのはあらゆる権威に対する反発から付けたのだよ。 そうして中国人の居ないミルウォーキーへ行き、大学の薬学部に籍を置いた。 象牙の塔に身を隠したわけだよ。 私は人間の肉体と精神について夢中になって勉強した。 なぜだか分るかね? 私は肉体というものが、どれくらいの能力を持っているのか、知りたかったのだよ。 それさえ見極められれば、世間からの攻撃など容易に対処できる。 力を手に入れるのだよ、ボンド君。 君がどう思おうと、現代における権力の本質は、そんなところにあるんだからね」

                        ボンドはシェーカーに手を伸ばして、3杯目を注いだ。

                        ノオ博士は、2人とも腹が減ったろうがもう少し我慢してもらおう、と言って語り続けた。

                      「研究を終えるとアメリカを離れて、世界を回った。 私が築く本拠地にふさわしい場所を探すためだ。 いずれは起こる戦争に、安全な所でなくてはならない。 島でなければならないが、産業的に開発ができる島でなくてはならない。 そうして、このクラブ礁島に目を付けて買い取ったのだ。 それ以来14年間、私はこの島から1歩も出ていない。 安全で、実りの多い14年だった。 鳥の糞がカネになると思うと、笑いが止まらなかったね。 しかし、1つだけ不安があった。 分かるかね? ベニヘラサギとか云うバカげた鳥だよ。 その鳥の監視員が島の湖の畔に居て、ジャマイカから日常の補給を受けていたんだ。 時々アメリカから鳥の学者が来て、何日かキャンプに泊まっていったりした。 私もそれくらいなら、何とも思わなかった。 監視員もこっちの領域には近づいてはいけない事になっていたしね。 ところが、月に1度の船が、青天の霹靂の様な手紙を届けて来たのだよ。 ベニヘラサギが世界でも珍しい鳥だと認められたので、彼らの借地にホテルを建てる、と通告してきたのだ。 世界中から鳥好きの連中が集まって、クラブ礁島は有名になりますよ、などと言うのだ。 ボンド君、信じられるかね? ようやく世間と隔離された私の城が完成したというのにだ。 私はかなりの額で彼らが持つ地上権を買い取ろうとした。 だが断ってきた。 そこで私はベニヘラサギの事を調べてみた。 その鳥の生態が解れば解決策が見出せるのでは、と思ったんだよ。 思った通りだったね。 ベニヘラサギは特に臆病なんだ。 すぐに怯え上がる鳥だ。 私はフロリダのメーカーに、沼地用の車両を注文した。 どんな所でも走れる、と云う奴だ。 そいつに火炎放射器を取り付けた。 監視員も追っ払わなければならないので、人が怖がる偽装も施した。 鳥どもは大恐慌を起こして、何千羽と死んでいったね。 後は君も知っての通りだ。 オーデュボン協会がまたつまらん行動を起こしても、また別の事故が起きるだけの事だよ」

                      「面白い」 ボンドは言った。 「実に面白いですな。 ではストレングウェイズを片付けたのも、そのためですね。 彼とその女性秘書はどうなったんです?」

                      「2人ともモナ貯水池の底だよ。 ジャマイカにはいろいろな動きを見張る組織を置いておいたからね。 彼が探りを入れてきたのは、すぐに解ったのだよ。 2人を片付けるのは簡単だった。 彼らの日常の行動はすっかり掴んでいたからね。 君の事もあっさりと片付けるつもりだったんだ。 しかし君は運のいい男の様だね。 総督官邸の書類で君がどんな男か解っていたから、いずれは君はこの島に来ると解っていたよ。 レーダーにカヌーが写った時は、もう逃がさん、と思ったね」

                        ボンドも黙っていなかった。 「カヌーは2隻だったんです。 あんたがレーダーで見つけたのは、この娘のカヌーさ。 この娘はさっきも言った通り、私とは何の関係も無いんだ」

                      「ではこの女は運が悪かったんだ。 ちょうど今チョットした実験に、白人の女が欲しかったところでね」

                        ボンドは考え込みながらノオ博士を見つめた。 どうやったらこの用心堅固な男に、一矢報いる事ができるだろうか?

                      「しかしノオ博士、あんたの運もこれまでですよ。 あんたの事は既に書類にしてあるんです。 毒入り果物やムカデ、自動車事故の事もね。 ミス・張やミス・タロの名前もです。 ジャマイカのある人物に、私が3日経っても戻らなかったら書類はロンドンに届く様に依頼してあるんですよ」

                        ボンドはここで一息ついた。 ノオ博士の表情は少しも変わらなかった。 ボンドは続けた。

                      「しかしノオ博士、ひとつ取り引きましょう。 我々を無事にジャマイカへ帰してくれたら、あんたには逃亡する時間を1週間あげますよ。 飛行機でも船でも、例の切手の袋とやらを持ってどこへでも逃げるがいい」 ボンドはイスの背によりかかった。 「どうです?ノオ博士」

                       

                      *****

                       

                        ボンドの背後で静かな声がした。 「お食事の支度ができました」

                      「ああ、もう9 時か」 ノオ博士はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。

                        ボンドとハニーも席を立つと、ノオ博士に続いてダイニングルームに入っていった。

                        銀のシャンデリアの下に丸いマホガニーのテーブルがあった。 ナイフやフォーク、グラスが和やかに光っている。 無地の濃紺のカーペットは、豪華なふかふかした物だった。

                        3人はテーブルに着いて、白絹のナプキンを取り上げた。

                        2人の中国系ニグロの男が料理を給仕する。

                        ノオ博士は食事に没頭している様だった。

                        ボンドはハニーに、ジャマイカの事を陽気に話しかける。

                        それでもタイミングを見計らって、シャンパングラスをひっくり返した。

                        割れたグラス、飛び散るシャンパン。 その時ボンドの左手は、ナイフを袖口に滑り込ませていた。 大げさなジェスチャーでノオ博士に詫びると、上に上げた袖のナイフを脇の下に滑り落とす。

                       

                        コーヒーが出て食事は終わった。

                      「ボンド君、食事は気に入ったかね?」

                      「ええ、素晴らしいご馳走でした」 ボンドはテーブルの上の銀のケースからタバコを取り、卓上ライターで火を点けた。

                      「ところでボンド君、さっきの君の提案をいろいろな角度から検討してみたのだがね、お断りだね」

                      「なるほど。 しかしそれは懸命な判断とは言えませんな」 ボンドはそう言いながらも、ライターも巧みにくすねた。

                      「そんな事は無いさ。 君の提案はハッタリだね。そんな報告書など存在せんよ。 何か他に言う事はあるかね? 実は、明日は月に1度の定期船が入る日でね。 私は1日中埠頭で荷役の監督をせねばならないので、早く休みたいのだ」

                        ボンドはハニーへ視線を向けた。 彼女は死人の様に青ざめてボンドを見つめている。

                        時間をかせごう、とボンドは思った。

                      「それで? あんたの計画の第2章は何なのです?」

                      「ああそうだね。 冥途のみやげに私の次のページを話してあげよう。 ボンド君、この島にあるのは、鳥の糞だけでは無いんだ」 ノオ博士はここで言葉を区切ると、力強く言った。 「この島は世界でも有数のミサイル誘導基地になりつつあるのだよ」

                        ボンドはノオ博士の言葉がすぐには理解できなかった。

                        ノオ博士はそんなボンドの胸の内を見透かす様に語り出した。

                      「君はここからウインドワード海峡を300マイル程いったワークス島を知っているかね? アメリカの誘導ミサイルの実験で一番重要な中心地だ」

                      「そう、確かに重要な施設がありますな」

                      「君は最近、何発かのミサイルが軌道をそれてしまった、といった新聞記事を読まなかったかな? この前は南太平洋に落ちるハズがブラジルのアマゾンに落ちてしまったろう?」

                      「そう言えばそんなことがありましたね」

                      「この失敗の大部分が、このクラブ礁島によるものだとしたら、どうかね?」

                        ノオ博士はそう言うと、得意気に話し始めた。

                        ソ連から供与された装置とエンジニアを使って妨害電波を発射している、と言うのだ。

                      「アメリカのミサイル実験は失敗続きさ。 その間、ソ連はミサイル開発をどんどん進められる、というわけさ。 かなりいい儲けになっているんだよ」

                        ボンドは改めてノオ博士の顔を見た。 この島にはとんでもない秘密が潜んでいたのだ。

                        こんな大掛かりな陰謀をめぐらせていたのなら、少しぐらいの鳥を追っ払ったり、5人や6人の人間を始末するなど、些細な事だ。

                      「今、それも第2段階に入ろうとしているのだ」 ノオ博士は続けた。 妨害では無く、誘導までしてしまう段階だと言う。

                      「ミサイルが回れ右してマイアミに落ちるのさ。 実験用の弾頭とはいえ、相当な被害が出るだろう。 そうなればアメリカのミサイル開発は完全にストップだ。 ロシア人がいくらの値段を付けるか、私には想像もつかんよ」

                        ボンドは返す言葉が無かった。 唐突にMの顔が目に浮かんだ。 皮肉混じりに「鳥がどうこういうつまらん事件だ。 南の島で休暇を兼ねた調査だ」なんて言っていたが、今、ボンドはノオ博士によって墓場への道をたどらされているのだ。

                      「よろしい、ノオ博士。 次のプログラムは何かな? 早いとこやってくれ。 もうあんたの顔は見飽きたよ」

                        ノオ博士の顔からお上品そうな仮面が消えた。 そして宗教裁判の裁判長の様に背筋を伸ばしてイスに座り直した。

                        静かにノオ博士がなにか一言言った。 

                        すると、2人の用心棒がボンドとハニーの腕をイスに押さえつけた。

                        ボンドはハニーを見た。 「ハニー、こんな事になってすまない」

                        ハニーは青い顔をして、唇を震わせている。 「痛い目に会うのかしら?」

                      「静かにしろ!」 博士はムチの様な声を上げた。 「もう下らん茶番は飽きた。 もちろん痛い思いをするに決まっとる。 私は人間の体がどれくらい苦痛に耐えられるか興味を持っているのだ。 時々死刑にせねばならん部下で実験しているが、お前たちの様な闖入者も実験台にしている。 この前女の実験をしたのは、そう、1年ほど前だったな。 黒人の女だった。 3時間もったが恐怖で死んでしまった。 比べてみるために、白人の女が欲しいと思っていたところだ」

                       

                        ノオ博士はイスに反り返る様に座り直すと、ハニーを見つめた。

                      「お前はジャマイカ生まれの様だから解るだろう。 この島はクラブ礁島と呼ばれているが、クラブ=陸蟹が多いからそんな名前が付いたんだ。 目方が1ポンドもある大きな蟹だ。 今頃の季節になると、あいつらは海岸の穴からはい出て山の岩地で卵を産むんだ。 何千匹と群れをなして、あらよる障害を突き破り乗り越えてくる。 ちょうどノルウェーの旅ネズミみたいなもんだ。 一種の集団移住だな」

                        ノオ博士はここで一息つくと、静かな口調で続けた。

                      「だがこの陸蟹は、途中にある物を片っ端から食い尽くしていくんだ。 なあ女、今蟹どもは行列を始めているだろう。 何千匹と大きな波の様になってな。 今夜蟹どもは、行く手に杭に縛り付けられた裸の女を見つけるのだ。 奴らは温かい体をハサミで探ってみるだろう。 そのうちに一匹がハサミで傷を付ける。 すると次から次へと・・・」

                        ハニーの口から呻き声が漏れた。 頭ががっくりと胸に落ちる。

                        ボンドは思わず立ち上がろうとしたが、用心棒にがっしりと腕を押さえ込まれてしまった。

                      「この畜生め! お前なんか地獄の焔に焼かれるがいい!」

                        ノオ博士は薄笑いを浮かべた。

                      「ボンド君、 地獄なんてものがあるわけないだろう」 そして中国語で何か言った。

                        ハニーの後ろにいた男が気絶した彼女を抱え起こすと、軽々と担ぎ上げて静かに部屋を出て行った。

                        ひっそりと静まり返った部屋の中で、ノオ博士が口を開いた。

                      「ボンド君、君は力などは幻影だと言っていたが、あの女がこんな実験台にされてしまうのは、私の絶対的な権力によるものだ。 これはもう、幻影ではないよ。 それはそうと、君の事を話そう。 私は勇気というものの分析をしているところでね、実験方法もいろいろと考えたんだ。 そこで障害レースの様なコースを作り上げたところなのだよ。 そのコースは未知の危険が連続している。 また、不意を突かれて驚く場面も用意してある。 君はその実験コースに挑戦する第1号だ。 君がベストの状態で臨める様に、睡眠薬を与えて充分に休ませたし、食事もしっかり摂ってもらった。 私の作ったコースを君がどこまで行けるのか、非常に楽しみだね。 私は君の事を高くかっているので、かなりの所まで行けると思うんだ。 最後は君の死体を克明に調べてみるつもりだ。 ボンド君、これも何か一種の名誉ではないかな?」

                        ボンドは何も言わなかった。 そのコースとはどんなものなのか? しかし、どの様なものにせよ、生き抜かねばならない。 恐怖に対して、鋼鉄の様な鎧をまとい意志を集中させるのだ。 ボンドは残っている勇気を静かに振り立たせた。

                        ノオ博士は静かに立ち上がると、滑る様にドアに向かった。

                      「ボンド君、せいぜい良い記録を残してくれたまえ。 楽しみにしているよ」

                        静かにドアが閉まった。

                       

                       続きは【ストーリー編 7/8】へどうぞ。

                       

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                      profilephoto 007映画の熱烈なファンです。 それ以上でもそれ以下でもない、と自負しております。

                      記事の種別は、ツキイチ掲載の「Vol.シリーズ」と適宜掲載の「番外編シリーズ」と作品紹介の「特別編」の3種です。

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